「浅生鴨」のことを知りたい人へ。
浅生鴨×糸井重里

第4回 ぼくがいちばん緊張したとき。
- 糸井
- 震災のときは、もうみんな忘れちゃってるけど、相当ピリピリしながら浅生さんも僕も毎日発信してたよね。
そんな中で何せ一番困ったのが「夢も希望もないんだ」っていうことを大騒ぎする人。これは迷惑どころじゃなくって。
- 浅生
- ほんとうに困りました。
- 糸井
- しかもそこにいない人が騒ぐんだよね。で、そこにいる人はもちろん悲しいから、いない人に乗っちゃってその歌を歌い出すみたいな。
今だからこうやって「あれは困りましたね」って言えますけど、当時は今言ってることも、まったく発信できない時期でしたね。辛かった。
- 浅生
- ほんとうに。
- 糸井
- そんな中、浅生さんは当時「NHKの放送をUstream(ライブストリーミング配信)に流すことを、自分の独断で許可します」っていう大きな決断をしましたよね。ツイッター史上、日本のSNS史上に残るぐらいの決断だと思うんですけど、さすがにあれは誰も受注しないですよね?
- 浅生
- いや、あれも「こういうのが流れてるのに、何でNHKリツイートしないんだよ」みたいなのがコメントが来たことで初めて知って、「ああ、確かに今テレビが見られない人にとってはネットで見られたらいいかもしれない」っていう‥‥、だから言ってみれば人から言われてやったようなもので。自分で探して見つけたわけではないから。
- 糸井
- それはそうだろうけど‥‥。
- 浅生
- 結局やるって決めたのは自分ですよね。
- 糸井
- 見つけてくるところまでは無理だよ、それは。
- 浅生
- そんなところまで思い至ってなかったので。「こんなのがあるんだから、リツイートしろよ」みたいなコメントが来て、「これはやるべきだな」と思って。
- 糸井
- あのあたりがすごく「決断だな」と言えるし、同時に「これは決断しちゃうでしょう」っていうくらいの雰囲気もあったよね。その大きな波っていうのが読めた瞬間だった。大きく逆らって磔(はりつけ)になるようなことしたわけじゃなくて。
- 浅生
- いいことですから。
- 糸井
- 何とかすればできるし、「いいことですから」っていう。あれ、すごく昔のような気がするね。
- 浅生
- 5年前ですね。
でも、ぼくが1番緊張したのは、震災後ある程度事態が落ち着いてきた頃「これからユルいツイートします」って書いたとき。
- 糸井
- あぁ。そうですよね。
- 浅生
- Ustreamに流すことを許可するのは、まぁ最悪クビになるだけじゃないですか。でも「今からユルいツイートします」、日常的なことをやりますっていうのを書くときは、相当悩んだんです、やっぱり。多分半日ぐらい悩んで。何度も文章書き直して、ほんとにこれでいいかなっていう。要するに1人で舵切ろうとしたんで、「ほんとにこれでちゃんと舵が切れるか」っていう。
- 糸井
- 最悪どうなるかっていうのが見えないことだからね。
- 浅生
- それによって逆に傷つく人がいっぱい出るかもしれないっていう恐怖はすごくありました。
- 糸井
- ぼくの場合はお金の寄付の話を震災の翌々日に出したときが迷ったし恐怖だった。あれはやっぱり、本当に嫌な間違え方をすると「ほぼ日」の存続に関わると思ったんで。
- 浅生
- まず、お金が必要です。と。
- 糸井
- でも、あのあたりの仕事ってぼくも受動なんです、やっぱり。「あれ? このまま行くと、どっかで募金箱に千円入れた人が終わりにしちゃうような気がするな」っていう、その実感。それが何だか辛かったんですよね。
だって、ニュースで見えてた映像と、誰かが募金箱に千円入れて、あるいは百円入れて終わりにしちゃうような感覚とがどうしても釣り合いが取れないなと思ったんで。痛みを共有するっていうことをしないとな、って。
でも、そのあとが嫌だった。「お前はいくら募金したんだ」的なイタチごっこですからね。全財産投げ出しても「そんなもんか」って言われるわけですから。
- 浅生
- ぼくは寄付したくなかったので、福島に山を買ったんです。
- 糸井
- そうそう。ちょっといいんですよこの話。
- 浅生
- もちろん、すごい安いんですよ。でも、山を買うとどうなるかっていうと、毎年固定資産税を払うことになるんです。そうすると、ぼくがうっかり忘れてても勝手に引き落とされるので、ぼくがその山を持ってる限りは永久に福島のその町とつながりができる。
- 糸井
- だからね、浅生さんと僕は「ああいうのが嫌だな」っていう感覚が似てるんじゃないかな。意地悪なんだと思う、2人とも(笑)。
- 浅生
- ぼく、意地悪じゃないです(笑)。
- 糸井
- いや、要するに嫌なものがあるんですよ、いっぱい。その嫌なものって「何で嫌なんだろう」って辿っていくと、「自分はそういう嫌なことしたくないな」って思うようなことで。
- 浅生
- だからぼくは体系を構築すると。
- 糸井
- あ、言い訳してる。
- 浅生
- システム化しちゃえば何もしなくてもそうなっていくので、そうしちゃいたいんですよね。
- 糸井
- ぼくが言ってることと同じじゃない(笑)。
- 浅生
- 言い換えただけ(笑)。
- 糸井
- 会社の予算に組み込んじゃうとかね。
いや、「人は当てにならないものだ」とか、「人は嫌なことするものだ」とか、そういう意地悪な視線を明らかに浅生さんのエッセイや小説から感じるんですよ。それは、裏を返せば「優しさ」って言ってくれる人もいる、みたいな。
西川美和さんの『永い言い訳』っていう新しい映画が、ものすごくいいんだけど、これも女性ならではのほんとに意地悪な視線が活きてるのよ。で、それは、裏を返せば優しさなんだよ。「そういうことしがちだよね、人間って」っていう。
- 浅生
- 人間ってそういう、しょせん裏表がみんなあるのに、ないと思ってる人がいることがわりと不思議なんですよね。
- 糸井
- そう。「私はそっちに行かない」とかね。
- 浅生
- そんなのわかんないですもんね。
- 糸井
- そのへんは浄土真宗の考えじゃないですかね。縁があればするし、縁がなければしないんだよっていう話で。
- 浅生
- もともと、仏教のそもそもが「何かしたい」とか、「何かになりたい」とか、「何かが欲しい」って思うと、それは全て苦行だから、それ全部捨てると悟れるっていう。
だから別に何かやりたいことがないほうがうまくできることって、あると思うんです。
- 糸井
- 浅生さんはブッティスト(仏教徒)なの?
- 浅生
- 違います。
- 糸井
- そういうブッティスト的な何かの時期があったの?
- 浅生
- まったくないです。
- 糸井
- 「ないです」ってスパっと言うのはなかなか珍しいですよね。普通は「ないんだけど、そうなのかな」みたいな感じになる。
- 浅生
- 多分それは、ずっとぼくがフワフワしたポジションで生きてきたからですよね。
- 糸井
- そう生きていかざるを得なかったと。
浅生さんは嘘でも本気で言える、みたいなそういう場所を作ってますよね。ぼくはちょっと不用意ですね。
でもさ、ものすごいちゃんと考えてるんだよ。わかる?
- 浅生
- いや、ぼくも考えてるんですけど、別にあらかじめ考えてるわけではないんですけど。
- 糸井
- ぼくより圧倒的に引き出しがあるんでしょうね。
そして浅生さんは今までいろいろ、裏方をやったり名前を変えたり、隠したり、発注される側でいたりとかしましたが、小説家として本を出すのは今まででいちばん表に立ってるんではないかなという気がしますけど。
- 浅生
- そうですね。

- 糸井
- この『アグニオン』は、日本で一番買ったけど読んでないっていうことを申し訳なさそうに告白する人の多い本(笑)。
でもぼくは2冊持ってます。
- 浅生
- 女川でもそういう人に会いました。「持ってます」っていう。何ですか、この現象。
- 糸井
- それは、作者に対する親しみが強くて、リスペクトもあるということじゃないですか。
- 浅生
- ほんとに、普段本を全然読んだことのないようなタイプの人が「買いました!」って。申し訳なくてなんか‥‥。
- 糸井
- じゃあ最初から小説なんて書くなよ(笑)!
- 浅生
- でも、発注されたからしょうがない‥‥。
- 糸井
- 細かく発注の段階を言うと、いつくらいから始まったんですか?
- 浅生
- いちばん最初は2012年ですね。仕事でちょっと落ち込んでいたときに、新潮の編集者がやって来て、「何でもいいから、何かちょっと書いてもらえませんか」って。
- 糸井
- まずそこから不思議ですね。
- 浅生
- 最初に新潮の『yom yom』っていう雑誌を読んで、「何が足りないと思いますか」って言われたんで、「若い男の子向けのSFとかは、今この中にないよね」みたいな話をしたら、「じゃ、なんかそれっぽいものを書いてください」というような‥‥。
- 糸井
- えっ。そんな感じだったの? ひどい(笑)。
- 浅生
- で、とりあえず10枚ぐらい書いてみたら、SFの原型みたいなものになってて。それを読んだ編集者に「これおもしろいから、ちゃんと物語にして連載しましょう」って言われて、本格的に書き始めたんです。
- 糸井
- SFはお好きだった?
- 浅生
- 嫌いではないですけど、そんなマニアではないです。
- 糸井
- いっぱいは読んでるでしょ。
- 浅生
- はい。いっぱいは読んでます。
- 糸井
- この人ね、そのへんがずるいのよ(笑)。
- 浅生
- ずるくないですよ。
- 糸井
- 浅生さんを「ずるい」と言えるのがほぼ日というメディアだから(笑)。
海外テレビドラマシリーズとかもいっぱい観てるでしょ。
- 浅生
- いっぱい観てます。
- 糸井
- もうねぇ、ずるいんだよ(笑)。
- 浅生
- ずるくない、ちゃんとケーブルテレビのお金払って観てますよ(笑)。
話を戻して『アグニオン』に関してはほんとに「何でもいいから書いてみて」って言われて、ワッと書いたら「最後の少年」っていうキーワードがポツッと最初に出てきて、そこから編集者と一緒に‥‥。
- 糸井
- 構造を作っていったのね。
- 浅生
- そうですね。書いてみるまで、「あ、こういう物語なんだ」って自分でもわからなかったんですよ。
- 糸井
- 終わったとき、作家としての新しい喜びみたいなもはの出ましたか?
- 浅生
- とにかく「終わった」っていう。
- 糸井
- 仕事が終わったっていう感じですか。
- 浅生
- 何だろう、マラソンを最後までちゃんと走れたっていう。
- 糸井
- 達成感。
- 浅生
- 達成感というか、「よかった」っていうか。自分で走ろうと思って走り出したマラソンではなくて、誰かにエントリーされて走る。
- 糸井
- 誰かが「代わりに走ってくれ」って言ったから走ったのに、周りからは浅生さんはこれだけのことをやりきったんだなっていうのが見えてるから、浅生さんが手をあげてなくてもあげたことになっちゃう。
だからこのあとに例えば‥‥もう違う作品を書いてるだろうけど、小津安二郎『秋刀魚の味』みたいな、SFとは全然違う、少年が読んでおもしろいものを書いてください、って言いたくなる。
- 浅生
- 今、ちょっとそういう感じの準備を始めてます。
- 糸井
- でしょう。ちょっとそっちに振りたくなりますよね。