僕の祖母は、「ばあば」と呼ばれています。
僕が幼かった頃に、乳母車でいろんな場所に
連れていってもらっている時に、
祖母をそう呼んだのだそうです。
ウルトラマン、ゴジラ、孫悟空‥‥僕の好きなものを、
たくさん買ってくれたのが、ばあばでした。
そして、保育園の先生や大人たちに、
「一番好きなのは何?」と聞かれて、
僕が答えていたのは、きっと、
「ばあば」だったと思います。
僕が18歳で上京した頃は、ばあばはまだ、
長年住み慣れた自宅に一人で暮らしていました。
そのあとも100歳頃までは、
叔父と2人で、その家に住んでいましたが、
現在は、自宅から車で1時間ほどの場所にある
施設で、穏やかに日々を過ごしています。
数年前までは、毎年、大晦日から正月にかけて、
ばあばも一緒に、家族みんなで車に乗って、
泊まりがけの旅行に出かけたりもしていました。
ばあばは、ほとんど自分では歩けないので、
旅先では車椅子に乗ってもらいます。
車椅子を押すのは、僕の役目です。
乳母車を押してもらった30数年前と、
立場が逆転したわけです。
(100歳頃の、ばあばと僕。後ろは妹。みんな顔が似ています。)
当時、ばあばは足腰が弱り、
記憶も覚束なくなってきてはいましたが、
明るい性格で、自分から人に話しかけたり、また、
よく笑い、よく食べ、ビールも少し飲んだりしていたので、
旅館やレストランの従業員の方、支配人、
さらには見ず知らずの人からも、
「まあ、お元気なおばあちゃんですこと!」
「おいくつですか?」
と、よく尋ねられました。
僕たち家族は、「キタキタ! 100歳ですっ!」と、
心の中で言いながら、ばあばが答えるのを待つのですが、
ばあばは、「80歳です」と(おそらく本当にそう思って)、
あっさりと答える(そして80歳と言われても違和感がない)
ので、家族みんなで、
「うそうそ!100歳!」
「20歳もサバ読んで!」
と大笑いして訂正していました。
すると、聞いた相手の方もビックリ、
その様子を見て、ばあばも「100歳なったとね!?」と笑って、
おめでとう、おめでとう、と
みんなが嬉しいような、楽しいような気持ちになったのです。
だから、ばあばと一緒に旅をするのは、とても愉快な事でした。
「もうすぐ100歳」だった時も、「今年で100歳」だった時も、
「去年で100歳になりました」の時も、もちろん現在も、
日本中、どこへ行っても、誰に会っても、
「100歳」という言葉のパワーは絶大なのです。
事あるごとに褒められ、席や順番を譲られ、
一言話すだけで喜ばれ‥‥
すごくエライ人の家臣になったような、
福を振りまいて歩いているような、
そんな気持ちになれるのです。
それは、施設に会いにいくようになった今でも、
まったく変わらないどころか、
さらにパワーアップしているような気がします。
(つづく)