―山崎さんはあきらめるという言葉がお好きなんですよね?エッセイ集『指先からソーダ』の中の、「あきらめるのが好き」もとても好きです。
- 山崎
- ありがとうございます。
「あきらめる」好きですね。
大学の授業で、
「あきらめる」の語源が
「あきらかにする」という古語
であることを知ってから
いい言葉なんだなって思うようになりました。
そのあと、事あるごとに、
「あきらめよう、あきらめよう」
って言っていたら
だんだんと視界がクリアになって、
余計なものがそぎ落とされる感じがしてきたので、
あ、これは自分の言葉にしよう、
って思いましたね。私は谷崎潤一郎が好きなんですけど、
それこそ、作家になった当初は
「谷崎みたいな、文学史に名を残すような大作家になる」
って意気込みではじめたんです。
でも最近は、
もしかしたら私は歴史に残るような
仕事はできないかもしれない。
でもそれもあきらめていいかも、
って思うようになって。そうすると、
少し手応えのある仕事ができた、
っていうだけでも
「自分は作家としてやっていけるかもな」
と思えるんですよね。
―そうでしたか、そんなことをお考えだったんですね。
- 山崎
- これまでも、
文学史に残らない作家は
たくさんいたわけですけど、
そういう人たちが
いなくてもよかったかというと、
そんなことは全然なくて。
そういう人たちがいたことで、
文学史の動きが少し変わったりだとか、
他の人の仕事に影響を与えたりだとか、
してると思うんですよね。だから、私も作品を書いて、
それが本になって、
読者の方が読んで下さる、
っていうだけでもすごく嬉しいし、
「この先どうなるかはわからないけど、
自分のできることをやろう」って
思えるんです。
―とても勉強になります。あきらめる、ということに関して言うと、例えば私の世代だと、結婚して、仕事もして子供も育てて、とか色々考え始めるころだと思うんですけど、山崎さんは20代のころ、あれもこれもやらなきゃ!みたいになりませんでしたか?
- 山崎
- 結婚したり、子供産んだり、
仕事も頑張ったりっていうのを
「あれもこれも」っていうことだと思わないです。ちょっとうまく言えないんですけど、
結婚とか出産を、
人生のステップとか、
経験とかいう風にとらえることに
私は抵抗を感じていて、
そうは思いたくないなって思うんです。
たとえば
仕事を一生懸命やってる人がいたとして
その人が結婚とか、
出産をしていなかったとしても、
仕事の中で「あれもこれも」って
欲張りになることだってあるじゃないですか。
そういう、
仕事を一生懸命している人に対して、
結婚をしている人が、
大事な他のステップを踏んでるのか、っていうと
そんなこともないと思うんですよね。
―なるほど。「ステップとして考えない」という言葉、すごく腑に落ちる気がします。
- 山崎
- 私自身、出産や結婚に関しては、
年齢を気にしていたところはあったように思います。
でも、生き方を選ぼう、
みたいな気持ちではなかったんですよね。私は、そもそも「自分の人生をつくる」
ということにあまり興味がなくって。
人生という言葉もあまりすきじゃないし、
よく、「だれもが自分の人生では主人公」
みたいな言葉がありますけど、
それを嫌だなって思ってて。
主人公にはなりたくないし、
人生もつくりたくない、
と思ってきたんです。
―山崎さんは、人生をどういうふうに、とらえているんですか?道…とかですか?
- 山崎
- うふふ。
もし、人生を私の歩いている道のようなものだと
仮定するならば、
それをそんなに意識したくないんですよね。
普通に本読んだり、
コーヒー飲んだりして、死ねればいい、
と思ってるので。
「こういうことをしたから、こうなりましたよ」
っていうのは、
自分はなくていいと思っているんです。
―「小説家になるために、小説を書いた」わけではないということなんでしょうか。
- 山崎
- そうですね。
作家として生きるため、とかではなくて
ただ書きたいものがあって、書いていますね。
本が出せればいいと思っています。
―すごく素敵ですね…。実は山崎さんにお会いするまでは「ファンには会いたくない」(『かわいい夫』収録)を読んで少し不安だったんです。
- 山崎
- あははは。
ファンに会いたくない、
とは思ってないのですが、
作品を気に入って読んでくれた方に、
私が差し出がましく「こう思って書いた」、
とか言うのは余計なことだと思うので、
テキストのみで楽しんでもらえるように、
頑張りたい、とは思っていますね。
―読者の読み方を尊重される、ということなんですね。これから山崎さんの本を読まれる方へ、なにかメッセージみたいなものは、ありますか?
- 山崎
- メッセージというのは特にないのですが、
偶然手に取ってくれた人に
読んでもらえたらうれしいな、と思います。私はよくぷらぷらと書店を歩いていて、
タイトルがいいな、とか装丁がいいなとか
思って本を手に取ることが多いんです。
そうすると、その手に取った本が
今の自分が読みたい本ではなかったり、
読んでもしっくりこない本、
であることも少なくないのですが
それはそれで、
偶然の出会いを面白く感じます。
だから、
本とすごく熱く向き合わなくても
「それなりに愛する」ということでも、
素敵なんじゃないかと思います。私の本ともそういう風に
ちょっと気になるな、って
手に取ってもらえると嬉しいですね。
インタビューお受けいただき、本当にどうもありがとうございました。素敵なお話をたくさんしていただけて、とても貴重な経験になりました。実際に山崎さんとお会いして、そのブレない姿勢と、優しい眼差しにますますファンになりました。(山崎さんからは赤ちゃんの甘い匂いがしました)インタビューの日は緊張してしまい、本にサインをいただこうと思っていたのを忘れてしまったことが心残りなのですが、これからも山崎さんにしか書けない作品を、楽しみにしています。
山崎ナオコーラさんインタビュー 関連本④
「未来があまりないことは知っている。
未来が消える瞬間が来ることも知っている。
だが、未来が消える瞬間を見届けたくて
今を過ごしているわけではない。」
最新作『美しい距離』には
癌の妻を看取る夫の目線を通して、
死にゆく妻と、その日々が描かれます。
妻が癌になったことは特別な物語などではなく、
他に道は選びようがなかった、
と心では解りながらも、戸惑う夫。
会社の人には、「余命という物語」を使わずに
妻を介護するための休みをもらう理由をわかってほしい。
いざという時に「延命治療」はしないけれど、
妻は、今生きることをあきらめたわけではない。
「死」は誰にでも平等に訪れますが、
そう簡単に割り切れるものではありません。
最期まで誠実に妻に向かい合い続ける夫の姿勢に、
人間としての強さを感じました…
『美しい距離』文學界 2016年3月号掲載
山崎ナオコーラ
文藝春秋
『美しい距離』 単行本 (2016年7月11日発売)
山崎ナオコーラ
文藝春秋