もくじ
第1回プロローグ 2016-06-28-Tue
第2回うちがわを向いた、ぜいたく。 2016-06-28-Tue
第3回そこに「おさまった」姿。 2016-06-28-Tue
第4回1日、1センチずつ進む。 2016-06-28-Tue

1990年、
山形県生まれ、
山形県育ち。

シティ・ボーイに
憧れて、
片田舎から上京。

音楽界隈で、
荒波に飲まれつつ、
サバイブ中。

たのしいことばかり
ありますように。

じゅうたんやの父と息子が
はじめて、
じゅうたんのはなしを。

担当・シータカワタナベ

第2回 うちがわを向いた、ぜいたく。

息子
今日は、よろしくお願いします。
はい。よろしくお願いします。
息子
……
……
息子
こんな感じで話をすることって、初めてですね。
うん、そうだね。
息子
ちょっと本題と、関係ない話をしてもよいでしょうか。
どうぞ。
息子
最初からこんな話で申し訳ないんですけど、
実は僕、自分の家がじゅうたんやだってことが、
すごくコンプレックスだったんです。
今でこそ、こうやって親父と話せてますけど。

うん。
息子
子どものころ、
色んな人から「将来は、じゅうたんやさんだね」って
言われるのが、とにかく嫌だったんです。
(苦笑)
息子
どこに行っても「じゅうたんやの息子」って
色眼鏡で見られる気がしたし、
まだ世の中について何も知らないのに
「将来は、じゅうたんやさん」とかって言われても
「勝手に決めんなよ!」って気持ちで(笑)。
そういうのがあって、
家の仕事についても、じゅうたんについても、
距離をとっていった時期というのが、長くあって。
そうだったんだ。
息子
その分、今日はすこし、
不思議な感じなんですけど。
そっか。…あと今思ったけど、(父が)家の中で、
子どもと会社やじゅうたんについて
話すってことも、無かったね。
子どもが育ってきた時期が、
会社にとってすごく大変な時期と重なっていたし。

息子
たしかに。聞かなかったです。
今だとお互いがちょっと、
話をしやすい状況なのかもしれないね。
息子
そうかもしれないです。
今日は、今まで聞けなかったこととか、
聞きづらかったことも含めて、色々話せれば。
そうだね。話しましょう。

息子
最初から、大きな質問になってしまうんですけど、
じゅうたんのいちばん根っこにある、
本質的な価値って、何なのでしょう?
本質的な価値。
息子
たとえば、同じように家の中にあるものでも、
ベッドやテーブルやイスには、
家具として「それがないと困る」って
側面があると思うんです。
でも、じゅうたんって極端に言えば、
「なくても大丈夫なもの」ですよね。
そうだね。
うん、ほんとうの極論を言えば、
「なくてもいいもの」でしょう。
息子
機能的には「なくてもいいもの」だけど、
それでも人に喜んでもらえる価値の源泉って、
どこにあるのかなと思って。
たしかに家具と比べると、
その必要の度合いというのは、明確に違うね。
それは、そこに携わる人たちの
多さにも、表れているかもしれない。
たとえば、家具のデザイナーというのは、
日本にたくさんいるんです。

息子
はい。
なぜかというと、
家具のデザイナーになりたいと思ったら、
学校の中にそのデザインを学べる学科もあるし、
専門学校だってある。
そこに携わりたい人たちが、
学んで育っていくための環境が整えられている。
それだけ家具というものは、
人々の生活にとって「必要」なものなんです。
でもこれが、
じゅうたんのデザイナーとなると途端に少なくなる。
息子
普通に暮らしていたら、
学ぶ機会も環境も、ないですもんね。
やっぱりその状況ひとつとっても、
じゅうたんというのは、
家具のような「必要性」があるものじゃなくて、
基本的には「ぜいたく」なんだと思います。
息子
基本的には「ぜいたく」なものかぁ…。
でもなんというか、
そんなに贅沢ぜいたくしてない感じもするんだけど。
それはきっとその「ぜいたく」が、
内側を向いたものだからじゃないかな。

息子
内側を向いたもの?
外側を向いたぜいたくを考えると、
分かりやすいかもしれない。
高級な腕時計をしている、仕立ての良いスーツを着ている、
ラグジュアリーブランドのバッグを持っている、
格好良いスポーツカーに乗っている。
そういう種類のぜいたくは、
外から見ても分かりやすいものだよね。
そのぜいたくに気付いた周りから、
羨ましがられる気持ち良さもある。
息子
たしかに。
それに比べてじゅうたんは、
家の中の床に敷いてあるものなんです。
基本的に、外の視線に触れるものではない。
だから最初の前提として、
ぜいたくではあるんだけど、
そのぜいたくの向かう先が、
すごく内側にあるものだと思うんです。

息子
あぁ、なるほど…。
誰に見せるわけでもないけど、
自分が毎日暮している場所に、
それがあるとうれしい。
友人やお客さまが自宅に来てくれたとき、
そこでくつろいでもらえるのがうれしい。
そういう「内側を向いたぜいたく」や
「内側を向いた喜び」というのが、
じゅうたんの根っこにあるものだと思います。
息子
「内側のしあわせ」というか。
そうだね。
会社で、じゅうたんは「客人をもてなすもの」という
言い方をしているんだけど、
この「客人」という言葉には、
自分自身も含むと考えているんです。
息子
自分自身も、もてなすもの。
うん。
お客さまも自分も含めて、
そこで時間を過ごす人たちが、
足元がふかふかで気持ちよかったり、
デザインを眺めて心が落ち着いたり、
内側の豊かさを感じられるもの。
それがじゅうたんの根っこにある、
価値なんじゃないかな。


撮影:Kodai Kobayashi

(つづきます)

第3回 そこに「おさまった」姿。