きょうの対談は、
みなさんがふだんされている話の、
反対のことを話す場になる気がします”

広告・マーケティングの未来を語り合う
国際会議「アドテック東京 2017」での、
JR九州の唐池恒二会長と糸井重里の対談は、
このような言葉からはじまりました。

唐池さんといえば、
豪華寝台列車「ななつ星」の生みの親。

ご自身の経験をもとに、
人を感動させる秘訣のようなものを、
糸井とたくさん語ってくださいました。

さまざまなヒントに満ちた、全4回です。

糸井
きょう、ぼくと唐池さんが、
ここで話してることって、
やっぱりどこか
似ているような気がするんです。
唐池さんは「気」という
言葉を使われていましたが、
ぼくはそれを
「人々の思いと、
それにかけた時間のかけ算」
のように感じています。

唐池
ああ、なるほど。
糸井
対談のはじめに
「きょうは反対の話をするかも」
といったのは、
このあたりのことなんです。
いまの世の中って、
どんどんムダをなくして、
効率を良くしようという時代です。

「人間がやらなくてもいい」とか
「面倒なことは機械にさせて、
人間はもっとクリエイティブなことを
しよう」という時代です。
でも、そういうムダに見えるものを、
どんどん省く時代だからこそ、
「手間をかけた集積のところに、
人は集まってくる」
ともいえるんです。

唐池
はぁー、なるほど。
糸井
そういうことって、
「サービスを受ける側」だけの話じゃなく
「サービスを提供する側」も同じなんです。
つまり、ものすごくたいへんで、
労働集約型な仕事なんだけど、
それでも「やりたい!」って、
よろこんで手を上げてくれる人が、
たくさんいるわけです。
唐池
ほんとにそうなんです。

「ななつ星」のときも、
車両ができる前だというのに、
客室乗務員の応募者が、
全国から殺到しました。
糸井
ぼくは東北の震災のあとに
「気仙沼ニッティング」という、
手編みセーター会社の
立ち上げにかかわったんです。

セーターなんて、
いまや機械でどんどん編めますし、
もっといえば「手編みっぽく」も
つくれると思うんです。
でも、50時間以上かけて
手でセーターを編みたい人がいて、
その仕事に立候補してくれる人がいて、
その手編みセーターを15万円でも、
買ってくれる人がいる。

これってもう、
「面倒くさいことは、
ぜんぶ機械にさせればいいよ」の
真逆の考え方だと思うんです。
唐池
人はそういうものこそ、
欲してるような気がします。
糸井
唐池さんの本に出てくる
焼きとりの「串の話」も、
そういうことだと思うんです。
唐池
ああ、串の話、そうですね。

ここではあまり本の宣伝をしないように、
といわれたんですが、
『本気になって何が悪い』
という本を出しておりまして‥‥。

糸井
宣伝に本気になって何が悪い(笑)。
観客
(笑)
糸井
じつは唐池さんは、
JR九州の会長になられる前に、
JR九州フードサービスの社長職を
2回やられています。

1回目のときに大成功させて、
そのあと本社に戻るのですが、
唐池さんが抜けたあとに
大赤字になってしまって、
それで3年後にふたたび社長に
復帰されています。
唐池
ご紹介ありがとうございます(笑)。

さっきの「串の話」というのは、
そのころの話で、
もともと大繁盛していた
焼きとり屋さんがあったんですね。

それが3年後に戻ってみると、
客も売上も激減していたんです。

その理由は店に行ってみて、
すぐにわかりました。
繁盛していたときは、
店で大きな肉をカットして、
従業員が毎日「手づくり」で
1本1本、仕込みをしていました。

ただ、それだと効率が悪く、
人件費もけっこうかかります。
それでその店は
「人件費削減」という目的で、
店での串の仕込みをやめ、
東南アジアの冷凍の串を、
使うようになっていたんです。
糸井
ちょっと解説をはさみますと、
焼きとりの原料の肉を
「20円」とするならば、
そこの加工にかかる人件費は
「30円」なんだそうです。
そういう状況で、
業績をさらに上げようとしたスタッフは、
人件費を削減しようと考えた。

そこですでに串に刺さった
冷凍ものを仕入れることで、
人件費を「30円」から「25円」に
下げることができたというわけです。
唐池
そうです。ただし、
コスト削減は成功しましたが、
それ以上に
失ったものが大きすぎました。
糸井
そこなんですよね。
唐池
これはなにも、
焼きとりだけの話ではありません。

わたしの飲食業の哲学に
「飲食業こそメーカーだ」
というのがあります。

飲食業というのは、
完成した商品を仕入れ、
ほとんど手を加えずに販売する
「小売業」ではないんです。
わたしの経験からいえば、
飲食業の基本は
「いかに手間をかけられるか」
だと思っています。

糸井
はい。
唐池
「ななつ星」のときも、
食堂でどんな料理を出すべきか、
とても悩みました。

いろんな料理を試食しましたが、
料理の味というのは、
みんなそれぞれ好みがちがいます。
なので
「ななつ星」の料理を選ぶとき、
ひとつだけ基準を決めました。

それは「手間のかかった
料理をつくれる料理人にしよう」
というものでした。
糸井
ああ、なるほど。
唐池
手間のかかった料理というのは、
おいしいとか、おいしくないを
超えたところにあります。

つまり、手間そのものが人を
感動させるんです。

一生懸命、手間をかけてつくった
料理というものは、
すこし味の好みがちがっていても、
かならず受け入れていただけます。
お客さまというのは、
「手間」というものに対して、
お金を払っているんじゃないかと、
わたしは本気でそう思うんです。

(つづきます)

2017-12-17-SUN