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東京のベランダに置かれた
牛乳パックから
無事に小さな芽が出てきました。
おー、なんとかわいい芽でしょうか!
稲の芽は意外に小さいのです。
なんとなく、大きく育つので
大きいのかな、とおもってしまいますが、
稲の芽はひょろひょろっとしているので
ございます。
もうしおくれました。
ワタクシは、スソさんのかばんの中から
あれやこれやと解説(?)をする
土人形、ミミズク土偶の健太郎、
略してミミケンともうします。 |
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すこし遅れて、神丹穂からも小さな芽が!
○のマークは種が重かったもの。
△はそのつぎ。
▲と無印は軽かった種のマークです。
この苗をそだてている
スソさんの家のベランダには、
大量のサボテンがありますが、
彼らは息災ですか?
「なんか、ぎゅうぎゅうで可哀想
とおもうと鉢をわけてたら、
すごい数になった。」
と、スソさんはかつて話していました。
ミミケンは余計なことを言ってますか? |
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やったやった!
育ってるーー
但馬強力が一番元気がよい。
次はにこまる。
神丹穂がんばれ!
ちょっとひょろっとしているかなー
もうすぐ田んぼだよー
みんな、がんばれー!
一見すると猫草のようでございます。
稲。
野良猫にたべられてしまいそうですが、
やはり猫草ではないので安心。
それにしても、但馬強力は、
立派です。
名前も強そうなのでございますね。 |
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快晴の空。
今日は早起きをして、私鉄を乗り継いで
5時間ぐらいかけて
各駅列車の旅をやってみました。
静岡駅に到着。
さあ、登呂遺跡行きのバスに乗りましょう。
スソさん、あっというまに
静岡に慣れた感がございますね。
登呂遺跡には22番のバスのようです。
ただ、バスにのるために
走るのだけはご勘弁いただきたい。
何度もいいますが、
アイホンとの接触により、
わたくしめ、砂に戻る危機が……。 |
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今日の昼ごはんは、駅弁です。
乗り換えた小田原駅で買ってきましたよ。
炊き込みごはんと鳥の唐揚げ。
もぐもぐ。
外で食べるのは美味しいね~。
スソさん、あいかわらずお弁当のチョイスが
お見事ですね。
ミミケン、素焼きなので
水分のあるものを食べると
あとで臭くなりそうなので、
この世にでてからは
霞をたべて生きながらえておりますので。
しかし、おいしそうです。 |
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1時の開始まで、あと30分ぐらい。
そうだった!
博物館を見ておこう!
登呂遺跡周辺の地形の移り変わりを
映像でチェック!?
スソさんが言っているのは、
「登呂博物館」のことでございますね。
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竪穴式住居と高床式の倉庫。
左奥のは、大きな建物で
よこで何かやっている人たちがいますねー
集会場とか?
祀りごとをする特別な館かな |
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ほうー
弥生時代は、水田稲作と畑での稲作と
両方やっていたんですね。
いまみなさんがご存知なのは、
「水稲」。
田んぼでそだてる稲のことでございます。
田んぼには水がはってありますので
「水稲」でございます。
単に「稲」というと
「水稲」を指すこともあります。
「陸稲」は「りくとう」または「おかぼ」
と読みます。
水をはらない畑でそだてる
稲のことでございます。
日本は水の事情がよいので、
陸稲はほとんどございません。
あ、ただし、植物学的には、
「水稲」も「陸稲」も同一でございます。 |
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『剥片石器(はくへんせっき)
稲穂を摘み取るときに使った道具?』
はてなマーク付きです。
あれ?
石包丁はなかったのかな~
広く、中国〜日本まで普及している
石でできたナイフ状の道具。
手のひらサイズの薄い石で、
片側を鈍い刃のようにし、
まんなかあたりに穴をあけて
紐をとおして、
指に引っ掛けられるようにしてございます。
縄文時代晩期終末の遺跡から
たくさん出土します。
ちなみに、登呂遺跡は
弥生時代の後期の遺跡と
されているのでございます。
このことから、スソさんが
疑問を呈しているということでございますね。 |
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今みたいに、根元から刈り取らず
穂首を摘むって感じだったんですね。
ほら、写真は石包丁使ってるし! |
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台付き土器です。
これでコメを煮炊きしたって、
この前聞いたんでした。
真っ黒ですね。
あら? 小さいのもある。
おひとりさま用?
いや、それはどうかな?
あ! 時間が!!!
さーて、持ってきたはずの苗は
どうなってる?
次回をお楽しみに! |
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