2「間(あいだ)」を見ている。

糸井
ぼくのほうが小泉さんよりもずっと年上なんですが、
かなり昔に相談したことがあるの、覚えてます?
小泉
覚えてます。
吉本ばななさんの
『とかげ』の朗読CDを作ったときですよね。
糸井
そう。
「キョンキョン『とかげ』を読む」
という朗読CDを作ろうと思って、
小泉さんにお願いしたら引き受けてくれて。
その収録のときに時間があったんで、相談をしたんです。
ぼくには娘がいるんだけど、
ちょうどそのころ、「娘とお父さん」のことで
考えることがいっぱいあってね。
で、小泉さんにご自身のお父さんのことを聞いたんですよね。
小泉
はい。そうでした。
糸井
どんなふうに聞いたのかは忘れたけど、
小泉さんは、
「私はお父さんのところに行ってる時間が楽しかった」
と言ってくれて。
ぼくは、それがうれしかったんです。
小泉
私は、父とすごく馬が合うんです。
私が中学生のころに家庭が崩壊して
一家離散のようになって、
父とふたりで暮らした時間があったんですけど、
そのとき、なんて自由で楽しいんだろうと思って。
糸井
うん。
ぼくがその話を聞いたのが、
うちの娘が14、5歳のころだったと思うんです。
小泉さんがお父さんといた時間の楽しさを
明るく語ってくれて、
「へぇ」と思って、あの日、ぼくは楽になったんですよ。
小泉
よかった。
不思議な時間でしたよね。
そういう時間って、
たとえば夜に誰かと3人くらいでいるときに、
たまたま1人がトイレに行って、
その間にスポッと違う会話が生まれるみたいな‥‥
そんな感じですよね。
糸井
それも「間(あいだ)」の話じゃないですか。
小泉
(笑)
糸井
もっと言うと、
『黄色いマンション 黒い猫』の中に、
小泉さんが、彼にもらったカセットテープを
聴いている場面があるんですが、
A面からB面に切り替わるときに、
「ちょっとした無音の時間が切ない」
と書いてあるんです。
ひっきりなしに「間(あいだ)」の話をしているんですよ。
小泉
あらら、私ってば(笑)。
糸井
それと、昨日ぼく、小泉さんのことを
Twitterで書いたんです。
クイズ形式にしたんだけど、その投稿を読んだ人いますか?

(会場から手が挙がる)
小泉
あ、結構いるみたい。
糸井
説明すると、
ぼくが小泉さんの文章を一部抜き書きして、
「この文章の作者は?」
というクイズを出したんです。
選択肢の1番は「燃え殻」さん。
燃え殻さんというのは、たぶんテレビ関係の
美術さんをやっていた方だと思うんですけど、
すごく哀切感の漂ういい文章を書く方なんです。
2番、このあいだ芥川賞をとった又吉直樹さん。
3番、江國香織さん。
4番、小泉今日子。
「さて、この中の誰が書いたでしょう?」と。
そしたら、答えが、だいたい均等に4つに分かれたんです。
小泉
へええ。
糸井
これを投稿した理由は、
「こうやって抜き書きしたら、芥川賞作家と、
 小説家の江國さんと、小泉今日子さんと、
 燃え殻さんと、あんまり区別つかないんだよ」
というのを言いたかったんです。
タレントさんが書いてる本ということで、
ちょっとなめられるのが嫌だったので。
小泉
あぁ。
ありがとうございます。
糸井
当たった人は4分の1いたんですけど、
見分けのつかなさにおいては、思ったとおりでした。
抜き書きした文章は
「帰りが遅くなると夜道はもう真っ暗で、
 さっきまで暖かそうな赤色に染まっていた空に、
 突然なんの前触れもなく冷たくされたような、
 なんとも言えない不安な気持ちになる。」
という部分なんですけど、
これもまた「間(あいだ)」を見ている話なんです。
小泉
ああ、本当だ。
いやだ、私ったら。
糸井
私ったら(笑)。
小泉
よく人に言われるんです。
「なくなってしまったものとか、
 死んじゃった人というのをすごく書くよね」って。
意識してるつもりはないんですけどね。
なくなっちゃうから、悲しいと感じちゃうのかなぁ。
さっきの、赤い空がだんだんなくなっちゃう、
というのもそうなんですけど‥‥。
糸井
あれは確かにそのとおりなんですよね。
ぼくは釣りが好きで、
長い時期やっていたんですけど、
夕方に釣りをするのが一番楽しいんです。
で、空が「帰れ」という感じで暗くなりはじめて、
「もうちょっといい? まだ見えるから、
 もうちょっとやろう」なんて言ってると、
「本当に帰れ」という感じで、プツッと日が暮れるんです。
小泉
わかります。あれ、すごく、
「えい、くそっ」って思いますよね。
糸井
そうそう。
あの、もうちょっと、もうちょっと‥‥を
楽しんでるときに、
「君、いつまでもそういうことやってるんじゃないよ」
と言われる感じ。
そういうことに対して、小泉さんは
いつも敏感に受け止めているように思います。
そういえば、さっきも
「家庭が崩壊した」と言ってたけど、
結局、続いていたじゃないですか。
小泉
たしかに、解散はしたけど、
それぞれの関係は悪くならなかったです。
糸井
「崩壊しましたけど、いい家庭でした」
「いい家庭でしたけど、崩壊したんです」って、
どっちだと言いきれないんですよ。
これも間(あいだ)の話ですよね。

(つづきます)

2016-06-07-TUE

好評発売中
SWITCH LIBRARY

小泉今日子エッセイ集
黄色いマンション 黒い猫

雑誌「SWITCH」に小泉今日子さんが
「原宿百景」という題で書き綴った33篇に、
書き下ろし1篇を加えたエッセイ集です。

購入はこちらから