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高阪 |
じつは自分は、
いわゆる運動オンチだったんです。
運動が苦手だったんですよ。 |
沼澤 |
そうなんですか!
それって柔道やってるときですか? |
高阪 |
柔道やってるときです、はい。 |
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沼澤 |
それって走ること、とかですか? |
高阪 |
走るの遅かったですね。
もうとんでもなく遅かったです。 |
沼澤 |
球技とかも? |
高阪 |
球技も全然だめ。
あらゆる運動が全然だめだったんです。
今考えると、「気付くのが遅かった」
と思うんですよね。
柔道をやっているときも、
わかっていなかったんだと思います。
ただ、その前に勝っちゃってたんで、
高校行けたり、大学行けたり
しちゃってただけだったんです。
自分が総合格闘技をやり始め、
アメリカに行って、
「あ、こういうことなのか」って気付いたときに、
あ、そういえばあれもそうだった、
あの時もそうだった、って、
分かるようになった瞬間があって、
それから全部できるようになったんですよ。 |
沼澤 |
「こういうわけで、できてなかったんだから、
こうすればいいじゃん」って? |
高阪 |
そうですね。
で、その部分をもしも、
これからスポーツを始めようとか、
自分にすごく自信がなかったりとか、
自分みたいに運動オンチ、球技でも全然だめで、
っていうのに、そこじゃなくって、
その前の段階の、カラダの使い方、
動かし方っていうのを最初に教えてあげれば、
「あ、これって、ひょっとして
こういうことなんじゃないの?!」って
ひょっとしたらそこで気付くことができて、
1個つながれば、
言葉には上手くできないかもしれないですけど、
カラダで表現することが
できるようになるかもしれないと思うんです。
自分は、この自分のカラダの仕組みが分かって、
さらにもう一歩先、
じゃ逆もできる、というふうになったんです。
たとえばものを投げるのって
下手くそだったんですけど、
こうして‥‥
(投球フォームをする)
こうですよね。 |
沼澤 |
うん、うん。今、普通に投げられてました。 |
高阪 |
こんなこと、できなかったんですよ。
でも、こうして‥‥
(サウスポーの投球フォームをする)
こんな動きもできるようになりました。 |
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沼澤 |
すごい!(笑)
左はぼくは絶対無理だな。 |
高阪 |
これ、理屈が分かったらできるようになったから、
ひょっとしてみんな、そうなんじゃないのって。 |
沼澤 |
意識、かたち、もそうですけれど、
カラダを鍛えるのって、いいですよね。
というのは、ぼくはジムに通う前は
演奏したあとの筋肉痛や疲れが
ひどかったんです。
ツアーに出ると、サウナに行きたいとか、
水泳やりに行こうとか、
スポーツマッサージはないのかとか、
もう、しょっちゅう行ってたけど、
ジムで鍛えるようになってからは
一気にラクになりました。
たとえばいわきでライブやって、車で戻って来て、
深夜、六本木でライブやってとか、
全然普通にできるようになったので。
間にジムを挟んだりして。
カラダのコントロールが、
だいぶいいみたいです。 |
高阪 |
特にウェイトトレーニングってそうなんですけど、
軸が取れないと上手くいかないんですよね。 |
沼澤 |
いかないですよね。 |
高阪 |
沼澤さんは、ジムに行ったことで
筋肉がついたというのももちろんあるけれど、
軸が取れるようになったというのが
でかいと思うんですよ。
重いバーベルが上がるようになった、
ということよりも、
どうやってそれを還元するかってところが
やっぱり面白いですね。
カラダ、楽になるし。 |
沼澤 |
ジムって、行くと楽しいっていうのもありますね。
自分が一番思うのはやっぱり精神的なことで、
「よし、行ったぞ」っていう。
嫌なのに行ったんじゃなくて、
自分のカラダのためにいいことをしたに
違いないっていう、わりとメンタル的なことって
大きいんです。
それから、できたから終わり、
ということがなくて、
「じゃあこうしてみましょう」という
その先、もっと先があって。 |
高阪 |
はい。カラダを使うことって、
ほんとに終わりがないんですよね。
自分はいまだに新しい発見があります。
今、若い連中が頑張り出したんで、
自分はあと10年くらいしても、
あのオッサン、まだ、やってるよ、
ぐらい(笑)言われるような
オヤジになりたいんです。
尚かつ、その中で一番強い状態で
ありたいと思って、やってんですけど、
「あ、こういうのもありだな」って
よく感じていますよ。
そうすると、人の試合を観るのも、
「こうだからこうなるのか、
ああ、そうか、だからあのときは
ああやってあの人が勝てたんだ」
って、わかったりします。 |
沼澤 |
うーん、それはそうですね。
ぼくが音楽の世界で、
おーーってすごい思う人って
還暦過ぎてる人たちばっかりだったりするんです。 |
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高阪 |
ああ! |
沼澤 |
ボブ・ディランが去年出したアルバム、
何でこんなにかっこいいんだろう、
還暦過ぎたニール・ヤングが
何で今、こんなことができるんだろう、
ライブ見に行ったら、
俺らより全然元気じゃないの、とか。
ローリング・ストーンズもそうだし、
ジョアン・ジルベルトだってそうだし。
ジョアン・ジルベルトは
ブラジルでボサノバというスタイルを
築いてやってきて、
「イパネマの娘」をいまだに、
もっとこうやったら、
こうできるんじゃないだろうかって、
やってる人なんです。
「あのときの方がよかったね」
っていう人じゃないんです。
進化してるところがすごいですよね。
そして、若い人たちと組みますよね。
たとえ自分が50年選手であろうと、
今、こいつがすごいと思う子が20代だったら、
俺の音楽はどう思うんだってことを含めて
一緒にやろうとするのが海外の人たちなんです。 |
高阪 |
自分がアメリカに渡って
勉強しようって思ったのは、
それもあるんですよね。
1998年ぐらいって、ちょうど自分が、
リングスの中でもそれなりに上がり出したころ、
まわりが自分をそういうものとして
扱いはじめてるな、というのが分かったんですよ。 |
沼澤 |
分かりますよね、そういうのって。
「高阪さん、入りまーす」みたいなね。 |
高阪 |
「荷物持ちます!」とかって。
いや、俺、自分で入りますからっていっても、
奪い取られたりとか。
そんなん、なんだよなーとかって思ったんです。
ちょうどこう、自分が、
このまま頭打ちするんじゃないかなっていうのを
感じ始めていて、もっと上に行くためには
これじゃだめなんじゃないか、と、
思い始めてたときだったので、
もっとこう、だめなとこは
注意してもらわなきゃいけないし、
もっともっと強くならなきゃいけないのに、
何か蓋されちゃってる気がして。
俺、このままじゃ、絶対強くなれんわと
思ったんで、それでもう
アメリカに行っちゃえって。 |
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(つづきます) |