もくじ
第1回カタログに書いてないところが、好きだ。 2017-04-18-Tue
第2回自分に似ているから、好きだ。 2017-04-18-Tue
第3回家族だから、好きだ。 2017-04-18-Tue

自転車と山歩きが好きなコピーライターです。40歳を前にフリーになりました!どうしましょう。

僕の好きなもの</br>SAABという車

僕の好きなもの
SAABという車

担当・足立 遊

第3回 家族だから、好きだ。

僕はこれまでに2度、SAABを買っている。

最初が先述の1998年式で、
正式にはSAAB900という車種だった。
このSAAB(初代サブちゃん)とは8年間一緒に暮らし、
途中で結婚した妻も、とても大切にしてくれた。
しかし、初代サブちゃんとは
ひどく悲しい別れ方をしてしまったのである。

ある時、仕事の都合で引っ越すことになり、
サブちゃんとは、どうしても別れなければならなくなった。
僕らは、サブちゃんの将来について真剣に悩んだけど、
8年間、1度も故障したことがなかったし、
この先もまだまだ元気に走ってほしいと思っていた。
お金はいらないから、長く大切にしてくれる人に譲りたい。
うちのサブちゃんがモノとして扱われ、
「お買い得」と書かれた値札が付けられている光景だけは、
想像したくなかった。

ちょうどそのときに「乗りたい」と言ってくれる人がいて、
一緒に仕事をしたこともある人だったし、
とてもさみしかったけど、僕らは安心して譲ることにした。
僕と妻とサブちゃんで出かけた最後のドライブは、
ほとんど会話のない、静かなドライブだった。

しかし、そのわずか数ヶ月後、
サブちゃんは初めての大きな故障に見舞われて、
あまりにもあっけなく廃車という結末を迎えた。
あの故障は、サブちゃんの悲痛な叫びだったと本気で思う。
譲った相手にも、サブちゃんにも、
申し訳ないことをしたと思うし、
今でもその傷は深く心に刻まれている。

それから3年が過ぎ、
僕らはふたたび引っ越すことになった。
もう一度、車を持てるチャンスがやってきたのだ。
僕は、サブちゃんに会いたかった。
3年間、ずっと会いたくて仕方なかった。
ある3連休初日の金曜日、
中古車サイトを見ていた僕は、
初代サブちゃんと同じスカラベグリーンのSAABに出会った。
お店は山形にあったが、
僕らは迷うことなく次の朝の山形新幹線に乗った。

深い緑色、ドアを開ける音、ハンドルに巻かれた革の感触。
何もかもが、あのサブちゃんのままだった。
「ちょっと乗ってみますか?」と言われて、
受け取ったキーを回す。
久しぶりにエンジンの音を聞いた瞬間、
そのSAABは、僕の二代目サブちゃんに決定した。
助手席では、妻が小さくうなずいていた。

二代目サブちゃんは2001年式で、
正式にはSAAB9-3(ナインスリー)と呼ばれている。
先代のSAAB900と見た目はほとんど変わらないが、
カーステレオはCDへと進化していた。

そうしてふたたび、サブちゃんとの日々が始まり、
いつしか5年の月日が流れた。

今、二代目サブちゃんは、僕の父親の元にいる。
2台のSAABを乗り継いで16年。
サブちゃんと僕は、お互いじゅうぶん知り尽くしたと思う。
そんなタイミングで、父が長年乗っていたレガシーの
調子が悪くなった。バトンを渡すときが来たと思った。

以来、父はサブちゃんに対して
目に余るほどの溺愛ぶりを見せている。
初代のことがあっただけに、少なからず心配もあったが、
無事に懐いてくれたようだ。

もちろん、実家に帰れば、必ずサブちゃんに声をかける。
「やあ、サブちゃん、元気にやってる?
うちの親父とおふくろを、よろしく頼むよ。」

初代サブちゃんの遺志を受け継いで、
二代目サブちゃんは間違いなく
我が家の一員になっている。

(おわります)