- 糸井
- 石川さんのお話を聞いていて思ったのが、
ぼくは、女手の面積を
どんどん耕していったつもりでいます。
文章もよく平仮名に開いてしまうわけですが、
平仮名にしたくてやっているんじゃなくて、
中央に流れている川を表現している気がします。
- 石川
- 糸井さんの「おいしい生活」は、
「おいしい」が女。「生活」が男ですね。
- 糸井
- いや、本当にそうです。
「生活」という言葉はいわば漢語なんですよ。
その概念を表す漢字の二文字なんですよ。
わざとらしく、ダサい「生活」という言葉を
乗っけているんですよね。
- 石川
- シュッと削ぎ落とした言葉じゃダメですね。
- 糸井
- それじゃ、ダメなんです。
ああ、この意図をわかってもらえることは、
なかなかないので嬉しいです。
- 石川
- 日本人の心理って、漢字と平仮名の間を、
絶えず往復しているんですよ。
「暮らしかな、生活かな、やっぱり生活だ」って。
日本人ってみんな、
そういうふうに思考しているから、
ちょっと不思議なんです。
- 糸井
- そうですね。
行ったり来たりさせるほど、知的ですよね。
やっぱり人間関係の中で揉まれてしか
学べないようなことがありますね。
やっぱり、書くことで学べることもありますよね。
- 石川
- ともかく、字は書こう。
習字をやったほうがいいでしょうけど、
まずはやっぱり、字を書くことから。
それと、字は基本的に縦に書いてほしいですね。
横に書く必要がなければ、縦に書こうと。
縦に書くものと横に書くものは、違うんです。
学生にね、テストしてもらったんですけど、
同じテーマで縦と横に書いてもらうと、
文章がそうとう変わるんです。
- 糸井
- 縦に書いたほうが
ちゃんとした文章にしようとするから、
難しくなりますよね。
横に書いた時には、
記号のやり取りとして
完成されているかどうかで済んじゃうんで。
- 石川
- 手紙も、横に書いたら通信文になるし、
縦に書くと手紙になる。
でも、手紙は通信文ではありませんから。
手紙というのは、
人間と心を誕生させた一つの表れで、
書き方の文体です。
- 糸井
- メールは便利ですけれど、
情報の伝達にしか過ぎませんよね。
- 石川
- そうですね。
▲「方丈記No.5」
- 糸井
- 最近は写経をする人が増えていますが、
写経はいいのでしょうか。
- 石川
- いや、写経はいいですよ。
それは、書くということですから。
ただし、下に置いてなぞらないように。
写経というと勘違いして、
文字を写すものだと思ってしまう。
なぞるための機械までありますけど、
そうじゃなしに、
手本を横へ置いて書いてください。
- 糸井
- 見て、書く。
- 石川
- 写したって、そんなのおもしろくないでしょう。
文字が曲がるとしても、
写すよりも曲がっているほうがいい。
そこからがスタートです。
- 糸井
- 文字をなぞるのは、
写経という名のカラオケですね。
リードするメロディがあるんだもの。
- 石川
- 写経ってみんな、
「写」という字の意味を取り違えているんですよ。
写すんじゃなくて、書くという意味ですから。
「誰々写」というのは、「書く」という意味なのに、
勘違いされて、手本を下に敷き写したりする。
自力で書かなかったら、おもしろくも何ともない。
- 糸井
- 博物館にある写経の展示には、
命がこもってますよね。
ひとつも間違えないでそこまで、
いわば祈りをこめるように書いている。
みんな、本当は、
あれがやりたいんだろうね。
- 石川
- ああ、なるほどね。
- 糸井
- もうすぐ、ほぼ日で学校を始めるんですよ。
古典しかやらない学校です。
石川さんのお話を聞いていると、
書き言葉こそ、石碑を読むみたいな
おもしろさもありますよね。
三島由紀夫ぐらいの時代までは、
漢詩を読める人たちがいましたが、
その辺りから後はもう読めない。
- 石川
- 漢文教育をやらないといけませんね。
もう、先生がいなくなって、
ほとんどできなくなっていますね。
- 糸井
- たぶん、大学院にちゃんと詰め込めば、
おもしろいことは、
いっぱいできるはずなんですよね。
これからはみんな、
遅くまで会社に居ちゃいけないことになります。
かといって、居酒屋か家かしかないというのは、
寂しいから、こういうことをしたいんだと思います。
石川さんの書道の教室は、あるんですか。
- 石川
- はい、ありますよ。
東京、名古屋、京都と3箇所。
- 糸井
- ああっ、そうですか。
ちょっと前のめりに
通うことを考えています。
- 石川
- 初心忘るべからず。
熱意を持ってやってもらわないといけませんよ。
まずは五年間。
- 糸井
- 五年間‥‥。
- 石川
- 五年間は、まず、休まずに。
- 糸井
- 厳しい(笑)。
それはすごいですね、やっぱり。
うーん、まずは展覧会へ行きます。
- 石川
- そうですね、はい(笑)。
- 糸井
- ありがとうございました。
ぼくは、何も知らない人の代表ですから。
- 石川
- いや、いや、こちらこそ。
- (以上で石川九楊さんと
糸井重里の対談はおしまいです。
ご愛読いただき、ありがとうございました!)
▲「二〇〇一年九月十一日晴 水平線と垂直線の物語 上」