もくじ
第1回書く理由って、必要ですか? 2017-10-17-Tue
第2回書く理由って、必要ですか? 2017-10-17-Tue
第3回書く理由って、必要ですか? 2017-10-17-Tue

出版社で広報の仕事をしています。
韓国が好きすぎてただいま移住計画中。

書く理由って、必要ですか?

書く理由って、必要ですか?

担当・東山

「今年、この人としゃべりたい」ほぼ日手帳発売記念トークイベントで糸井さんが選んだゲストは、今年小説を発表されたばかりの燃え殻さんでした。なにかを「書く」ということがほぼ日手帳と重なるという理由もあるけれど、糸井さんはいま、燃え殻さんと何を話したかったのでしょうか? SNSやブログ、個人でも「書く」ということが変化してきている時代。書くってなに?なんのために書くの? イベントあとのおふたりのトークも一緒にお届けします。

プロフィール
糸井重里さんのプロフィール
燃え殻さんのプロフィール

第1回 書く理由って、必要ですか?

糸井
けっこうものすごい取材受けてるでしょ?
燃え殻
はい。サラリーマンなのに(笑)。
糸井
サラリーマンなのにね。
燃え殻
6月30日に本が出て(『ボクたちはみんな大人になれなかった』)、そこから取材を、ありがたいことに何十と。
糸井
何十と!
燃え殻
はい。
糸井
はぁー。
燃え殻
記者の方たちから来る質問が心苦しいんですよ。
糸井
心苦しい(笑)。
燃え殻
心苦しい(笑)。
糸井
答えてて。
燃え殻
答えてて、ウソをつかなきゃいけない自分が。
糸井
あ、てことは、新聞を読んだ人は、ウソを読んでるわけですね(笑)。

燃え殻
「なんでこの本を書いたんですか?」と聞かれるじゃないですか。本当はあまり意味がない。んですけど…それでぼく、今日、糸井さんに聞きたかったんです。小説って、何か訴えたいことがないと書いちゃいけないんですか。
糸井
(笑)。それは、例えば高村光太郎がナマズを彫ったから、「高村光太郎さん、このナマズはなぜ彫ったんですか」って聞くみたいなことですよね?
燃え殻
そうです。「それは社会的に実は意味があることなんだ」という話を、高村さんは言えたんでしょうか。
糸井
言えないんじゃないでしょうかね。横尾さんに聞いたら怒りますよね。「だからダメなんだよ」。
燃え殻
横尾さんじゃないので、ぼくはもちろん答えなきゃいけないんですけど、この本はちょうど90年代から2000年ぐらいのことを書いた本なので、「90年代頃の空気みたいなものを一つの本に閉じ込めたかったんです!」というウソをですね、この1か月ぐらいずっとついてて(笑)。もうスルスル、スルスル、ウソが口から流れるようになって。
糸井
的確なウソですよ(笑)。
燃え殻
もう「あ、なるほど」と。
糸井
それでもいいやっていうウソですよね、でも。
燃え殻
多分それがいいんだという。
糸井
うんうん。「それが聞きたかったんですよ!」みたいな。そしておそらく読者と取材者に共通するのは、“自分もその時代に~”って話をしたがりますよね。
燃え殻
そうですね。
糸井
「あ、その頃、ぼくもそこいたんですよ、レッドシューズ」みたいな。
燃え殻
ああ、そうです。ぼく43歳なんですけど、40代中盤から後半くらいの同年代の記者の方が多いんです。取材のとき記者の方から「いやあ、読みましたよ」と言われて、「あなたはこういうことを書かれていて大体近いとこにいたんで、ぼくの話も聞いてもらっていいですか」っていうところからはじまり。「ああ、そうですか」ってなるんですけど、でも、もちろん立派な学歴があって新聞社や出版社に入られた新聞記者・雑誌の編集の方なので、皆さんすごくいい形で社会に出てきてるじゃないですか。だけど、そこにぼく、一回も行ったことがないのに「一緒ですよ」とか言われて…一緒じゃねえよ!と思いながらも、「あ、そうですね」と…(笑) 
 
そして「なんで書いたんですか」って聞かれるんですよ。それはさっきみたいに、「いや、このあなたとぼくが過ごした90年代を書いた小説というのは、それほど今までなかったので、あのバブルが終わって」
 
――これ本当によく言ってるんですけど、本当によく言ってるから、もう普通にサラサラ、サラサラ出てきちゃう。「バブルが終わって、でも、世の中にはまだバブルが残ってる。ヴェルファーレがあったりとか。でも、山一證券は、てんてんてん。そのまだらな世界というのをぼくは一つの本に閉じ込めたかったんです」、ウソ、みたいな(笑)。

糸井
(笑)

燃え殻
そんなことをやっていると、こういうこと言っとかないといけないんだな、いろんな人たちが見てるし、その場所にもいろんな人たちがいて、その人たちが頷いてないと怖いじゃないですか。
糸井
はいはいはい。
燃え殻
だから、カメラマンの人も頷いて、ああ、わかった、わかった。
糸井
「ぼくの話、いいですか」みたいな(笑)。
燃え殻
“ああ、最初はおまえのことよくわかんなかったけど、あ、そういうこと書いてる人なんだね”って感じでシャッターを押してくれたりとか、取材についてきた人、絶対本を読んでないんだけど、“あ、そういう本書いてんだ。だったらまあ、いいんじゃない?”みたいな感じで場が少し温まる。温まりたいから、それをずっと言うっていう(笑)。
糸井
ずっと言う(笑)。
燃え殻
それがアップされる日がけっこう近いんですよ、その1個1個が。だから、「同じことばっか」という声がネットに上がって、全然関係ない人たちから、「おまえ、いつも同じこと言ってくだらねえ」「宣伝男」みたいなことを言われ。ぼく多分、この小説の中では2か所ぐらいしか書きたいことがなくて。
糸井
ほう。
燃え殻
それは書きたいことというか、訴えたいことじゃないんです。書いてて楽しくて。
糸井
自分が嬉しいこと。うんうん。
燃え殻
が2か所ぐらいあって。読まれてない方がいっぱいいると思うんですけど(笑)。
糸井
読まれてる度をちょっとチェックしてからしゃべる?
燃え殻
ああ、そうですね。
糸井
えーと、この小説を‥‥
燃え殻
ちょっと怖いですね。
糸井
買った人‥‥買った人率高いです。いいです、下ろしてください。読んだ人‥‥あ、減ります(笑)。下ろしてください。
燃え殻
読んだ人って減るんですか。
糸井
そうだよ。えーと、読んでも買ってもいない人‥‥あ、いいんですよ。
燃え殻
あ、いいんです、いいんです。
糸井
その人用にしゃべります。
燃え殻
あ、え?(笑)
糸井
つまり、90年代の空気を残したかったんです(笑)。
燃え殻
もう、なんか一番嫌な感じ(笑)。ぼくが書いてて楽しかったのは、ゴールデン街で朝寝てたんですよ。これ本当にあったんですけど、ゴールデン街で‥‥
糸井
ゴールデン街の外で寝てたわけじゃないでしょう?
燃え殻
外で寝てたんじゃなくて、ゴールデン街の狭い居酒屋、まあ、居酒屋しかないんですけど、ゴールデン街。
糸井
そうだね(笑)。
燃え殻
ゴールデン街の半畳ぐらいの畳のところに寝てたんですよ。寝てたらぼくの同僚が、えーと、ママ、パパ、ママみたいな人と‥‥
糸井
ママ的なパパ。
燃え殻
ママ的なパパと朝ご飯を作ってる。ほうじ茶をすごい煮出してて、ご飯の匂いがするんですよね。網戸をパーッと開けると外は雨が降りつけてるんですよ。でも、お天気雨みたいな感じで、日は差してるんですよね。何時かはちょっとわからないけど、七時前くらい。頭がすごく痛くて、今日仕事に行かなきゃなって思いながら、ぼくの同僚とママとの何でもない会話を聞きながらボーッとして、もう一度二度寝しそうで、でもまだ寝落ちはしない。今日は嫌なスケジュールが入っていなくて、昨日嫌なことがなかったから、「ああ、昨日嫌だったなあ」みたいなこともない。ありがたいことに、内臓とかにも痛いところはない。という1日を‥‥
糸井
あ、よいですね。
燃え殻
1日っていうのを書いているときは、気持ちがよかったです。もう一つはラブホテルの、このロフトで言うのも何ですけど、そのときに真っ暗で、朝なのか夜なのかもわからない。喉がカラカラに乾燥してるから、ポカリスエットなかったっけなって一緒に探して、お風呂でも入れなきゃいけないってお風呂のほうに行ったら、下のタイルがすげえ冷たくて、まあ、安いラブホテルなんで、お風呂のお湯の温度が定まらないんですよ。「アツ! さむ!」みたいな(笑)。
  
そのときに、「ああ、でも今日、これからまた仕事なのか」って思いながら、「地球とか滅亡すればいいのにねえ」みたいなことを、ああだこうだとそこにいた女の子と言ってるんですね。その女の子もまた適当な子で、全然働く気がなくて、という朝の一日を書いてるときは楽しかった、ってことを新聞記者さんに言うと、「ふざけんな」って言われるじゃないですか。「知らねえよ」と。でも、それを書きたかったんですよねえ。

糸井
今日は、手帳のイベントなんで多分「書く」って話になるんじゃないかと思って、いずれそういう話をしようと思ったら、今まさしくその話になって。それを「思って」終わりにするのはちょっともったいないような気がして。で、書くっていうとこに行くじゃないですか。思ったときにすぐ書くとは限らないんだけど、覚えとこうと思うだけで、なんかいいですよね。
燃え殻
そう、そうですね。
糸井
燃え殻さん、学生のときに学級新聞みたいな壁新聞を作って毎日書いてた。
燃え殻
はい。
糸井
「なんで、思うだけじゃなくて書きたいんだろう」っていうのは何なんだろうね?って話を、じゃ、もうしてみましょうか(笑)。
燃え殻
しましょうか。
糸井
ねえ。いや、変な話、仮に「やせ蛙まけるな一茶これにあり」っていう、これは俳句という短い形式だけど、「やせ蛙」っていう見方をしたなっていうのがまずうれしいじゃないですか。自分で蛙に痩せてるか太ってるかっていうのを思わないで、ただ蛙だったところに、「やせ蛙」って言っただけでもう、あ、いいなってちょっとこう、やせ蛙だなみたいな(笑)。
  
何だか知らないけど、そこに「負けるな」って気持ちが乗っかって、自分に言ってるんだか、蛙に言ってるんだかわからない。で、「負けるな一茶これにあり」っていうのは、どっちが応援されてるのかわからないけれども、やせた蛙を見たことっていうのを形にしたらうれしくなるみたいな。だから、何かを書いてみるっていううれしさっていうのと、今、燃え殻さんがゴールデン街で横になって、やせ蛙を見つけたみたいな(笑)。
燃え殻
うん、そうですね。ぼくだけが見てる景色‥‥
糸井
そうそうそう。
燃え殻
を切り取れた喜びみたいなものだったりとか、あと、ぼくはそれでいうと仕事をしていて、今まで使った手帳を21冊、全部取ってるんですよ。
糸井
らしいんだよね。
燃え殻
はい。デスクに、まあ21冊全部置いておくと邪魔なんですけど。本当に6冊、7冊ぐらいは常に置いてるんですよ。終わっちゃった手帳なんで、もう適当にランダムに並べて、横の引き出しの中には全部入れてて、それを仕事中やちょっと時間ができたときに読み返すということが、自分の安定剤となる。そういう形で手帳を使っているんですね。その手帳は日記でもなく、もちろん手帳なので、まず予定が書いてあります。
糸井
書いてあるね、うんうん。
燃え殻
ぼくは今、テレビの裏方の仕事を主にやっているので、納期がここで、次はこの仕事がこのぐらいの納期で、この打ち合わせがあるって書いてあるんです。それがどうなったかってもちろん書かなきゃいけないので、それも書いてある。
糸井
必要だからね、そこはね。
燃え殻
はい、必要なんです。そこにもう一つ、例えばその人のことを次会ったとき忘れないために、髭が特徴だったとか似顔絵が描いてあったりとか、名刺をそのまま貼って、名刺に似顔絵描いて、そういう人いると思うんですけど。
糸井
うん、そういう人いるよね。
燃え殻
そういうことや、その日はたまたま食った天丼屋がうまくて、でも、多分忘れるなって思って、その天丼屋の箸を貼ってあったりとか。
糸井
箸袋だね(笑)。
燃え殻
そうです(笑)。結局、十何年行ってないんですけど、でも、天丼のシミとか付いてて。
糸井
行くかもしれないっていうのが、何ていうか、自分が生きてきた人生にちょっとレリーフされるんだよね。
燃え殻
はいはいはい。
糸井
で、行かなくてもレリーフは残ってんだよね。
燃え殻
そう、行かなくても残ってる。
糸井
その感じと、燃え殻さんの文章を書くってことがすごく密接で(笑)。
燃え殻
すごく近い気がして。
糸井
ねえ。何だ、これは俺しか思わないかもしれないって思うことが、みんなに頷かれないでたときって、「悔しい」じゃなくて「うれしい」ですよね。
燃え殻
すごく、うれしい。

糸井
今の、だから、ゴールデン街で酒飲んでそのまま何だか寝ちゃって、起きたときのお天気なんていうのは、多分、頷ける人は、同じこと経験してないけど、結構いると思うんです。でも、発見したのは「俺」なんです、明らかに。だけど、同時に、それが通じるっていう。
燃え殻
そうですね。「経験してないけど、わかるよ」っていうところがうれしいというか、何だろう、その断片みたいな手帳の話でいくと、あとから振り返ったときに、そのときの自分の悩みも書いてあったり、そのときうれしかったこと、「超ラッキー」、王冠とか描いてるんです(笑)。
糸井
王冠(笑)。
燃え殻
どれだけうれしいんだ(笑)。でも、それたいしたことじゃないんです。嫌なこともたいしたことじゃないんです。嫌なことも、これだけ嫌だって思ってたその人と、今、それこそゴールデン街、酒飲みに行ったりするんです。
糸井
いいじゃないですか。
燃え殻
でもそのときは、「この人には来週また会わなければいけない。嫌過ぎる。死にたい」と書いてるんです。
糸井
そうか、会うために行ってたゴールデン街に、今は用事がなくて行けるんだ。
燃え殻
そうそうそうなんです、行ける。その、悩みだったり関係性がどんどん変わっていく様が見えるのがおもしろくて、手帳を読み返すんですよね。
糸井
いいなと思ったことは、すぐに書くんですか。それとも、覚えてるんですか。
燃え殻
正直両方ですけど、でも、最近はすぐに書くようにしてます。スケッチとして描かないようにしてるというか、昔は「これは」‥‥ちょうどそこでぼくの今まで集めたファイルみたいなのを展示させていただいてるんですけど、ぼくが高校生とか中学生の頃にファイルしてたものをそこで展示してもらって、ものすごく恥ずかしいんですけど、ちょうど小説に出てきた横尾忠則展、ラフォーレのそのチラシとか。 
  
そのときは、それを集めなきゃと思ったんです。神保町の古雑誌屋とかによく行って、広告の専門学校に行ってたんで、糸井重里になりたいと思って(笑)、会いたいと思って。いろんな人のコピーを切って、それをファイルしたり…そのときに、「資料集め」と言って、友達に「俺、今日資料集め言ってくるわ」とか言って毎週行ってたんです。でも、その資料はいつ発表するかわからない。
糸井
ああ、何の資料かもわからない。
燃え殻
何の資料かも。だから、いつか自分に役に立つであろう資料。別に課題とかでもないし。
糸井
イチローがバッティングセンターに通ってたみたいなもんだ。
燃え殻
そうですか?(笑) あ、でも、そうかもしれない。いつ役に立つかなんてわからないけど、これを集めとかないとって思って、そういう資料をワーッと集めたりとか、映画のチラシ集めたりとか、それを展示していただいてるんですけど、もしかして今日のために集めてたのかもしれないですけど(笑)。でも、それは小説のために集めてたのかもしれないし、そんなことのために集めてなかった、もっと言うと。
糸井
ただ集めた。
燃え殻
ただ集めてた。それは自分として、これはなんか持っておきたい、自分として大切なんじゃないか。どこかで、いつか何かになるんじゃないかって淡い、淡い淡い宝くじみたいなことを思いながらやっていて、これはすぐに役に立つとか、こうなりたいなっていう努力じゃない努力をすごいしてたんですね。
糸井
それは、みんなするのかな、しないのかな。俺もちょっとしてたな。
燃え殻
あ、してました?
糸井
大体、昔の本を捨てられないって、本という形をしてるから捨てない理由がわりとわかりやすいんだけど、それが例えばチラシだったら捨ててたかもねっていうものをみんな持ってるんじゃないでしょうかね。
燃え殻
ああ、なるほど。
糸井
影響を受けたりして、映画とか小説とかの。例えばぼくなんかだと、これはマヌケだなと思うんだけど、今見たらどう思うかわかんないような『小さな恋のメロディ』みたいな映画があって、かわいい女の子と男の子が小さな恋をするんだけど、そこで一番よく覚えてるのは、瓶に入った金魚が紐でぶら下がってるんです。そういうのを売りに来る人がいるんです。で、瓶に金魚を飼ったね、俺。
燃え殻
それを真似て?
糸井
真似て。‥‥軽蔑したような目で。

燃え殻
軽蔑してない。軽蔑してないですよ(笑)。
糸井
じゃあ何(笑)。
燃え殻
へぇって(笑)。いや、でも、すごいわかります。
糸井
そういうこと。例えば長い丈の服にしても、誰かが着てるのをいいと思ったんですよね。
燃え殻
そうです。
糸井
だから、自分がまずその長い丈の服を着てなくても、自分の頭の中の世界では、「長い丈の服はうまくいくとカッコいいぞ」っていう心が(笑)‥‥
燃え殻
そうそうそう(笑)。
糸井
脳内にあるわけですよね。
燃え殻
あるある。
糸井
「俺、ダメかな?」っていう(笑)。で、売ってたんで、「着ちゃおうかな」ってことですよね。
燃え殻
そうです、そうです、そうです。
糸井
だから、他人がやってることとか、よその人が表現したことも、もうすでに自分の物語なんですよね。
燃え殻
そうだと思います。だから、コラージュのようにいろいろなものを集めてて、それはもう自分が考えたことと言ったら失礼なんですけど、それは俺しか知らないんじゃないか、教えなきゃ!と思って友達に言ったりとかしてましたからね。
糸井
ああ、言ったり。
燃え殻
そう。言ったり。そういうことのためにも集めてたのかなあ。
糸井
それ、友達にもそういうやつがいた? そういう話、聞く側になったことある?
燃え殻
あんまりないかな。
糸井
あんまりない? 自分が言う側だったんですか。
燃え殻
そうですね。
糸井
あ、それはもうなんか、表現者としての運命ですかね。
燃え殻
いや、すごいみんないい人だったと思うんです、ぼくの周りが。
糸井
聞いてくれて。
燃え殻
そう。「へぇ」なんつって。
糸井
ああ‥‥。聞いてもらうって、人間にとってものすごくうれしいことですよね。
燃え殻
そう。すごいうれしくなりますよね。
糸井
ジュークボックスというのがあってさ。
燃え殻
はい、わかります(笑)。
糸井
ジュークボックスって知らない人いますから。知らない人‥‥うれしいな、そういう人が交じっててくんないとね。お金を入れると、中でレコードがこんななって、こんななってかかるんです。それが大きいスピーカーで、ベースを強調したボンボンって音がすごくするスピーカーで、お店中に鳴り響いて、お店のバックグラウンドミュージックをお客が自分のお金でかけてくれるっていう仕組み。で、ぼくがスナックでバイトしてたときにジュークボックスがあって。
燃え殻
初耳ですよ(笑)。
糸井
いや、それ、さんざん言ってますよ。
燃え殻
本当ですか。
糸井
で、そのジュークボックスで誰かが「ドック・オブ・ベイ」をかけてくれるとうれしいんです。
燃え殻
ああ、なるほど。
糸井
自分のお金じゃなくて。
燃え殻
ああ、わかる。
糸井
それが流れると、その歌詞のことをちょっと知ってる程度だけど、いいよなあって思いながらピザ運んだりしてたわけ。ずっと聞いてたいって気持ちがそのときあったんで、俺はこの、ずっと終わらないリズム&ブルースを聞いてるみたいだっていうのは、ぼくにとってものすごく若い自分がこの小説をものすごく褒めてるつもりなの。
燃え殻
いやー、すごくうれしかったです。
糸井
勝手に言うとね(笑)。だから、自分にとってのそういう歌みたいのがあってさ、誰か歌ってくれてて、っていうつもりだったんだよっていう。今になって種明かしみたいに言うとそうなんだけど、でも、ちょっとわかるじゃないですか。
燃え殻
いや、ぼくすごいわかります。このあいだ、キリンジの堀込さんと‥‥
糸井
うんうんうん、燃え殻のもと。
燃え殻
そうです(笑)。「燃え殻」という曲を書いたキリンジの堀込さんとお話をさせていただいて、小説と言うと小説家の方から怒られちゃうかもしれないですけど、さっきの糸井さんの話じゃないですけど、ぼくはこの小説を書いていて、今、小説を読まないという前提があって、小説ってあまり売れないよっていう前提のもとにぼくはやらなきゃいけなくて、さらに無名だというところで、もう二重苦という。 
  
売れてる小説家さんのものを読んでも、でもぼくには参考にならないし、難し過ぎるし、大変だから、インターネットやユーチューブ、まとめサイト、そういったスマホの皆さんが使っている時間をどうにか小説のほうに引きずり込みたいなっていうのがあったんですね。で、その1つはやっぱり言葉っていう部分で、できる限りこの栞を使わないで、すべてこうサーッと読める言葉と、やっぱりどこかで少し自分を突き放してサービスしたいという‥‥
糸井
サービスしたい、うん。
燃え殻
という気持ちで、じゃないと乗ってくれないだろうなと。この読んでるときのリズム感みたいなものが、文章ってすごくあると思ってて、リズム感のために書いてあることを変えてもいいとぼくは思ったんです。これは本当に小説家の方からしたら、「何言ってんの? おまえ」って話になっちゃうかもしれないですけど、このリズムだとこの台詞はよくないから変えちゃおう、そうするとスッと読めるよねっていうほうを選んだんです。一気読みできるようなものにしたいなっていう、どちらかといえばそのユーチューブで聞いてる音楽とこの小説と異種格闘技戦をしなければ、多分読んでくれないという気持ちがぼくはありました。
糸井
それは、でも、当たり前なんじゃない? それがまた楽しかったわけでしょ?
燃え殻
個人的には楽しかったですね。
糸井
だから、こういうことを書きたいんだよなって思ったことを書いてるんだけど、それに陰影をつけたり、ちょっと補助線を引いたり、一部消しちゃったりっていうのは、音楽作る人がそれこそメロディ、あ、こうじゃないなというのと同じだから、何もその、「いいんじゃないの?」というか、そういうときに、だから、初めてお客が来る前でスケートする人になるというか。それまで書いてたものとか資料を集めたりしてた時代とか、あるいは自分しか読まないものを書いてた時代とか、学級の人しか読まないとか、それと分けたのはそこなんじゃないでしょうかね。
燃え殻
あ、そうですね。
糸井
直されたりとか、新人のときにはあるけど、そういうやりとりはあったんですか。
燃え殻
ありました。
糸井
それはどうでした?
燃え殻
女性の編集の方だったんで、ぼくとしては、男としてはアリっていう表現を、「女性は読んだときに嫌悪感があります」っていうものに関しては、バッサリ捨てました。そこに関しては信用したいというか、男は本当はそうだよねって思ったとしても、それだと女子引くからっていうものは、例えば一番最初のオープニングのところで、主人公のぼくというのは、同じラブホテルで女の子、違う女の子と泊まってるんです。そのあとに昔好きだった女の子を思い出すというところで始まるんですけど、「20年ぐらい経って同じラブホテルに行ってる男、引くんですけど」って編集者に言われて(笑)。
糸井
ああ、なるほど、なるほど。
燃え殻
「ちょっといいとことか行かないんですか」
糸井
でも、しょうがないじゃん、ねえ(笑)。
燃え殻
「いや、別にけっこう行くと思うんですけど」。「いや、行かないでください。女性引きますから、そういうの」って言われて、それで六本木のシティホテルみたいなラブホテルに行くって変えたり(笑)。
糸井
ああ、そうか。
燃え殻
途中で出てくる登場人物に、「自分のことよりも好きだ」って言ってる彼女がいると言ってるのに、途中でスーっていう子が出てきて、その子といい仲になる。それも「女子は引きます」と。「女子引くつっても、出てきちゃってて、男としてそういうすごい好きな子がいても、まあ、あるっちゃあるんだよねえ、ハハ」みたいな、「ハハじゃねえよ」みたいな感じで(笑)、「そういうことじゃないから」。なのでスーっていう人との直接的なセックスシーンみたいなところは‥‥
糸井
ないないない。
燃え殻
全部切ったんです。
糸井
だから寂しかったのか。
燃え殻
(笑)。切っちゃったんですよねえ。
糸井
多分、今、本を作るっていうのは、作品を出すっていうことと商品を出すということと二重の意味があって、だから、女子が引くなら引くで、引けよっていう作品じゃないですか(笑)。
燃え殻
ああ。
糸井
でも、「女子が引くんです」。「あ、そうですね。それ汚れに見えますもんね」と言って、「きれいにしましょう」って拭くのが商品じゃないですか。
燃え殻
ああ。すげえ言わなきゃよかった(笑)。すごい、すごいダメだったかもしれない。わあ、いろんなところから怒られるかもしれない。
糸井
わかんないんだけど‥‥
燃え殻
新潮社の人が来たらどうしよう(笑)。

糸井
でも、いや、もっと言えば、推理小説の中で描いてる恋愛なんていうのは、推理小説である理由なんかなかったりするわけで、推理小説のようになってないと興味がなくなっちゃうと困るから、人を殺して入れたりするってことはあるわけでしょ? で、それは商品性を高めてるじゃないですか。だって、ドストエフスキーだってそれこそ殺人とか交ぜて、来週はどうなるんでしょうねって。「ドストエフスキーです! 来週はどうなるんでしょう」って(笑)‥‥
燃え殻
「ジャンプ」的な。
糸井
やってるわけだから、その商品性みたいなものというのを丸々否定するわけにはいかないし、そこのとこで女性引いちゃうのを、引いちゃうんだったらこれはやめとこうかっていっても伝わるものが出したいんだったら、バランスの問題だから。
燃え殻
そう、だから、やっぱりその最初に、このゴールデン街の朝だったり、ラブホテルのその朝か夜かわからないところだったりの部分ってぼくとしてはすごく気持ちよかったんです。いろんな人たちと共有したかったってなったときに、ほかの部分というのはとてもこう、それを補強するものなんですよね。だとしたら、「多くの人に読まれる道っていうのはこっちなんじゃないですか?」と提案されたものに関しては、「じゃ、そっちの道で考えます」っていう形でもうどんどんやっていったというのがすごくあったかな。
糸井
だから、何だろうな、観光会社のバスツアーで「ここのお寺を組み入れましょう」と言われたときに、ああ、このお寺に来てくれる人が増えた、うれしいなっていう場合は、「どうぞ」ということで、もう山道のわざと遠い道を来て、このお寺に来てくれた人が貴重なばっかりじゃないって考えはあると思うから、ぼくはそれは、それで全部やめちゃうわけじゃないし、このあともいろんな表現をしていくわけだから、全然かまわないとは思うんです。まあ、いやだと思う人はいるかもしれないし、もっとやれって人もいるかもしれない。
燃え殻
まあ、そうですねえ。
糸井
あのラララ、ラララランド。
燃え殻
なんかスクラッチしちゃいましたけど(笑)。『ラ・ラ・ランド』。
糸井
ララ、『ラ・ラ・ランド』。(巻き舌で)ララランドの中で、主人公の男の子と親しかったんだけど、ヒットソング作れるようになっちゃった黒人の子が出てくるじゃない。
燃え殻
本当言いづらいけど、ぼく、観てないです。
糸井
そうかそうか。もし何だったら観たら面白いと思うんですけど。つまり、音楽仲間なんだけど、ぼくはもう一つなんかこう、今の話でいうと、作品のところで思い悩んで、ブレイクスルーできないんです。そしたら、こっち側に、ものすごく大勢の人が喜んでくれる曲を「俺は作れる!」ってもう自分に言い聞かせたかのように、もうパーンと盛り上げる曲を作れるようになっちゃったやつは大当たりしてるんです。で、バッタリ会って、あいつ、いやなんだよなって主人公は思ってるんだけど、こっちはこいつのこと認めてるから、「俺のバンドに入れよ」って言うの。恋人との関係もあるから、金も必要だし、生活が安定しないとこれから作品どころじゃなくなっちゃうから、じゃ、このバンドでキーボード弾くわって入るんだよ。 
  
ていう逸話があってさ、エピソード。それはのちにまた大きな展開を作っていくんだけど、アルバムとしてそのCDが出ると、彼がやってるバーンと盛り上げる曲も、こっち側の主人公の彼が弾いてる曲も、2人後ろに流れているだけの曲も、同じアルバムに入ってるわけ、サウンドトラックだから。そうすると、「いいよな」って主人公に思い入れしてた曲の次の曲に大当たりした曲が流れてくると、「ちょっと嫌だ」って気持ちがあるのよ。半分あるの。同時に、「悪くないんじゃないの?」って気持ちもある。その「こっちとこっちとさあ」みたいな気持ちが、CDを順番に聞いてる人の中に毎回起こるのよ。それはねえ、紙芝居みたいな映画なんだけど、人に典型的な何かを伝えてくれるんですよね。観たらいいよ。きっと喜ぶよ。
燃え殻
あ、観ます。
糸井
あれはあれで大人になれなかった人が大人になっちゃったみたいな話だから。いいよ、すごく。バカにする人はバカにするけど、俺はああいうファンタジーはあったほうがいいと思う。イソップ童話があって怒らないんだったら、ララララランドがあっていいと思う。その今のやりとりの話は、絵を描く人だとかも、画廊の人がさ、「今そのへん行くと古く見えるよね」とか言うだろうし、ぼくなんかにしてみれば、「会社ってそういうことを人に望んでないだろう」とか。
  
例えば、「糸井さん、成長ってことどう思うんですか」みたいな話をされて、成長っていうと何かこう、株が上がりますよみたいな話をされても、それが目的じゃなかったみたいなところで、でも、成長、嫌じゃないんですよって言わなきゃならないし、本当に思ってたみたいなところで、どこに自分の軸を置くのかっていうのはやっぱりアリで。やっぱり世の中の物事は、作品と商品の間を揺れ動くハムレットなんじゃないの? だって結婚は愛じゃないとか言う人っているじゃないですか。
燃え殻
いますね。
糸井
事業だとかさ。「そういう人とは一緒になんないほうがいいわよ」って忠告するのは、商品として完成しなさいって話じゃない。恋愛のまま突き進んでいって失敗する人というのは、作品が売れなくなって大変な思いをするって人。両方ありますよね。
燃え殻
ありますねえ。
糸井
だから、聞いてる人の中でも、その作品と商品の、あるいはみんなに伝わるか、自分が気持ちいいかみたいな、それはあるんじゃないでしょうかね。
燃え殻
ああ、ありますね、絶対。それがバランス、難しいですけど、バランスがいいと、うれしいなぐらいですよね。
糸井
そうですね。
燃え殻
うれしいなぐらいわからなくなってくるんですよね。
糸井
バランスをよくする方法というのを一生懸命コツがあるかと思って探すと、実はバランスを壊すんだと思う。
燃え殻
ああ、そうだと思う。
糸井
だから、近くを見てると倒れるというか。
燃え殻
はいはいはい。
糸井
オートバイ乗ります?
燃え殻
乗らないです。
糸井
オートバイの練習で、一本道というのがあるんです。その一本道をずーっとオートバイで行って、トンと普通に下りればいいだけなんだけど、脱輪するんですよ。それは何かというと、脱輪しないように車輪の先を見てる人は必ず脱輪するんです。一本道は、車輪なんか見ずにまっすぐ前を見ればいいんです。すると、自然にまっすぐ行くの。それ、けっこうぼく、オートバイの練習してるときに、なんていいことを教わったんだろうと思って。とにかく近くでいっぱい一生懸命考えれば脱輪しないかってこと絶対ないんで。前見るんですよね。
  
それが一つと、それからあとは、バランスをちゃんととるためには、バランスのことじゃなくて、入れ物の大きさを変えちゃうというか。何でも放り込めば、自然にバランスをとらざるを得ないんで。1個しかない玉だとバランス取れないけど、百個入ると安定するじゃないですか。みたいなことを考えるようになった。何でもありって本当にみんな受け入れちゃえばいい。なんかこう、年上の人からのお話みたいに。
燃え殻
いやいや、年上じゃないですか(笑)。すごいためになる。そうですね。
糸井
いや、これはね、でも、答えはそこじゃなくて、そっちかーみたいなところがあってさ。若い人にいくら言っても、コツにしか聞こえないんで。コツじゃなくて、だから、今いっぱい取材受けてるなんていうのも、ウソばっかりついてるのも含めて、1個ずつの重みなんで。トータルにしたら、あそこでああいうことを言えたからいいかとか、あの人と会って、あのあとでまた違う話をしたとか、結局そこで90年代の空気をっていうのを読んだ人が、もうちょっといいことを何かまたかぶせてくれるとか。
燃え殻
そうですね。あと、そのウソがだんだん自分の中で板についてくるというのもあって、それはウソって簡単に言っちゃうけど、もしかして気づきなのかもしれないし、ああ、それか、そういうことを求められてたのかって、ぼくは受注体質なので、仕事が。
糸井
受注体質(笑)。
燃え殻
お客さんがそう思うんだったら、そうしたいな、そういうものを作りたいなって思って、ああ、そういうものが作れたんだったら、それでいいじゃないかって思うんですよね。で、その感想もそうだとしたら、それでいいじゃないっていうふうに思うんですね。

第2回につづく

第2回 書く理由って、必要ですか?