浅生鴨×糸井重里対談
浅生さんの辻褄のこと
第4回 『アグニオン』
- 糸井
- 机の上へ『アグニオン』を持ってきました。
いろいろ、裏方をやったり名前を変えたり、
隠したり、発注される側でいたりとかしましたが、
小説執筆は、今までで一番表に立ってるのではないかな、
という気がします。

- 浅生
- そうですね。
- 糸井
- 日本で一番、「買ったけど読んでない」ということを
申し訳なさそうに告白する人の多い本。
もともとこれに関しては、
ぼくもちゃんと読む気があるし、
買いましたよっていう人が自己申告してる数が多い。
- 浅生
- 「持ってます」という人に
女川でも会いました。何ですか、この現象。
- 糸井
- それは、作者に対する親しみや
リスペクトが強いから起こるんですよ。
細かく発注の段階を言うと、
どこからはじまったんですか?
- 浅生
- 最初は2012年かな。
そのころ、ちょっとツイッターが炎上して、
始末書を書いたりするようなことがあって、
ちょっと落ち込んでたんです。
落ち込んでてショボンとしてたときに、
新潮社の編集者がやって来て、
「何でもいいから、何か書いてもらえませんか」
と依頼されました。
新潮社の『yom yom』という雑誌を読んで、
「何が足りないと思いますか」って聞かれたので、
「若い男の子向けのSFとかは、今この中にないよね」
みたいな話をしたら、それを書くことになりました。
- 糸井
- えっ。そんなことだったの。
- 浅生
- それで、とりあえず10枚ぐらい書いてみると、
それがSFの原型みたいなものになりました。
- 糸井
- SFはお好きだった?
- 浅生
- 嫌いではないですけど、そんなマニアではないです。
- 糸井
- だいぶハードなSFの好きな人が
書いたように見えます。
いっぱいは読んでるでしょ。
- 浅生
- いっぱいは読んでます。
これに関しては、
「何でもいいから書いてみて」と言われて、
ワッと書いたら、「最後の少年」というのが
ポツッと最初に出てきて、
そこから編集と一緒に構成を作りました。
「あ、こういう物語なんだ」と、
書いてみるまでは、
自分でもわからないんですよ。
- 糸井
- 書き終わったとき、作家としての
新しい喜びみたいなものはありましたか?
- 浅生
- 達成感というか、「よかった」というか。
自分で走ろうと思って
走り出したマラソンではなくて、
誰かにエントリーされて走ったマラソンを
完走したような感覚でした。
『アグニオン』が辛かったのは、連載だったので
自分で始末しなきゃいけないことです。
- 糸井
- 当たり前じゃん。
- 浅生
- 実は1回原稿用紙で500枚ぐらい書いたんですよ。
最後の最後にそれまでの物語を
ある意味解決するための舞台回しとして、
1人キャラクターが出したんです。すると、
それを読んだ編集者に「このキャラがいいね。
この人主人公にもう1回書きませんか」って言われて。
その500枚は全部捨てて、
もう1回そこからゼロから書き直しました。
- 糸井
- めんどくさがりなわりには。
- 浅生
- そうですね。
- 糸井
- 『アグニオン』はもう、2刷?
- 浅生
- 2刷いっていないです。
- 糸井
- 2刷いっていない?
じゃあ、2刷まで頑張ろうか。
まず読むことかな。
- 浅生
- 買うことです。
- 糸井
- 3冊買うことかな。
- 浅生
- もうね、こうなったら買わなくっても
遊ぶ金だけ送っていただければ。

- 糸井
- (笑)
俺、浅生さんがこの間書いた
ほかの小説も持っているんですよ。
- 浅生
- ああ、『伴走者』(講談社「群像」2016年9月号掲載)ですか。
- 糸井
- あれはあれで買っているんですよ。
あっちのほうがスッと読める気がするので。
- 浅生
- そうですね。あっちは大人向けです。
『伴走者』は読むと早いですよ。
多分、小1時間もかからないです。
- 糸井
- そうですね。それで慣らして、
こっち(『アグニオン』)に。
- 浅生
- こっちは大変です。
- 糸井
- (笑)
このあと、また違うものを書いてるのでしょう。
例えば、小津安二郎『秋刀魚の味』みたいなので、
少年が読んでおもしろいの書いてください、
みたいな。
- 浅生
- 今、ちょっとそういう感じの準備を始めてます。
ぼく書くと、必ずいつも
どこか妙なものが混じるんですけど、
でもそっち系の準備も始めてる感じです。
- 糸井
- 表現しなくて一生を送ることだって、
できたじゃないですか。
でも、表現しない人生は
考えられないでしょう、やっぱり。
受注なのに。
- 浅生
- そうなんです。それが困ったもんで。
- 糸井
- そこですよね、ポイントはね。
- 浅生
- そこが多分一番の矛盾。
- 糸井
- 矛盾ですよね。
「何にも書くことないんですよ」とか
「言いたいことないです」
「仕事もしたくないです」と言う。
だけど、何かを表現してないと生きていられない。
- 浅生
- 生きていられないです。
でも、受注がない限りはやらないっていうね。
ひどいですね。
- 糸井
- だから、「受注があったら、
ぼくは表現する欲が満たされるから、
多いに好きでやりますよ、めんどくさいけど」
ということですよね。
ちょっとそこが自分と似てるんじゃないかなぁ、
という気がしますね。
- 浅生
- かこつけてるんですかね。何かに。
- 糸井
- うん。そうねぇ。
何かを変えたい欲じゃないですよね。
表したい欲ですよね。

- 浅生
- 画家の目が欲しいんですよ。
あの人たちって、違うものを見るじゃないですか。
画家の目があると、
きっとおもしろいなって思います。
- 糸井
- 画家の目ってすごいですよ、ほんとうに。
違うものが見えてるんですからね。
- 浅生
- あと、見えたとおりに見てるっていうか、
見たとおりに見えてるじゃないですか。
ぼくらは見たとおりに見てないので。
- 糸井
- 受け取る側の話をしてるけど、
でもそれはやっぱり表現欲と表裏一体。
浅生さんは今、臨終の言葉は何がいいでしょう。
ぼくは「人間は死ぬ」です。
受注を今しました、「自分が死ぬときの言葉」。
- 浅生
- 前死にかけたときは、
すごく死にたくなかったんですよ。
今もし急に死ぬとして…「仕方ないかな」
というので終わる気がしますね。
- 糸井
- 「人間は死ぬ」と、
あまり変わらないような気がしますけど。
- 糸井
- ありがとうございました。
- 浅生
- ありがとうございました。