前川清の歌を聴きたい。〜4人が集まる、九州鉄道の旅〜 前川清・髙田明・唐池恒二・糸井重里

歌手の前川清さんがデビュー50周年となるこの年、
ほぼ日刊イトイ新聞は創刊20周年を迎えます。
お互いの「50」と「20」を祝い、
6月10日に記念コンサートを開くことにしました。
前川清さんは、ステージでまっすぐ立ち、
卓越した表現力で歌唱する方です。
ご本人は「歌は好きではない、うまくない」と
おっしゃるのですが、
50年間ずっと歌の世界を走ってこられたこと、
また、前川さんを尊敬する音楽家が多いことには
理由があると思います。
前川さんの地元である九州を列車で旅しながら、
糸井重里と、髙田明さん、唐池恒二さんが話します。
この連載を読んで前川さんの歌を生で聴いてみたくなったら、
ぜひ6月のコンサートにお越しください

この旅のルートを組んでくださったのは、
九州旅客鉄道株式会社(JR九州)さんです。

第6回 運を呼ぶもの。
前川
ぼくはそもそも、
九州電力に就職しようと思ってました。
ですから、どうしてここまで来たのかわからない。
ただ、いまぼくが思うことというのは単純で。
糸井
はい。
前川
この次、佐世保の髙田社長のところに遊びに行って、
いっしょに飲むんですよ。
まず、それがたのしみで。
一同
(笑)
前川
そしてこれから、糸井さんと、
どういった九州の鉄道に乗るんだろう、
これがたのしみです。
糸井
うん(笑)。
前川
それと、いま、糸井さんが
ぼくの50周年を、
どういうふうに扱ってくれるんだろうという、
ぼくはそれがたのしみです。
だからつまり、それだけなんです。
いままでどういうふうにやってきたかの、
「やってきた」部分がないんですよ。
髙田
じつはぼくも、同じような気持ちがあります。
自分の会社の年商が1000億超えた年、
みなさんから「あのときはすごかったですね」と
言われるんですが、
ぼくはなんにも憶えてないんですよ。
なぜなら、それを目指してなかったから。

これはぼくの人間性なんですが、
きっと糸井さんにも、そういうところが
あるのではないでしょうか。
糸井
ぼくは何に対してもちょっと奥手なところがあって、
チームプレーで仕事をしはじめたのが、
50歳ぐらいからなんです。
髙田
ぼくも通販業に入ったのは40歳です。
40歳まで嬉野温泉の宴会場で写真を撮ってました。
前川
そうだ、そうだ、
髙田さんは写真屋さんだった。
髙田
40歳でラジオに出会って、そこからです。
「いつの間にかいまの自分がいる」
これに尽きるんですよ。

前川さんが「歌はうまくなかった」、
糸井さんが「50でチームプレーをはじめた」
唐池さんが「目の前のことに夢中だった」
とおっしゃることも、
それ自体が自然なことなんですよね。
糸井
ふと思ったんですが、
みなさんは若いときから、
友達が何かするときに、
誘われたりした経験、ありませんか? 
まぁ、前川さんはすでに
クール・ファイブがそうでしたよね。
前川
そうですね。
そのあともいろんなところから誘われて
バラエティに出たり、舞台に出たりしました。
糸井
ぼくも、誘われるままに、
仕事の種類が増えていった人間です。
あ、でも、考えてみればいまのこの状況が、
みなさんが誘われれてる状態ですね。
唐池
ああ、そうですね。
糸井
偉いというジャンルの人たちだから、
遠慮しなきゃいけないのかもしれないけれど。
唐池
遠慮してほしいなぁと思ってます。
一同
(笑)
糸井
遠慮しにくいんですよ。
一同
(笑)
糸井
唐池さんは特に、
遠慮しにくい何かを出してるんです。
遠慮したくてたまらないのに(笑)。
唐池
そういわれれば、これまで
誘われることの連続だったかもしれません。
糸井
それはすごい才能ですよ。
前川
いまは歌手の人たちも
バラエティ番組に出たりしますが、
昔、歌手といえば歌を歌うだけでした。
けれども、例えば萩本欽一さんからすれば、
歌手が「笑い」をやってくれたらいいのに、
という気持ちがあったそうです。
唐池
欽ちゃんは「スター誕生」とか、
歌番組の司会をしてましたね。
前川
欽ちゃんは、歌手の事務所から、
「へんなことを訊かないでくれ」
「笑いを取らせないでくれ」
と、いちいち怒られてたらしいです。
だから、嫌気がさしていた。
そこで、ぼくが声をかけてもらえました。

あるテレビ番組で
「前川さん、休みの日は何をやってますか?」
というインタビューに、ぼくが
「休んでます」
と答えたらしいです。
そのようすを観て誘ってくれたのだそうです。
糸井
前川さんも、みなさんも、
誘われやすい人はつまり、
「建て前」が下手ですね。
髙田
ええ、正直ですね。
糸井
もっとちゃんと
「こうしたほうがいいのに」
というのができない人たちですね。
唐池
しかも、みなさん照れ屋じゃないですか?
髙田
それもありますね。
けっこうシャイです。
前川
みんなそうかもしれませんね。
唐池
だから、歌が上手だと言われるのも
嫌なんですよ。
髙田
そうだ、そうですね(笑)。
前川
下手だと言われるのも嫌なんですけどね。
一同
(笑)
糸井
みなさん「がんばってる」とは言わないですね。
唐池
「がんばってます」「一所懸命やってます」は
言いません。
だからぼくは
いろんなひどい目に遭ってきましたよ。
にも書きましたけどね、
「唐池くん、いま何やってるんだ」
と上司に訊かれて、
「ぶらぶらしてあちこち遊んでますわ」
と答えたら、
「きみ、翌日から船の仕事行け」
ということになりました。
糸井
言ったがゆえに(笑)。
唐池
あんなときに謙遜するんじゃなかったと思います。
「忙しくて、あれもこれもしなくちゃ、
という状況です」
と言えばよかった。
けれども、それはぜったいに言えません。
糸井
ぼくはほんとのことを言えば、
照れないでいたいと思っています。
照れてたら前に進まないから、
「俺がそこのところは引き受けよう」
といって克服した人はけっこういると思うし、
そういう人を偉いなと思っています。
前川
そうですね、克服した人は偉いけど、
根っから照れない人も、いらっしゃると思います。
憧れるけど、
やっぱりそういう人にはなれません。
唐池
前川さんは、若くして大スターの座について
それを50年間やり通したことがすごいです。
きっと、人気が出れば出るほど怖いですよね。
前川
そう考えると、じつは
ぼくは歌だけではありませんでした。
さきほども言いましたが、
欽ちゃんの番組に出させてもらったり。
糸井
ああ、「つなぎ」が山ほどありますね。
唐池
それは前川さんの才能を発見する人たちが
まわりにいたということですね。
糸井
やっぱり誘われてきたんですね。
唐池
そうですね。
糸井
力のある人を見ると、まわりの人は
「あいつをなんとかしてやろう」と思うんです。
「最近元気ないよ」というだけでも、
なにか活かせることがあるんじゃないのか、と、
ほかの人が言いはじめる。
だから結局
「運がよかった」という結論になるんですが、
ほんとうはそうじゃないんです。
髙田
そうですね。
運というのは、その人の、
やっぱり奥底の部分が呼んでくるんですね。
それが実力というものだ思います。
唐池
‥‥そろそろ、移動の時間ですね。
電車の時間が迫っています。
糸井
そうですね。
ほんとうにおいしかったです。
お忙しいのに、唐池会長は、
おいしいレストランを教えてくださって
ありがとうございました。
唐池
いえいえ、忙しいからぼくは、
ここで失礼します。
これから、どこに行くんですか?
糸井
これから前川さんとふたりで、
JR九州の特急「かわせみ やませみ」に乗って
のんびり旅します。
前川
焼酎もいただけるそうですよ。
唐池
どうぞ、よい旅をなさってください。
糸井
じゃあ、お忙しい唐池さん、
さようなら。
髙田
焼酎がうらやましいですが、
ぼくはまた「さくら」に乗って失礼します。
今度また、みなさんにお会いできることを
たのしみにしています。
前川
髙田さん、こんどまた、佐世保でね。
髙田
はい、佐世保で。
(明日につづきます)
2018-04-19-THU