岸 | 子どもの頃は、たとえば 「この宇宙は、大きくて果てしない」 なんて話を聞かされると 「果てしないということがわからないなぁ」とか 「この海は、どこでチョキンと切れるの?」とか そんなことばっかり思ってました。 ですから、山下公園で海を見ていたとき、父に 「この海って、どこで終わるの?」 と訊きました。 「いろんな国にぶつかって、 どこまでも続いていくんだ」 って言われて、 「続いていくということは 地球が丸いということで、 じゃあ、私たちの下にいる人は、 さかさまに立ってるの?」 とか、そういうことばっかり思っていました。 |
糸井 | かつて人類が考えたようなことを、 ひととおり考えたわけですね(笑)。 |
岸 | そう。 「死んだらどうなるの? 生とは何なの?」 はっきりそういう言葉を知らなくても、 そういうことにいつもとらわれてました。 |
糸井 | 岸さんの書かれた小説、 |
岸 | (笑)うれしいわ。 私、ほんとうに、よく見てよく感じるんです。 |
糸井 | そうですよね。 「あ、人の後ろ姿も見てるんだな」 というように思いました。 |
岸 | まぁ、いろいろと見ているうちに 忘れてしまったりするんですけど、 肝心なことは、どこかに残っているものですよね。 どうしてもそれをどこかでまとめなきゃならない、 と感じて書きはじめました。 私は、この30年に 本を11冊くらいしか書いてないんです。 |
糸井 | それなりにすごい数だと思います。 |
岸 | 本職のもの書きではないですから、遅いんです。 でも、自分の中に満ちてくるものあって、 「書きたい」と思う時期が 3年に1回くらいあるんですよ。 |
糸井 | そうなんですか。 |
岸 | 小説家になりたいと思いながら、 バレエやっちゃったり 映画界に行っちゃったりして、 まぁほんとうに、「小説」と呼べるものを書いたのは、 いまから10年前のことです。 それまではエッセイばかりでした。 10年前に書いたその小説は、 主人公が47歳のときに終わりました。 いつかあの続きを、 あの女性が10年、20年経ってからの生き方を、 書いてみたいなぁと、思っていました。 それで、あれからちょうど10年後に 『わりなき恋』というタイトルで小説を出しました。 自分でも思いもかけない方向に 話が行っちゃったりして(笑)、 ややこしい本ですから、もしかしたら 読みづかれするかもしれないです。 |
糸井 | いやいや、ややこしくなかったですよ。 |
岸 | そうですか? ずっと、ああいうものを書きたかったんですよ。 日本に生まれ育って、フランスに渡って いろんなものを見て苦労してきた、 ということがありまして、 それを話してたら、長くなりますけど‥‥。 |
糸井 | いえ、ぜひお願いします。 |
岸 | いえいえ(笑)。 でも、私の夫だった人がね、 「見るということは、いかにその人の 資質にかかわるか」 と言っていました。つまり、 「見てしまった人は、 それを見る前には、戻ることができない」 |
糸井 | そのとおりですね。 |
岸 | 「見たことのない人に、そのものを 見せることはできない」 |
糸井 | ご主人は、見る仕事の方ですよね。 その人からそう言われたわけですから‥‥。 |
岸 | そうですね。 彼は、映画人でもあったけれど、 本来は医者でした。 医者として、すばらしかったそうです。 そういう彼がひょっと言った言葉が ずっと心に残っています。 私はもう、これだけ生きたんだし、 人が書かなかったこと、そして、 書いたほうがいいことを 書こうと思ったんです。 |
糸井 | ええ、なるほど。 |
岸 | パリに住んでいましたが、 アフリカ、中東、旧ソ連、いろいろと動きました。 たくさんの日本の方々にもお会いしてきましたが、 男性よりも女性のほうがしなやかな気がします。 大使館のパーティなんかで日本の男の人に会うと、 すばらしいと思う方がたくさんいらしても、 その土地に根は張らない方ばかり。 つきあう人間がすべて日本人です。 そして、最初から最後までずっと、 東京の自分の椅子を見てる気がするんです。 |
糸井 | ああ、なるほど。 |
岸 | それに対し、女はとってもしたたかです。 しっかり土地に根を張って、 しなやかに、柔らかく強い。 |
糸井 | ぼくは男ですけど、そちらになりたいです。 それは、憧れですよ。 どうしてそうなんだろう? |
岸 | そうね‥‥きっと女の人は、たぶん 故郷に錦を飾る必要が ないんですよね。 そういう意地とか、見栄がないんです。 |
糸井 | ああ、わかります。 そうですね。 そういうものを捨ててから、 ある意味、ぼくも、 女性度が(笑)、増してきた気がします。 そして、女性度が増すっていうことは、 人間度が上がるってことじゃないかと 思うんですよ。 |
岸 | うーん、そうなんでしょうかねぇ。 |
糸井 | 男がやる役割って、いわば 切り開いていくことじゃないかな。 そして、そこで死ぬ。 そのあとを生きていくのは、 いつでも女なんじゃないかと思います。 (つづきます) |
2013-11-06-WED