ここで「家が好きだ」と語っているけれど、
「好きではない時代」もあった。
高校卒業後、就職とともに家を出たのだ。
「あんなに“家”が好きなのに?」
「“家”から通えばいいのでは?」
と、いろいろ考えた。
でも、当時の私の「やりたい仕事」は
家から通える場所にはなかった。
「絶対に家へ帰れなくなるわけじゃないし…」という、
非常に甘い見積もりもあり、
家を出て就職することになったのだ。
就職してすぐの頃は、職場の寮に入った。
そして、あっという間にホームシックになった。
仕事が終わってベッドに入ると、
家を思い出して、涙が止まらなかった。
家で感じていた、あの「ふかふかの毛布」が、
もう手の届かないところへいってしまった気がしていた。
しかし、体も心も環境に慣れていくもので、
一生治らないのではと思っていたホームシックは
気づくと収束していた。
そして初めての転職。本格的な一人暮らしを始めた。
仕事では、毎日のように失敗していた。
そのたび、「できない自分」を責めたりもした。
以前の「家」なら、この気持ちもうまく消化できていた。
ならば、一人暮らしの家を好きになれるよう、
私の「好き」をたくさん詰め込んでみるといいのかもしれない。
そう思って、インテリアに凝ってみたり、
自炊をして、好きな料理に凝ってみたり、
リラックスできるよう、香りにも凝ってみた。
けれど、一人暮らしの家を、好きになれなかった。
日に日に仕事は忙しくなり、できることも増えた。
でも、「失敗の数」はなかなか減らなかった。
家に帰る途中で見る、よその家の灯りや晩御飯の香りが
だんだん辛いものになっていった。
それを避けるため、もっと遅い時間帯に帰宅するようになった。
職場に泊まり込む日も、少しずつ増えていった。
あのとき、私は「家」が好きではなかった。