鈴木金太郎、91歳のパンク直し。

── この店に入ったとき、年季の入った道具類が
壁やら道具箱やらに
すごくきれいに整頓されていて、驚きました。
金太郎 みんな、古いものですよ。
── どれくらい、使ってるんですか?
金太郎 親父から引き継いだものも、何本かあるよ。
── あ、そんな昔の道具が。つまり大正時代の。
金太郎 あるは、ある。

まあ、あるはあるけど
もう、ほとんど使いもんにならんわいねぇ。
── ちょっと見たいです。
金太郎 古いの?

ええーと‥‥(しばらく、道具箱を探す)、
これなんか、親父のころのあれだよ。
── わー‥‥みるからに古そう。
金太郎 ようするに、歯が減っちゃってさ。
── あ、ほんとだ。ハサミの内側がツルツルです。

比較的、新しい道具と並べてみると
わかりますけど
ここが、ギザギザだったわけですよね?
金太郎 そうそう。まだ歯があるほうは
あたしが終戦直後に買った、新しいやつだね。

(道具箱にガコンと投げ入れる)
── 終戦直後で「新しい」ですか‥‥。
金太郎 まだ、使えるからねぇ。
── でも、道具は大切に使えば「もつ」んですね。

大正時代の、お父さんの代のものでも
すり減ってはいるけど、
けっして壊れてはいないじゃないですか。
金太郎 そう簡単に壊れちゃあ、こまるよ。
── ははー‥‥。
金太郎 これなんかも、終戦直後だよ。
── いわゆる、レンチってやつ。
金太郎 黒いほうが、終戦直後の品物。
── そういうの、覚えてらっしゃるんですね。
金太郎 まあ、買った時期くらいはね。
── いくらだったとかは‥‥。
金太郎 そんなのは、いちいち覚えてねぇなぁ。

(道具箱にガコンと投げ入れる)
── 道具を大切に使い続けてらっしゃる反面、
ゴンゴンぶん投げちゃうのが
なんだか、とても気持ちがいいです(笑)。
金太郎 これなんかは、あたしが作ったんだ。
── 自転車のハンドルが足になってますが‥‥
何をするものですか?

金太郎 この台の上にね、
サドルを外した自転車をひっくり返して、
載っけるの。

パンク直しするときに。
── つまり、自分で道具を作ってらっしゃる。
金太郎 そうだよ、やりやすいようにね。
── 以前、世界でたった一人、
ユニバーサルというバイクを専門的に修理している
スイス人のメカニック
取材をしたことがあるんですけど、
そのかたも、修理の道具を自作してました。
金太郎 ああ、そう。
── 航空整備士の女性に取材したときも
昔の職人さんは、
「道具を自分用にカスタマイズしていた」と
おっしゃっていて。
金太郎 だろうねぇ。

ようするにね、あたしの場合はさ、
片足スタンドだと
パンク直しのとき不安定なんで、
これに車体を載っけといて、修理するの。
── ええ、ええ。
金太郎 オートバイだって飛行機だって何だって
同じだと思うよ。

自分がやりやすいよう、工夫するもんだ。
── 職人同士、気持ちはわかると。
金太郎 ‥‥あれが、どっかにいっちゃったなぁ。
── え、何がです?
金太郎 あたしが、いちばん使ってる道具。
── へぇ、どれですかね?
金太郎 S型のさ、いつもの‥‥。
── S型。
金太郎 S型の、いつもの‥‥おかしいなぁ。

どっかいっちゃったよ。
あれがなきゃあ、商売にならないよ。
── え、そりゃ大変。どんなやつですか?
ちょっと探しましょうか、みんなで。
金太郎 いや、S字になったスパナでさ‥‥。

(しばらく探す)

ああ、ああ、ああ、あった。これだ。
── 見つかって、よかったです(笑)。
金太郎 これを、いちばん使ってる。

ワッパを外したり付けたりすんのに
使いやすいんだ。
── 金太郎さんは、自転車修理のお仕事を
どうして、こんなに長く、
子どものころの
お手伝いの時期から数えたら「80年」も
続けてこられたんですか?
金太郎 そりゃあ、食うためだから。
── ても、自転車お好きですよね。
金太郎 好きだね。
── じゃあ、自転車修理のお仕事って
どういうところが、おもしろいですか?
金太郎 おもしろいったって、そうだねぇ‥‥。

結局、覚えるまでが大変で、
おもしろいのは、そのあとだからさ。
── 一人前になるまでには
どれくらいかかるもんなんでしょうか。
金太郎 まぁ、ごく大雑把に覚えるっつっても、
通常で言えば
正味3年は、やんなきゃ駄目だろうな。
── 3年間は一生懸命、覚えて。
金太郎 うん。
── そのあとは、おもしろくなる?
金太郎 なるよ。
── いいですね!
金太郎 飽きないよ。
── 80年もやってて、飽きない?
金太郎 飽きないねぇ、ちっとも。
── 金太郎さんがお考えになる「自転車」とは
何だと思われますか?
金太郎 自転車? そうねぇ‥‥。
── 藪から棒に
妙なこと聞いて、申し訳ないのですが。
金太郎 うーん‥‥。

たとえばね、スポーク一本、折れただけで
自転車は走らなくなるんだね。
── スポークというのは
タイヤを支えている、金属の細い棒ですね。
金太郎 そう、そう。

たった一本、スポークが駄目になるだけで
自転車は
グラグラして、ふにゃふにゃになっちゃう。
── はい。
金太郎 あるいはね、
ものすごく暑かった一昨年の夏なんか、
そこら中で
バーンバーンって破裂したんだよ。

チューブがさ。
── 炎天下で。
金太郎 ただのパンクで、穴が開いたくらいなら、
直すのもわけないんだけど、
破裂しちゃったら、どうにもならないの。
── そうでしょうね。
金太郎 だからさ、ようするにね。
── ‥‥はい。
金太郎 (ふた呼吸ほどおいて)
‥‥自転車ってのは「ワッパ」なんだな。
── ははあ!
金太郎 自転車ってのは、ワッパが命だ。
だって、それがなきゃ走んないんだから。
── 80年もパンクを直してきた人の言葉として
お聞きすると
なんだか、深い哲学みたいに聞こえます。

「自転車とは、タイヤである」‥‥と。
金太郎 そうだね、ワッパだね。
自転車ってのは、結局。

<つづきます>


2012-11-27-TUE


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