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── |
この店に入ったとき、年季の入った道具類が
壁やら道具箱やらに
すごくきれいに整頓されていて、驚きました。
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金太郎 |
みんな、古いものですよ。
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── |
どれくらい、使ってるんですか?
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金太郎 |
親父から引き継いだものも、何本かあるよ。
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── |
あ、そんな昔の道具が。つまり大正時代の。
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金太郎 |
あるは、ある。
まあ、あるはあるけど
もう、ほとんど使いもんにならんわいねぇ。
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── |
ちょっと見たいです。
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金太郎 |
古いの?
ええーと‥‥(しばらく、道具箱を探す)、
これなんか、親父のころのあれだよ。
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── |
わー‥‥みるからに古そう。
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金太郎 |
ようするに、歯が減っちゃってさ。
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── |
あ、ほんとだ。ハサミの内側がツルツルです。
比較的、新しい道具と並べてみると
わかりますけど
ここが、ギザギザだったわけですよね? |
金太郎 |
そうそう。まだ歯があるほうは
あたしが終戦直後に買った、新しいやつだね。
(道具箱にガコンと投げ入れる)
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── |
終戦直後で「新しい」ですか‥‥。
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金太郎 |
まだ、使えるからねぇ。
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── |
でも、道具は大切に使えば「もつ」んですね。
大正時代の、お父さんの代のものでも
すり減ってはいるけど、
けっして壊れてはいないじゃないですか。
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金太郎 |
そう簡単に壊れちゃあ、こまるよ。
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── |
ははー‥‥。
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金太郎 |
これなんかも、終戦直後だよ。 |
── |
いわゆる、レンチってやつ。
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金太郎 |
黒いほうが、終戦直後の品物。
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── |
そういうの、覚えてらっしゃるんですね。
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金太郎 |
まあ、買った時期くらいはね。
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── |
いくらだったとかは‥‥。
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金太郎 |
そんなのは、いちいち覚えてねぇなぁ。
(道具箱にガコンと投げ入れる)
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── |
道具を大切に使い続けてらっしゃる反面、
ゴンゴンぶん投げちゃうのが
なんだか、とても気持ちがいいです(笑)。
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金太郎 |
これなんかは、あたしが作ったんだ。
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── |
自転車のハンドルが足になってますが‥‥
何をするものですか?
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金太郎 |
この台の上にね、
サドルを外した自転車をひっくり返して、
載っけるの。
パンク直しするときに。
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── |
つまり、自分で道具を作ってらっしゃる。
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金太郎 |
そうだよ、やりやすいようにね。
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── |
以前、世界でたった一人、
ユニバーサルというバイクを専門的に修理している
スイス人のメカニックに
取材をしたことがあるんですけど、
そのかたも、修理の道具を自作してました。
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金太郎 |
ああ、そう。
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── |
航空整備士の女性に取材したときも
昔の職人さんは、
「道具を自分用にカスタマイズしていた」と
おっしゃっていて。
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金太郎 |
だろうねぇ。
ようするにね、あたしの場合はさ、
片足スタンドだと
パンク直しのとき不安定なんで、
これに車体を載っけといて、修理するの。
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── |
ええ、ええ。
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金太郎 |
オートバイだって飛行機だって何だって
同じだと思うよ。
自分がやりやすいよう、工夫するもんだ。
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── |
職人同士、気持ちはわかると。
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金太郎 |
‥‥あれが、どっかにいっちゃったなぁ。
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── |
え、何がです?
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金太郎 |
あたしが、いちばん使ってる道具。
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── |
へぇ、どれですかね?
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金太郎 |
S型のさ、いつもの‥‥。
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── |
S型。
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金太郎 |
S型の、いつもの‥‥おかしいなぁ。
どっかいっちゃったよ。
あれがなきゃあ、商売にならないよ。
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── |
え、そりゃ大変。どんなやつですか?
ちょっと探しましょうか、みんなで。
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金太郎 |
いや、S字になったスパナでさ‥‥。
(しばらく探す)
ああ、ああ、ああ、あった。これだ。 |
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── |
見つかって、よかったです(笑)。
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金太郎 |
これを、いちばん使ってる。
ワッパを外したり付けたりすんのに
使いやすいんだ。
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── |
金太郎さんは、自転車修理のお仕事を
どうして、こんなに長く、
子どものころの
お手伝いの時期から数えたら「80年」も
続けてこられたんですか?
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金太郎 |
そりゃあ、食うためだから。
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── |
ても、自転車お好きですよね。
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金太郎 |
好きだね。
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── |
じゃあ、自転車修理のお仕事って
どういうところが、おもしろいですか?
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金太郎 |
おもしろいったって、そうだねぇ‥‥。
結局、覚えるまでが大変で、
おもしろいのは、そのあとだからさ。
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── |
一人前になるまでには
どれくらいかかるもんなんでしょうか。
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金太郎 |
まぁ、ごく大雑把に覚えるっつっても、
通常で言えば
正味3年は、やんなきゃ駄目だろうな。
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── |
3年間は一生懸命、覚えて。
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金太郎 |
うん。
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── |
そのあとは、おもしろくなる?
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金太郎 |
なるよ。
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── |
いいですね!
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金太郎 |
飽きないよ。
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── |
80年もやってて、飽きない?
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金太郎 |
飽きないねぇ、ちっとも。
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── |
金太郎さんがお考えになる「自転車」とは
何だと思われますか?
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金太郎 |
自転車? そうねぇ‥‥。
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── |
藪から棒に
妙なこと聞いて、申し訳ないのですが。
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金太郎 |
うーん‥‥。
たとえばね、スポーク一本、折れただけで
自転車は走らなくなるんだね。
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── |
スポークというのは
タイヤを支えている、金属の細い棒ですね。
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金太郎 |
そう、そう。
たった一本、スポークが駄目になるだけで
自転車は
グラグラして、ふにゃふにゃになっちゃう。
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── |
はい。
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金太郎 |
あるいはね、
ものすごく暑かった一昨年の夏なんか、
そこら中で
バーンバーンって破裂したんだよ。
チューブがさ。
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── |
炎天下で。
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金太郎 |
ただのパンクで、穴が開いたくらいなら、
直すのもわけないんだけど、
破裂しちゃったら、どうにもならないの。
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── |
そうでしょうね。
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金太郎 |
だからさ、ようするにね。
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── |
‥‥はい。
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金太郎 |
(ふた呼吸ほどおいて)
‥‥自転車ってのは「ワッパ」なんだな。
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── |
ははあ!
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金太郎 |
自転車ってのは、ワッパが命だ。
だって、それがなきゃ走んないんだから。
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── |
80年もパンクを直してきた人の言葉として
お聞きすると
なんだか、深い哲学みたいに聞こえます。
「自転車とは、タイヤである」‥‥と。
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金太郎 |
そうだね、ワッパだね。
自転車ってのは、結局。
<つづきます> |
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2012-11-27-TUE
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