- 糸井
- やろう。
- 燃え殻
- あ、やりましょう。
- 糸井
- 多分あいさつなんかは面倒くさいと思っている人だらけでしょ?
(会場 笑)
- 糸井
- だからもう、急に始めます。
- 燃え殻
- はい。
- 糸井
- はい(笑)。
燃え殻さんのことご存知の人が集まっていると思うんですけど、今、忙しいけれど身体は大丈夫かなと思っていたんです。
- 燃え殻
- あ、大丈夫。
あんまりね、昨日寝れなかったんですよ。
- 糸井
- どうしたんですか。
- 燃え殻
- 昨日の午前3時くらいに仕事が終わって、その後糸井さんの顔がちらついて、寝れない。
- 糸井
- それはぼくのことが好きで?
- 燃え殻
- あ、好きで。
(会場 笑)
- 糸井
- 身体が大丈夫かってのは本当に聞いてるんだけど、結構ものすごい量の取材受けてるでしょ?
- 燃え殻
- サラリーマンなのに、はい(笑)。
- 糸井
- サラリーマンなのに(笑)。
- 燃え殻
- はい、2ヶ月前に本が出て。そこから取材を、ありがたいことに何十と。
燃え殻さんは、2017年6月30日に小説「ボクたちはみんな大人になれなかった」を出版されました。2016年2月~8月にWEB上で公開したものを加筆修正したもので、発売後すぐに増版を重ねるなど、大きな話題になっています。
- 糸井
- はぁー。
- 燃え殻
- 前に糸井さんには相談させていただいたんですけれども。
- 糸井
- はい。
- 燃え殻
- 新聞社とかからの質問に答えるのが心苦しいんですよ。
- 糸井
- 心苦しい(笑)。
- 燃え殻
- 答えてて、ウソをつかなきゃいけない自分が。
- 糸井
- あ、てことは、燃え殻さんの記事なんかを新聞で見た人は、ウソを読んでいるわけですね(笑)。
- 燃え殻
- 「なんでこの本を書いたんですか」とか、質問されて。
- 糸井
- うん。
- 燃え殻
- でも、ぼく、今日糸井さんに聞きたかったんですけど。
- 糸井
- はい。
- 燃え殻
- 小説とかって、何か訴えたいことがないと書いちゃいけないんですか。
- 糸井
- (笑)
- 燃え殻
- 「すごく社会的に実は意味があることなんだ」みたいな。
- 糸井
- そうではないんじゃないでしょうかね。横尾さんとかに聞いたらきっと「だからダメなんだよ。」って言いますよね。
- 燃え殻
- 横尾さんは、そうですね(笑)。
でも、答えなきゃいけないので、ぼくは。ちょうど90年代から2000年くらいのことを書いた本なので、その頃の空気を・・・
- 糸井
- 空気。
- 燃え殻
- そう、空気みたいなものを1つの本に閉じ込めたかったんですというウソをですね、この1ヶ月くらいずっとついてて(笑)。
(会場 笑)
- 燃え殻
- もう、スルスル、スルスル、ウソが口から流れるようになって。
- 糸井
- インタビューする人のほしいところを的確につくウソですね。
- 燃え殻
- もう、自分で話しながら「あ、なるほど」みたいな。
- 糸井
- 元々思っていたわけじゃないけど、それでもいいやっていうウソですよね。
- 燃え殻
- たぶんそれがいいんだっていう。
- 糸井
- うんうん。聞く側からすると「それが聞きたかったんですよ!」みたいな。で、燃え殻さんの本を読んで取材者も読者も共通するのは、自分もその時代にって話をしたがることじゃないですか。
- 燃え殻
- そうですね。
- 糸井
- 記者の人とかが、
「あ、その頃ぼくもそこにいたんですよ、レッドシューズ」みたいな。
- 燃え殻
- ああ、そうそうそう!
同年代の記者とかに、「いやあ、読みましたよ」って。「燃え殻さんはこういうことを書いていてだいたい近いんで、ぼくの話聞いてもらっていいですか」って。
(会場 笑)
- 糸井
- 自分のことを語りたくなる。
- 燃え殻
- で、その後「なんで書いたんですか」って言われるんですよ。
- 糸井
- うんうん。
- 燃え殻
- だからそれはさっきみたいに。
「いや、あなたとぼくがいた90年代を書いた小説というのはそれほど今までなかったので、あのバブルが終わって」
本当に何度も言ってるからスルスル出てきちゃうんですけど。
- 糸井
- 立て板に水だねえ。
- 燃え殻
- 「バブルが終わって、でも、世の中にはバブルが残っている。そのまだらな世界というのをぼくは1つの本に閉じ込めたかったんです(嘘)」みたいな。
(会場 笑)
- 燃え殻
- でも本当のことを言うと、小説では2か所くらいしか書きたいことがなくて。
- 糸井
- ああ。
- 燃え殻
- それは、世の中に訴えたいことじゃないんです。ただ、書いてて楽しいみたいな。
- 糸井
- 自分が書いてて楽しいこと、うんうん。
- 燃え殻
- ぼくの小説、読まれていない方がいっぱいいると思うんですけど。
- 糸井
- じゃあ、読んでいない方のためにぼくが一言でまとめます。
- 燃え殻
- あ、え(笑)?
- 糸井
- つまり、90年代の空気を残したかったんです。
(会場 笑)
- 燃え殻
- あ、もう、一番嫌な感じじゃないですか(笑)。
- 糸井
- (笑)
- 燃え殻
- えっとまあ、それってのが、実際にあって
どうしても書きたくて書いた小説の一部分なんですけど
―あの朝の、うつらうつらとしながらもハッキリと感じる、
穏やかな温かさをボクは今でも鮮明に思い出す。
店のガラス戸に雨が打ちつけられて、激しい音を鳴らしていた。
いつものように会社からの連絡を待ちながら、ボクと関口は
焼酎のお湯割りを3杯あおり寝てしまったらしい。
激しい雨なのに陽の光がガラス戸から差し込んでいた。
やかんが気持ちいい音を鳴らし、ボクは薄っすらと目を開く。
座敷で横になっていたボクの身体に薄手の毛布がかかっている。
こぢんまりとした店内に味噌汁のにおいが香った。
カウンターには、いつの間にか関口が座っていた。
「いま、ほうじ茶煮出してるからね」七瀬がそう言って、
味噌汁にとうふを切って入れているのが見えた。
仕事が心配になったけど、もし急ぎがあったら責任感の強い関口は
ひとりでも飛んで戻っているはずなので、大丈夫なんだと悟った。
ボクはその人生の余白のような時間に浸って、
また眠りに落ちそうになりながら、薄目でふたりを眺める。『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社)
83〜84p より引用
- 燃え殻
- 昨日も今日も嫌なことがなくて、内臓とかも痛いところがない。そういう体感を元にした1日っていうのを書いているときは、気持ちがよかった。
- 糸井
- あ、よいですね。
(つづきます)