世界の車窓からナレータの石丸謙二郎さんに聞く 世界の車窓からナレータの石丸謙二郎さんに聞く

第02回 世界が曖昧しゃなくなった。

──
石丸さんが
『世界の車窓から』を引き受けたのは
おいくつのときだったんですか。
石丸
番組がスタートしたのは、33歳の6月。

それまで俺、ナレーションって
あんまりやったことなかったんだよね。
──
あ、そうなんですか。
石丸
当時の俺って、いやに声が甲高くてさ、
子どもみたいなしゃべり方で。

役者仲間、
たとえば風間杜夫や平田満なんかにも
「喋る仕事だけはやめとけ。
 おまえは身体を動かしときゃあいい」
とか、ひどい言われようで。
写真
──
そんな(笑)。
石丸
声も妙だしとか、さんざん、ダメ出し。

実際、CMのオーディションでも
次々に落とされてたしね。
──
それは、すごく意外です。
石丸
でも、そんな俺を、
テレ東の『おーわらナイト』って番組の
プロデューサーが
「鍛えられていない喋りで、おもしろい。
 この元気そうな人を使おう!」
って、勇気を出して言ってくれたんです。
──
元気そうな人を、勇気を出して(笑)。
石丸
それが、31歳のときかな。
──
では、その2年後に
『世界の車窓から』のナレーションを
引き受けることになった、と。
石丸
こんなにも長く続くとは
思いもしないで、はじめたんだけどね。
──
そうですよね。
その後、30年近くも続くだなんて。
石丸
放映がはじまったころは、
たとえばさ、イギリスに行くとするでしょ?

ま、実際、初回はイギリスだったんだけど、
「ものすごいスピード」なんですよ。
──
スピード、と申しますと?
石丸
どんどんどんどん国を通過していくのよ。

つまりね、どう言ったらいいかなあ、
日本で言ったら
東京を出て大阪まで行くのに
「10日」くらいかけて行ったりしてた。
写真
──
それはペースとして「速い」んですね。
石丸
今は、いろんなエピソードを組み込んで
もっとじっくり、進んでいくから。

極端な場合には
大阪まで行くのに、ひと月くらいとかね。
──
なるほど、なるほど。
石丸
スタートした当初は
「イギリスだ、フランスだ、オーストラリアだ」
みたいな感じで、あっちゃこっちゃ、
次から次へと、いろんな国へ行ってたんだけど、
すぐに「こりゃ大変だ」ってことで。
──
現在のペースに落ち着いてきた、と。
石丸
そう。でね、「車窓」のいいところって
「大いなるマンネリ」ってことだと思っていて。
──
ええ。
石丸
現場には、定期的に新しいディレクターが
来るんだけど、
若い人って、やっぱり
何かしら「変えたくなる」みたいなんです。
──
その気持ち、わかります。
自分なりの色を出したいってことですね。
石丸
でも、28年間、唯一変わっていない
俺と岡部プロデューサーが
「いい。『車窓』は変えなくていい」と。

毎日‥‥ま、今では週に5日だけど、
いつまでも、
何年たっても変わらない、
一定のテンションで流れる番組があるって
何だかホッとするじゃない?
写真
──
はい、溝口肇さんのテーマ音楽もあって
「世の中、大変なことも多いけど、
 車窓は今日もやってるなあ」
みたいな励まされ方って、ありそうです。
石丸
だから、スタートしたときの感じのまま、
いい意味での「マンネリ」を
これまでの29年、貫いてきたんですよ。
──
でも、そうは言っても
ここは変わった、みたいな「転換点」も
なかったんですか?
石丸
‥‥ないなあ。
──
ない、ですか。
石丸
ない。技術的な部分、
つまり、撮影がハイビジョンになって‥‥
みたいなね、
画質が美しくなるってことはあるけど。

ほら、「車窓」なんかは、
映像がきれいなほうが、いいわけだしさ。
──
でも、その他の部分は、変わらない?
石丸
変わらないね。
ナレーションの人も変わってないし。
──
みたいですよね(笑)。
石丸
で、変わらない理由のひとつは
「ナレーションの人が
 身体が丈夫で風邪すらひかない」という。
──
その理由は、すごく具体的ですね(笑)。
石丸
放送は毎日のことだからさ、
ちょっとでも病気したら、もうダメなのよ。
──
でも、「長く続いてきた理由」として
「石丸さんの身体が丈夫だった」というのは、
けっこう、重要かもしれないですよね。
石丸
最初にキャスティングしたときに、
「毎日の放送だから、丈夫なやつがいいなあ。
 あ、こいつ丈夫そうだな」
って、思われたのかもしれないな。
写真
──
なるほど(笑)。
石丸
あと、長く続いた理由として大きいのは
岡部プロデューサーも、
そのときどきのディレクターの人たちも
「何も言わなかった」ってこと。

好きなように、やらせてくれたんですよ。
──
そうなんですか。
石丸
ふつう、ナレーションって
けっこう「演出」が入るもんなんです。

「もうすこし、明るく」とか、
「テンポアップ」とか
「ここはちょっと盛り上げて」とか。
──
ええ、ええ。
石丸
でも「車窓」では、何も言われないの。

最初の回から、
いまだに、1回も言われたことがない。
──
1回も、ですか。
石丸
うん、1回も。

「思うように、お好きなように、
 どうぞフリーに、ご自由に」‥‥って。
──
そう決めてたってことですか。
石丸
うん、そのことで、すごく救われてる。

最初のころ、本当に下手くそだったときも
「どうぞ、お好きなように」だったから。
──
列車の旅の自由気ままさ、みたいな感じが
すごく出てる番組ですけど
ナレーションを録るときのスタイルにも
その理由があるのかもしれないですね。
石丸
「車窓の映像を見たら
 自分も列車に乗っているような気分に
 なるでしょう?
 だから、初見で感じたとおりに
 どんどんやってください。
 どうぞ、自由に喋ってください」って。

「いいよ、ちょっとくらいおかしくても。
 あなたがそう思うんだったら」って。
──
あの、石丸さんのナレーションというと
「車窓」のイメージが強いですが
「車窓」っぽくないナレーションのお仕事も
これまで、あったんでしょうか?
石丸
感情が高ぶって喋れなくなったって経験は
今までに2回ありますよ。
写真
──
おお。車窓では、ありえない展開ですね。
石丸
ひとつは、有名な「円谷幸吉さんの遺書」。
──
あの、自殺してしまったマラソン選手の?
石丸
「父上様母上様、
 三日とろろ美味しうございました」
ではじまって
「すっかり疲れきってしまって走れません」
「幸吉は父母上様の側で
 暮らしとうございました」ってあれ、
読むと、けっこう長いんですよ。
──
ちょっと辛そうな内容ですね。
石丸
何回やっても、途中で感極まっちゃって。
ぜんぜん喋れなくなって、NG連発。

5回やっても6回やっても、ダメだった。
10回以上、NG出したんじゃないかな。
──
そんなに。
石丸
で、もうひとつは
「クラウディアからの手紙」ってやつ。
──
すみません、知らないです。
石丸
第二次大戦中にロシアの捕虜になって
あちらに残され、
現地のクラウディアさんという人の助けで
なんとか生き延びて、
そのうちに夫婦となって、一緒に暮らして、
何十年も経ってから
日本に帰ってきた元日本兵がいたんです。
──
ええ。
石丸
戦争に行く前、兵士には奥さんがいた。

で、とっくに死んでると思ってたのに、
日本に帰ったら、再会したんです。
──
おお。
石丸
そのとき、クラウディアさんは言うんです。

「戻りなさい」って。
「奥さんのところに、戻りなさい」って。
──
わー‥‥それを聞くだけで、なんかもう。
石丸
で、日本へ帰ってきて
もとの奥さんと暮らしはじめたところに
クラウディアさんからの手紙が届く。

それを朗読するんだけど、
これができないんだよ、何度やっても‥‥。
──
どのような内容だったんですか?
石丸
何十年もいっしょに暮らした夫に
出て行かれて
子どもにも恵まれなかったから
クラウディアさんは
ひとりぼっちになっちゃったわけですよ。

ようするに、
めちゃくちゃ寂しいはずなんだけど
ひとっことも「寂しい」なんて言わずに
ただ「楽しかったですね」って。
──
あー‥‥。
石丸
で、最後「奥さまを大切に」って。
──
うわあ。
石丸
そのふたつが、もう、最大の壁だった。

でも、まったく別のことを考えながら
書いてある文字だけを
機械的に
口に出すのもちがうと思ったんだけど‥‥。
──
ええ。
石丸
どっちも「車窓」をやってたおかげで、
乗り越えられたと思うんです。
写真
──
それは、どのような意味で?
石丸
つまりね、さっきも言ったように
「車窓」って、流れていく景色を見ながら、
そのときの気持ちや感情のままに喋ってる。

それと同じ要領で
幸吉さんやクラウディアさんは
寂しかったし、辛かったかもしれないけど
手紙を書いているときは
あるていど、落ち着いてただろうなと。
──
なるほど。
文面が支離滅裂にはなってないから。
石丸
筆致もたんたんとしてるし、
きっと頭はかなり理性的な状態だった。

だから、
そのときのふたりの気持ちになって、
遺書や手紙を書くように
喋ればいいんだと思ったら、できたの。
──
なるほど。
石丸
長いこと「車窓」でやってきたことが
そんなところで、
思いがけず、役に立ったんですよね。

<つづきます>

番組開始から29年、あと150回くらいで祝・放映10000回!世界の車窓から

たらったったったたーららーらーらー。
チェリスト・溝口肇さん作曲による
印象的なテーマ音楽、
どんな異国情緒も包み込んでしまう
俳優・石丸謙二郎さんのナレーション。
「放映開始から29年め、
 訪れた国は104カ国
 総走行距離75万キロメートル!」
という数分間の長寿番組が
テレビ朝日の『世界の車窓から』です。
漫然とテレビをつけていても
はじまると「お。」って、つい見ちゃう。
そんな番組ですよね。
たらったったったたーららーらーらー。
「世界の車窓から。今日は‥‥」
溝口さんのテーマ音楽と
石丸さんナレーションの黄金コンビで
今夜も、世界のどこかの車窓風景を
テレビの前のぼくらに届けてくれます。
10000回まで、あと約150回。

世界の車窓から

月~金、夜11時10分から、
テレビ朝日(系列)にて放送中。
*地域によっては放送日時が異なります。