3「よわつよさ」と「くらあかるさ」。
- 糸井
-
『黄色いマンション 黒い猫』の中に好きな場面があって、
小泉さんが中学生のとき、同級生の友達に彼ができて、
その子のおなかに赤ちゃんがいるかもしれない、
という話がありましたよね。
- 小泉
- はい。中学生で、妊娠したかもしれない、という。
- 糸井
-
で、小泉さんがその友達に
「一緒に病院に行って」と言われるんですよ。
言われたほうも大変だと思うけど、
まぁ、ふたりでお医者さんに行きます。
そこで病院の待合室に座った小泉さんが
「『私じゃない』って顔しちゃいけない」
と思っているという場面があるんです。
それは、友達に悪いから、ですよね。
- 小泉
-
そうですね。
待合室で、「私じゃない」という顔にならないように、
すごく気をつけてました。
- 糸井
-
だけど、
「私じゃない」という顔にならないようにすると、
「私」になっちゃうんだよね。
だって、ぼくが近所のおじさんだとして、
その病院になにか届けに行ったときに、
小泉さんとその女の子がいたら、
「どっちだろう?」って、普通に思いますよね。
- 小泉
-
そうか。
で、私の方を見て
「こっちだろう」と思っちゃいますね(笑)。
「でも、それならそれでいいや」って感じだったと思います。
- 糸井
-
そこの委ね方と、「私じゃない」という確信と、
「友達に悪いね」という気持ちが、
全部文章に入っていて、すごくいいんです。
だって、思えば、大事件じゃないですか。
- 小泉
-
そうですね。
中学3年生というと、まだ14歳とか15歳くらいで、
怖くてたまらなかったですね。
そういう病院に行くこと自体も。
- 糸井
- 勇気を振り絞って行ったわけでしょ?
- 小泉
-
そう。他の子を行かせるわけにもいかず、みたいな。
うちはね、ちょっと家庭が崩壊してたから‥‥。
- 糸井
-
そうか。
自分の条件があまりよくないのがよかったんだ。
親に言われなくてもいいから。
- 小泉
- 条件が逆に整ってて、「私がついて行く」って。
- 糸井
-
そのころから、ちょっと姉御肌なんですね。
「責任は私がとる」みたいな。
- 小泉
- そうかもしれないです。
- 糸井
-
その後の文も、またいいんです。
その友達が妊娠してなかったとわかって、
ホッとしたのと同時に、
友達が少し残念そうな複雑な表情をしたんですよね。
- 小泉
- そうそうそう。
- 糸井
-
でも、恋をしたことがまだなかった「私」は、
「よかった」の一本やりなんですよね。
そのころの「私」が好きだったのは、
(芸能人の)トシちゃんだったから。
- 小泉
-
そう。あのころはまだ
実在する誰かが好きじゃなかったから。
‥‥まぁ実在するんだけど、トシちゃんは。
- 会場
- (笑)
- 小泉
-
「トシちゃんに恋をしてる私でよかった、安心」
みたいに部屋のポスターを見上げましたね。
- 糸井
-
その場面も好きですね。
それもやっぱり、どこにいたらいいんだか、という
居場所がしっかりしてない自分の話だし。
で、居場所がしっかりしてないのに、
結果的に自分がしっかりしてるという、
その、「よわつよさ」みたいな。
- 小泉
-
「よわつよさ」ね。
あと、「くらあかるさ」も(笑)。
- 糸井
-
「くらあかるさ」。
仕事だと、あえて満面の笑みを作ったり、
「ここは私が引くわけにいかないから、私が前に出ます」
ということだらけでしょ?
- 小泉
- はい。
- 糸井
-
でも、実際の小泉さんに会うと、まったくそれがない。
その切り替えは、スイッチがあるの?
- 小泉
-
スイッチ‥‥うーん、
このエッセイで言うと、
本厚木駅から表参道駅の間という感じですね。
本厚木に私の暗さの部分があって、
でも、ここ、原宿に来たら、
「すごい色のソーダとかも飲んじゃう私」みたいに
切り替わるというか。
- 糸井
-
厚木のインターチェンジを降りてから
ご自宅までの道のりについても、
本の中に、ものすごくたくさん書いてますよね。
- 小泉
-
あ、書いてます。
父が入院していたとき、
毎日その道を通って病院に通っていたんです。
結局父は死んじゃうんですけど、
苦しい顔とかいっぱい見ちゃったから、
1年くらいは、その道を通ると、
なんかすごく、
ジャリって砂を噛んじゃったような気持ちになりました。
「嫌だ、ここ通るの。
でも、通らないと帰れない」みたいな感じで。
- 糸井
- それ、運転は自分でしてるの?
- 小泉
- 自分でしてました。
- 糸井
- そのあたりの、こう、ちょっと気丈な感じ?
- 小泉
-
そうね。
「よわつよさ」(笑)?
- 糸井
-
人は、アイドルの人生って、
「車の後ろの席」だと思ってるんですよ。
- 小泉
- あぁ、そうか。
- 糸井
-
それから、マネージャーが隣にいて、
「小泉さん、もうそろそろ起きてください」とか。
- 小泉
-
そうそう。
私、本当は、
自分でやりたい、自分で行きたい
というタイプでしょう?
普通にコンビニも行くし、
チェーンの居酒屋とかでも飲むし。
みんなに驚かれるたびに、
「いや、なんで?」と思うんだけど、
一瞬、頭の中で、他の人、
たとえば松田聖子さんに置き換えるんですよね。
そしたら
「たしかにびっくりするわ、それは」(笑)。
- 会場
- (笑)
- 糸井
- なるほど、置き換えるとね。
- 小泉
-
「松田聖子さんが運転してたら、びっくりするなぁ」とか、
「松田聖子さんが居酒屋にいるわけがない」とか。
- 糸井
-
本当だ(笑)。
ちょっと同じようなことを
小泉さんに聞いたことがあって、
その質問がなんだったか忘れたけど、
答えがすごく印象的だったんです。
小泉さんがアイドル候補生として地元を出るときに、
本厚木の仲間たちが、
「あんたはもう別世界の人になっちゃうんだね」
と言うんです。
で、小泉さんは、
「私はそのときに『絶対そんなことないよ』と言ったんです。
その約束をただ守ってるだけです」
とおっしゃったんです。
- 小泉
-
そうですね。なんというか、
引きとめてくれる人たちがいたのかな、本厚木に。
「忘れるなよ。おめぇ、そんな人間じゃねぇからな」
「アイドルって言ったって、おめぇ、
もともと本厚木のこんな女だからな」みたいな(笑)。
- 糸井
-
さっきの、「くらあかるさ」で言うと、
「暗い側にいたぞ」と。
- 小泉
-
そうそう。
それを忘れさせてくれないんですよね、
友達や家族が。
- 糸井
-
「忘れさせてくれない」と言うと、
周りが引きとめてるみたいだけど、
本当は、引きとめられる手というのを
ご自分で意識してますよね。
- 小泉
-
‥‥そうですね。
でも、そうありたかったんだろうな。
- 糸井
- そこが大好きだったから。
- 小泉
- そうそう。
- 糸井
- だけど、ずっといるつもりもなかった。
- 小泉
-
なかった。
私は、子どものときから
一人でなにもできない子なんだけど、
自立心だけは強かったのか、
ずっとここにいる、という気持ちを感じたことがなくて。
「いつか私に、なにかが起こるんだろうな」
と、ずっと思ってました。
そしたら、早めに起こったんです。
(つづきます)
2016-06-08-WED