糸井重里×浅生 鴨
にているふたり。
第3回 ふたりは、あのとき。
- 糸井
- 自分以外への関心ってどうでしょう。
- 浅生
- うーん。そうですね。自分がどう思ってるかだけで、もういっぱいいっぱいというか。
- 糸井
- 他人っていうの考えたことない?
- 浅生
- 相手の気持ちとか「この人はこういうふうに感じてるだろうな」っていうのは、わかる方ではあるんですけど。だからといって、そこを何とかしてあげたい、とまでは思わないんですよね。
- 糸井
- 神戸の震災のときは‥‥。
- 浅生
- あのときは神戸にはいなかったんですよ。

- 糸井
- そうですか。
- 浅生
- 当時、工場で働いていました。そこの社員食堂のテレビでただみていたのですが、周りの野次馬のような雰囲気にちょっと耐えられなくて。それですぐに神戸に戻って、そこから水を運んだり、避難所の手伝いしたりっていうのをしばらくやっていました。
- 糸井
- あれが、浅生さんに縁のある地域でなかったら、行動はちがっていたかしらね。
- 浅生
- たぶん、ぼく行ってないと思います。もしかしたら野次馬の側にいたかもしれない。そこだけは、言い切れないので。むしろ、そうだっただろうなという。
- 糸井
- それは、重要なポイントですね。そう言い切れる自信がないっていうのは、大事ですよね。
- 浅生
- 人は誰でも良いところと悪いところがありますよね。ぼくは、自分の中の悪い部分がフッと頭をもたげることに対する恐怖心もあるんです。だけど、それはなくせないので「ぼくはあっち側にいるかもしれない」っていうのは、意識はしてますね。
- 糸井
- そのとき、その場によって、どっちの自分が出るかっていうのは、そんなに簡単にわかるものじゃないですよね。
- 浅生
- わからないです。

- 糸井
- 「どっちでありたいか」っていうのを普段から思ってるっていうことまでが、ギリギリですよね。
- 浅生
- たとえば「何かあったら俺が守ってみせるぜ」って言っていても、いざその場になったらその人が最初に逃げることだって考えられるし。「もしかしたらぼくは先に逃げるかもしれない」という不安も持って生きてる方が、いざというときに踏みとどまれるような気はするんですよ。
- 糸井
- 選べる余裕みたいなものをつくれるかどうか、どっちでありたいかっていう。それがあれば「このときも大丈夫だったから、こっちを選べたな」っていう足し算ができるような気がするんだけど、一色には染まらないですよね。
- 浅生
- そうですね。
- 糸井
- 「人はあてにならないものだ」とかね。「人っていやなことするものだ」とか、「いいことって言いながらいやなことするもんだ」とか、そういう視線っていうのは、浅生さんのエッセイや小説を読んでても明らかですよね。
- 浅生
- 人間ってそういう裏表がみんなあるのに「ない」と思ってる人がいることが不思議なんですよね。
- 糸井
- そう。「私はそっちに行かない」とかね。
- 浅生
- そんなのわかんないですもんね。
- 糸井
- そのへんは、浄土真宗の考えじゃないですか。縁があればするし、縁がなければしないんだよっていう話で。東洋にそういうこと考えた人がいたおかげで、ぼくはたすかってる。
- 浅生
- 仏教のそもそもとして「何かしたい」とか「何かになりたい」とか「何かがほしい」って思うことそれらすべて煩悩で、全部を捨てると悟れるっていう。だから別に何かやりたいことがない方が‥‥。
- 糸井
- ブッティストですね。
- 浅生
- ええ。ブッティストとして(笑)。
- 糸井
- でも「自分がやりたいことがない」っていうのは、ぼくもずっと言ってきたことなんだけど、たまには混じりますよね。「あれやろうか」って。たとえば、女川の手伝いとか、そういうのはされてますよね。

- 浅生
- そうですね。東北の震災のあとにCMをつくりました。「絆」がたくさん出始めた頃に「神戸は17年経って日常を取り戻しました」っていう、神戸の今を伝えようと思って。だけど「なぜ東北じゃなくて神戸なんだ」って言われて。
- 糸井
- 企画が通らなかった。
- 浅生
- ええ。それで東北に行きました。「こんなCMを考えてるんですけど、どう思いますか?」っていうのを聞いて回って。みんなが「これだったら見ても平気だ」って言ってくれたので、もう自腹でつくってしまおう!と。最終的にはNHKがもってくれましたが。
- 糸井
- 決断といえば、NHKの番組をネット上に再送信することを「自分の独断で許可します」っていうツイッターの歴史に残るぐらいのものもありましたよね。あれは自分から?
- 浅生
- いえ「なぜNHKはこういうことをやらないんだ」という情報がきて、初めて知りました。「ああ、たしかにこういうのがある」っていうかんじ。これはやるべきだなと思って。
- 糸井
- あのあたりって「決断だな」と言えるし、同時に「これは決断しちゃうでしょう」っていうくらいの雰囲気もあったよね。逆らって悪さを企てることしたわけではないし。
- 浅生
- いいことですから。
- 糸井
- 何とかすればできるし、「いいことですから」っていう。
- 浅生
- ぼくがいちばん緊張したのは、「これからユルいツイートします」って書いたときで。
- 糸井
- あぁ。
- 浅生
- ネット上に流すのは、最悪クビになるだけじゃないですか。出しちゃえば終わります。ただ、日常的なことをこれから発信しますっていうのは、続いていくことなので、やっぱり悩みました。何度も文章を書き直して、ほんとにこれでいいかなって。要するに1人で舵を切ろうとしていたので。
- 糸井
- よくわかりますね、それは。最悪どうなるかっていうのが見えないことですからね。

- 浅生
- 影響がどう広がってしまうのかわからないので。それによって逆に傷つく人がいっぱい出るかもしれないっていう恐怖はありました。
- 糸井
- ぼくも、お金の寄付の話を出したときは、そうでした。いやな間違え方をすると「ほぼ日」の存続に関わると思ったので。
- 浅生
- 「まず、お金が必要です」と。
- 糸井
- 「あれ?このまま行くと、どこかで募金箱に千円入れた人が終わりにしちゃうような気がするな」っていう実感。それが辛かったんですよね。だって、ニュースで見えてた映像と、誰かが募金箱に千円入れて、あるいは百円入れて終わりにしちゃうような感覚とが、どうしても釣り合いが取れないなと思ったので。痛みを共有することをしないとな、みたいな。
- 浅生
- ぼく、FMの番組をつくるとかで震災の直後から女川に行っていて。自分がそこに行って見たからといって、すべて見てるわけではないんですが、少なくともその範囲は知ることができました。その経験に基づいてものが言えるのは安心というか。だから行ってるっていうのもあるんですよね。実感がないまま何か言うのはちょっといやだなと思ったので。
- 糸井
- 1回パッと見たから何かっていうことはないと思うし、たとえば早野龍五さんは、震災の後、何でもないときにしょっちゅう呼ばれて行ってたじゃないですか。早野さんみたいに手に職があったり頭が良かったりすると、ちょっとでも役に立てるのだけど。ぼくらが「しょっちゅう行ってるんですよ」って言っても。
- 浅生
- 「はい、そうですか」って。
- 糸井
- そう。「もう来なくなっちゃうんだろうね」って心配してることに対して、たとえば「不動産屋と契約したから2年はいます」とか、そういうできることをやるってところが‥‥。
- 浅生
- ぼくは寄付はしたくなかったので福島県の山を買ったんです。

- 糸井
- ちょっといいじゃないですか、それ。
- 浅生
- もちろん買える程度の山林です。山を買うとどうなるかっていうと、毎年固定資産税を払うことになるんですよ。そうすると、うっかり忘れてても勝手に引き落とされるので、ぼくがそこ持ってる限りは永久に福島のその町とつながりができるので。
- 糸井
- 今も持ってるんですか。
- 浅生
- 今もです。だから、9月にまた引き落としがあって「あっ」みたいな(笑)。
- 糸井
- それって「ああいうのがいやだな」っていう感覚からきてますよね。だから面倒でもそういう方法をとるっていう。
- 浅生
- システムにすれば、何もしなくても自然にそうなっていくので。
- 糸井
- 要するにいやなものがあるんですよ。そのいやなものって「何でいやなんだろう」って思うと、「自分はそういういやなことしたくないな」って思う。
- 浅生
- ええ。だから、ぼくはストラクチャーを構築するんです。