糸井 | 岸さんのお話を聞いてると、 ネガティブな部分は、 「艱難辛苦」っていうひと言の中に、 全部込めちゃってる感じがします。 缶詰みたいなその言葉に全部入れちゃって 「ここにあるから、いいや」みたいになさってる。 |
岸 | そうね。そしてなおかつ、 「これがあるから、いまの私よ」 というような気持ちもしています。 私は、自分がある日ふっといなくなる、 その景色がよく見えます。 だって、世界も人生も どんどんうつろっていくものですから。 |
糸井 | なるほど。 でも、うつろいとして物事を考えるのは、 日本人はとても苦手だと思います。 |
岸 | あら、そう? |
糸井 | 日本の人は、貯めておくのが 得意なんじゃないでしょうか。 お米でいえば、蔵のなかに俵があって、 「これで飢え死にしないぞ」という ストックの保障ですね。 だからこそ、毎日元気に畑を耕せる。 |
岸 | パリでの結婚当初、1ヶ月に1度、 5〜6人の作家が我家に集って ひとつのテーマを話しあったのね。 その日のテーマは「ブルジョワジーとは何か」 即座に応えたのが誰だか忘れたけど 「ブルジョワジーの特権は貯め込むこと」 と言ったの。 似ていますね。 |
糸井 | 1俵あっても、足りないから2俵にする。 蔵をいくつ持ってても、 「いやいやいや、何が起こるかわからないから、 もっと蔵が欲しい」 と言う。そういった、 ストック型の発想をすると思うんです。 ところが岸さんは、 根っこを張ったまま動かないことのほうが 有利だと知っていたはずなのに、 抜いて出かけた。 そこから、ストックではなく フローになっていくわけですよね。 |
岸 | そうです。 |
糸井 | 何度でも、抜いたり植えたり、 抜いたり植えたり。 |
岸 | そう、してるんです。 そのたびに、何かがくっついて、 何かが消えていきます。 それは当然のことではないでしょうか。 |
糸井 | ああ、おもしろいですね。 ストック型の人から見たら、 根がないように思えたりするけど。 |
岸 | そう。日本では ひじょうに共感を得られないタイプです。 |
糸井 | あるいは、 「孤独でしょう?」と言う人がいたり。 |
岸 | そう。 だけど、孤独くらい素敵なものはないですよね。 孤独に取り込まれちゃって 暗くなったらおしまいですけど、 孤独をこっちに取り込むと 自由というものが息づいてきます。 |
糸井 | そうですね。 いちばん大切なものは、きっとそうです、 自由ですよね。 |
岸 | ええ。自由です。 |
糸井 | ぼくがいまやってる 「ほぼ日刊イトイ新聞」の仕事をはじめたとき、 自分たちの理念のようなものを、 OnlyはLonelyではないという言葉にして 「Only is not lonely.」とあらわしたんです。 でたらめの英語なんですけど、 それがぼくらのスローガンなんですよ。 |
岸 | なるほど。 |
糸井 | 夜中にひとりでいるときに、 みんなが孤独でないはずはない。 それから、ものを深く考えるときには、 必ず人はひとりです。 |
岸 | そうです。 |
糸井 | 浅く考えたり、やりとりするときは、 チームがいいんです。 でも、命に関わるような真剣なこと考えるとき‥‥ たとえば岸さんが小さい頃に考えた 「海の果て」について考えることは、 ひとりでしかできないんですよ。 |
岸 | ええ、そうです。 私も常にそのように思っています。 |
糸井 | そういう人同士が、 「俺もだよ」と言い合うのが 連帯というものだとぼくは思います。 「いるんだ、俺みたいな人がもうひとり」 でも、数えてみたら、結構、いる。 |
岸 | ええ。世界に散らばってる私の女の友達は みんな、そういう人たちです。 ハンガリーにもいるし、 ベルギーにもいる。 みんなの話を、今回の小説に もらっちゃったんですけどね。 みんなずけずけと、いろんな話をしてくれますから。 |
糸井 | あぁ、そうか、そうか。 小説の中に入ってるんですね。 |
岸 | みんな、自由でおもしろい人たちです。 |
糸井 | 類が友を呼んでるんですね(笑)。 こうしてお話ししていると、 岸さんは、意味から全部逃げちゃっても、 成り立つような生き方を してらっしゃるような気がします。 人は、やっぱり 意味というものにとらわれすぎですから。 右なのか、左なのか、 重いのか、軽いのか、 どっちが辛くて、どっちが楽なのか。 |
岸 | 白か黒か、とかね。 |
糸井 | 「私とあなたはどっちが愛してるのか?」とか、 「それをもっと深く言ってみなさい」とか。 岸さんは、そういう問いかけを 全部消しちゃってもいいと思ってらっしゃる。 昔の日本人だったら、 「目を見ればわかる」と言ったみたいな(笑)。 |
岸 | あぁ、昔の人、いいこと言うわねぇ。 |
糸井 | ばれますよね。 どんなに言葉を尽くして演説したとしても。 |
岸 | 嘘も本当も、目でばれます。 |
糸井 | 意味にとらわれず、その都度、 人と人とが、触れ合ったり、悲しんだり、 喜んだりして、しかもストックがない。 |
岸 | ストックがあったら重荷ですよ。 歩くのに大変じゃないですか。 |
糸井 | 岸さんは、それを実践してきたんですね。 |
岸 | そうですね。 |
糸井 | いやぁ、ほんとうにやってきたんだ。 |
岸 | まだ途中ですけれども(笑)。 (つづきます) |
2013-11-13-WED