もくじ
第1回こんなに好きだったなんて。 2019-02-26-Tue
第2回フラれて知った、美しさ 2019-02-26-Tue
第3回はるかその向こうの空へ 2019-02-26-Tue

編集者をしています。青空と雨の日、森と海の中、散歩とサウナとカレーとコモンとアンダーソン・パーク、ラブ!

私の好きなもの</br>木の枝

私の好きなもの
木の枝

担当・えだまりこ

第3回 はるかその向こうの空へ

ときどき、近くの庭園に出かけます。
昨夏はじめの晴れた日、いつものように、
すみっこのスダジイの木の下のベンチに寝転び、
葉っぱと枝の重なりをながめていました。

ほどよい風が吹いて、
強すぎない日差しがそそがれてくる。
目の前に広がる木の枝葉が、
いつものように何となく揺れている‥‥。

と、思ったら。
枝が一本、
不規則な動きをしている気がする。
じーっと見てみました。
枝も動きを止めています。
なに? この違和感は、なに?

‥‥ヘビでした。
大きな、2メートルをこえる、アオダイショウ。
仰向けの私と、下を向いた彼(か彼女)が
見つめ合っています。

い、いえ、こちらにそんなつもりはありませんから。
仰向けのまま穏やかに、でも目はそらさず
静かに横にずれると、
彼(か彼女)も頭を上げてするするっ、と
木の枝をつたって上がっていきました。

ヘビが、木を移るのを初めて見る‥‥。
どきどきして、静かに後をつけます。
つけたといっても、
下から見上げてついていくだけですけど。

するとヘビは、
たぶんどう逃げるのが一番いいのか考えあぐね、
あちらにするする、こちらにするすると動き続けました。
動いていくヘビは、
木の枝にはぐにゃっとはりつくくせに、
枝から枝へと移る時は、
自分が木の枝になったかのようにまっすぐ立つのです。

いつそのまま、がっと飛び降りてくるかな。
自分の鼓動が聞こえてきそうに緊張しながらも
目が離せず、右に左に、付き添うと、
ヘビも右に左に、確かめるように枝を選び、
太い幹の時にはからまり、
細いときにはそーっと体を乗せて進んでいく。

枝の上をすべるような動きがひたすら美しく、
まわりの音も聞こえなくなり、
この世にヘビと自分しかいないような
感覚になりました。

でも、ヘビ側は
かなり必死だったんだと思います。
左端まで行って、隣りの木に移れないとわかると、
さっと方向転換。
右隣りの木に向かってすばやく枝をわたり、
高い高い上の方まで上がっていき、
やがて枝葉に溶けて見えなくなりました。

上を見てると、いいことあるなぁ!

しばらくして夏の終わり、
スダジイの枝は突然、短く切られてしまい、
それからもう、ヘビには出会っていません。

でも、木の下までの高さだった自分の空間が
急に枝の向こうまで広がったような、
そんな感覚がいまも残っています。

最近、教えてもらった詩に、
八木重吉さんの「夜の薔薇(そうび)」
という作品があります。

 ああ
 はるか
 よるの
 薔薇(そうび)

―『秋の瞳』より

夜。
誰も見ていなくても、
無限のらせんを持つバラが
咲いている。
美しいものが、ただそのままでそこにあり、
その存在は、
はるか宇宙の果てまで貫かれる‥‥。

同じように。
木の枝から、私はいつでも、
宇宙を貫く力をもらっているんだ!

言葉にするとこっぱずかしいけど、
そんなことを思いつつ、
今日も元気にやや空のほうを見上げながら、
私は歩いているのです。

読んで下さって、ありがとうございました。

(おしまい)

※ 八木重吉(やぎ じゅうきち)
明治31年(1898)-昭和2年(1927) 
日本の詩人。英語教員。
29才で亡くなる2年前に、詩集『秋の瞳』をのこしました。
青空文庫にもあるので、ぜひ読んでみてください。
飛べます。