糸井 | でも「完全にひとりだ」と思って 生きていくのは、むずかしいですね。 |
岸 | むずかしいです。 すごいことがドサーッと起こったとき、 「ひとりでここを解決しなきゃならないんだよ」 と思って、ひるみます。 その難事を対処する才能が、 まるっきりないときがあるんです。 |
糸井 | そうですよね。 しかも、そういうことが同時に起こったら 人はもろいです。 |
岸 | もうガシャーンとなりますよね。 |
糸井 | そのときに、どちらがほしいですか? 安心できる愛ですか? それとも、手伝ってくれる友ですか? |
岸 | それとも、ハラハラする相手ですか? とか、さまざまにありますけれども‥‥ |
糸井 | はい。 |
岸 | 私、そのときに一緒にいて、 気分がよければいいと思うんです。 |
糸井 | ああ、なるほど。 わぁ、そうか。 それも、岸さんはフローなんですね。 |
岸 | 人生すべてフローです。 |
糸井 | それは、最初に岸さんが 日本を出たときの問題じゃなくて、 もっと前からの血のような気がしてきました。 |
岸 | かもしれませんね。 子どものときから 変なことばっかり考えましたもの。 |
糸井 | 岸さんの話は 距離感がおもしろいです。 「何が重い」とか「軽い」とかがなくて、 等距離感覚であるというのがおもしろい。 |
岸 | そう? |
糸井 | 新聞で1面がいちばん偉いように、 ものごとには格というものがあるように語られます。 それがぼくは嫌なんですよ。 1面に書いてあることが、 いちばん偉いんだという考えでいつまでもいると、 威張る人だって出てきます。 だけど、岸さんの話には、ページがない(笑)。 |
岸 | そうね。 あっち行ったり、こっち行ったりして、 成り行きまかせです。 |
糸井 | 女優ということは、関係があるのかな? |
岸 | 私はもう、 女優という意識、まるっきりないんです。 |
糸井 | ないんですか。 |
岸 | もう、日本を出た時点でありませんでした。 『おとうと』という 私にしてみたら代表作だと思ってる映画は、 それから何年か経ってやりましたけれども、 少なくともいまは、 もう女優という意識が、まったくないです。 |
糸井 | そうなんですか。 |
岸 | だいいち、日本で、若くない人の話ってありません。 この前、映画の 『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』を観て、 メリル・ストリープという人に感動しました。 あの人の肝の据わったところ。 女優以前の、人間として。 映画が終わっても席から立ちあがれませんでした。 |
糸井 | へぇえ、そうなんですか。 |
岸 | ええ。それほど、彼女は素晴らしかったです。 私はこれまでメリル・ストリープを、 特別好きというわけではなかったんですけれども、 すごいと思いました。 でも、ああいう映画は日本ではできません。 |
糸井 | そうですね、ないですね。 岸さんにとって、女優とは いったいどういうことなんでしょう。 もともとは「へんな子ども」だった岸さんが 女優をやっているうちに 影響を受けたことってありますか? |
岸 | いや‥‥一時はね、 女優であることに夢中になりました。 |
糸井 | あ、その時期、やっぱりあるんですか。 |
岸 | はい、ありました。 なかったら、すぐ辞めてました。 その時期は、たぶん5年くらいだけど。 最初は、受験勉強してる最中に、 「ほんものの女学生が欲しいから、出てくれないか」 と言われて、ちょっとやってみたいと思ったけど、 両親に言うのが怖くてなりませんでした。 撮影所からも家に依頼に来られて、父が、 「じゃあ、1本だけ。その代わり、 来年から大学に行きなさい」 と言っていました。 自分もそのつもりでいたら、 その年の3月からクリスマスまでのあいだに 13本出ちゃったんですよ。 |
糸井 | それはすごい(笑)。 |
岸 | 最初のその女学生役の映画がね、 お父さんが笠智衆さん、お母さんが山田五十鈴さん、 長女が高峰秀子さんという、 すごい顔ぶれだったんです。 で、私は、ど素人。 その映画は大ヒットしたんです。 それで松竹から「続けませんか」って言われて、 自分もその気になっちゃった。 |
糸井 | おもしろかったんですね。 |
岸 | おもしろかった。 自分が何もわからないことが、 たくさんありましたから。 一度に3本くらいの映画を 掛け持ちさせられたから、いつも寝不足で、 セットからセットへ歩くあいだに 助監督さんにつかまって、寝てました。 そうやって、5年半か6年近く経ったとき、 パッと辞めたわけです。 ところがフランスに行ったら、 こんどは何もすることがなくなっちゃったんです。 (つづきます。次は最終回) |
2013-11-14-THU