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── |
金太郎さんは、ずっとこの地で、
たったひとりで
自転車修理をやってきたわけですけど‥‥。
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金太郎 |
いや、弟がいっしょだったよ。
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── |
あ、弟さんが、いらっしゃいましたか。
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金太郎 |
うん、死んじゃったけどね。3年前に。
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── |
ああ‥‥そうでしたか。
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金太郎 |
長次郎ってんだ。
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── |
鈴木長次郎さん。
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金太郎 |
そう。
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── |
じゃあ、
「鈴木金太郎さん、鈴木長次郎さん」
というご兄弟ですか。いいなぁ‥‥。
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金太郎 |
エンジン関係の整備士だったから
オートバイは、弟に任せてたんだけどね。
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── |
弟さんのいらっしゃった時代は
オートバイの修理もされていたんですか。
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金太郎 |
戦後すぐは、トラックまでやったもんだ。
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── |
そうでしたか。
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金太郎 |
でも、いなくなってからは
エンジン関係も、だいぶ整理したよね。
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── |
なるほど。
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金太郎 |
若い弟のほうが
あたしより先に逝っちゃったやなぁ。
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── |
‥‥それから、自転車オンリーに。
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金太郎 |
ま、結局は
親父の時代に戻ってきたってことだな。
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── |
ちなみに金太郎さん‥‥奥様は?
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金太郎 |
家内も、亡くなった。
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── |
‥‥いつごろですか?
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金太郎 |
今年の3月8日に、亡くなった。
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── |
そうでしたか。
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金太郎 |
88歳。
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── |
じゃあ、ずっとこの店で
金太郎さんと、
奥さんと、ごいっしょに暮らして。
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金太郎 |
そうだね。いっしょだったねぇ。
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── |
つまり、奥さまは
金太郎さんが自転車の修理をする姿を
何十年も見てたんですね。
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金太郎 |
うん。
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── |
よくわからないけど、
その時間の長さに、すごく感動します。
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金太郎 |
家内は、外で仕事を持ってたんですよ。
仕事でフィリピンまで行ったりしてさ。
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── |
奥様、どんな人だったんですか?
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金太郎 |
どんな人って‥‥
まあ、あたしの女房は、看護婦だから。
どんな人って言われても、
なんというかさ、こう‥‥(笑う)。
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── |
やや、すみません。
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金太郎 |
戦争中は修理の商売ができなかったんで
あたしも一時期、勤めに出たんだ。
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── |
あ、そうなんですか? どちらへ?
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金太郎 |
当時でいう「国策会社」って言ってね、
ピストンリングって、
戦前は輸入していた品物を
今度、戦争になって入ってこなくなったんで
自前で作るようになったの、日本は。
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── |
はい‥‥「ピストンリング」を。
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金太郎 |
自動車でも船でも、エンジンにね、
みんな使ってる、ピストンリングってのがある。
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── |
ええ。
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金太郎 |
それがなきゃあ、戦争もできないわけ。
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── |
戦争とは、部品一個で、できなくなる?
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金太郎 |
そんなもんだよ。
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── |
‥‥ちなみに、自転車の故障というのは、
パンクが多いんですか?
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金太郎 |
多いねぇ、パンクは。
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── |
金太郎さんが「自転車はワッパだ」と
おっしゃるゆえんですね。
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金太郎 |
でも、これが案外、パンク直しというのは
簡単なようでいて、奥が深いんだ。
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── |
そう思います。
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金太郎 |
ほんとに。
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── |
ええ、金太郎さんのお話をうかがって、
本当に、そう思いました。
だって、自転車を直すのに
こんなにたくさんの道具が必要だなんて
知りませんでしたし。
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金太郎 |
この故障は、これでなきゃあ直せない、
というようなね、そういう道具もある。
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── |
そうなんですか。
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金太郎 |
とくに戦前は、申し上げたように
今でいう、トラック代わりに乗ってたからね。
雨の日でも、何でもね。
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── |
はい、はい。
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金太郎 |
すると、ねじが錆び付いてきたりなんかして、
ふつうの道具が利かなくなる。
そういうときに、使う道具ってのもあるんだ。
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── |
ははー‥‥。
金太郎さんは、自転車の修理には
どういう人が向いてると思いますか?
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金太郎 |
まあ、学校でも、工作やなんかに器用な人が
向いてるんじゃないかなと思うよ、やっぱり。
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── |
道具も自分で作っちゃうくらいですから
創意工夫が好きな人がいいんでしょうね。
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金太郎 |
あと、これはこれで、奥が深いからさ、
自転車だからって、なめちゃいけないってのが
わかってないと駄目だね。
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── |
‥‥なるほど。
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金太郎 |
戦前と戦後じゃ、ぜんぜん出来がちがうから。
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── |
自転車の。
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金太郎 |
うん。
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── |
それは、良くなってるという意味ですか?
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金太郎 |
どこを見るかだねぇ、どこを見るか。
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── |
ははあ。
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金太郎 |
レジャーなんかの付き合いで乗るんなら、
最近のやつみたいな
軽くて、ワッパの細いのがいいんだろうけど。
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── |
ええ。
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金太郎 |
米俵だとか一升瓶なんかを積むんだったら、
すぐ、ガタがきちゃうよ。
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── |
そうですか。
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金太郎 |
だって、鉄に、ヤキが入ってねぇもの。
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── |
鉄に‥‥ヤキが。
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金太郎 |
米俵を運ぶのなんかには、役に立たないよ。
ワッパだってさ、
昔のほうが、品物がよかったんだから。
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── |
え、ほんとですか?
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金太郎 |
戦前は、自然ゴムが混じってたもの。
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── |
あ、タイヤの素材に。
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金太郎 |
今は、人造ゴムでしょ。
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── |
そんなに、ちがうんですか。
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金太郎 |
うん、自然ゴムの混じってるほうが
ぜんぜん「もち」がいいよ。
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── |
なにしろ
「トラック的な乗り物のタイヤ」
なわけですから
「もち」というのは重要ポイントですよね。
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金太郎 |
自転車自体、
もっと重たくって、頑丈だったわけだし
そんなの、支えてたんだから。
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── |
金太郎さんは、いつまで
パンク直しを続けるおつもりですか?
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金太郎 |
動けるうちは、やるしかないよね。
お客さんだって、来るし。
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── |
そうか、頼りにされてるんですものね。
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金太郎 |
あたしはもう、耳が遠いから、
娘が、毎日、手伝いに来てくれてんだ。
お客さんとの、通訳のためにさ。
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── |
お休みの日って、決まってるんですか?
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金太郎 |
日曜祭日休みで、土曜日は開けてる。
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── |
じゃあ、カレンダー通りで。
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金太郎 |
まあ、日曜日なんかでも、
パンクが来たら、直してやってますけどね。
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── |
でも、そんなパパっと、
すぐに修理できるわけじゃないでしょう?
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金太郎 |
そりゃあ、まあ、時間はかかりますよ。
パンクで来たお客さんだって、
一応、ブレーキから、調べるからねぇ。
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── |
それでも、見てあげるんですか。
お休みの日なのに。
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金太郎 |
そりゃあ、そうだよ。
パンクが来たら、直してあげなきゃあ。
自転車、走らねぇもん。
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── |
‥‥ちなみに修理代は、おいくらで?
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金太郎 |
パンク直しで、1200円。
<おわります> |
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2012-11-28-WED |
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