第八回 職人を育てるということ
小川 「自分が技術を持っている」
ということと
「人を育てる」ということは別だな。
弟子には仕事に関係のない人がくるんだ。
まだ何もできない人が
「宮大工になりたい」と言ってくるんです。

そしたらその弟子は
いちばん先に何をするといっても
何もできないわな。だから飯作りをさせる。
仕事はできなくても
みんなのために飯作りと掃除はできるわけだ。

飯作りと掃除を一年やらせると
その人の段取りのよさと
思いやりがわかります。
「今日はこれを食べてもらおう」
というのには段取りが要るし、
掃除をさせる時でも
かならずその子の性格が出ます。
一年間見ると
「この子はここがマズイから
 ここだけは直さなきゃ」
という風になります。
一緒にいればそれは直ります。
一緒にいないとダメなんです。
これがアパートから通ってもいいですか、
ではダメなんです。
常に一緒にいるんだから、
向こうも大変だけど、
こっちも大変ですよね。
糸井 教える方の大変さは、
ものすごいですよね。
小川 でもそこを大変なように
見せているようではダメなんだ。
実際は大変だけどそれが大切なんです。
そんな風に生活していると
「みんなはこれだけやっているんだから」
という気持ちがわいてくるわけです。
毎日毎日、掃除ばっかりです。

するとやっぱし先輩が
きれいな鉋屑を削っていますよね。
かっこいいし、憧れでしょう。
ああいう鉋屑を削ってみたい……
そう思った時に、鉋をかしてやります。
「削ってみい」
そしたらうれしくてうれしくて、
板が薄くなるほど削りますからね。
その夜からそいつの研ぎものは
今までとは全然違ってきますよね。
糸井 その日に、ガチャーンと変わるんですか。
小川 変わるんです。もしはじめに
「鉋はこういうもので、
 こんな風に削るんです」
と教えたって、苦痛でしかないですよね。
削れないんですから。

つまり、ほんとに
削りたい、削りたい、削りたい……
という気持ちがわくまで
放っておかなくちゃダメなんです。
教えてしまったら、その子が
いろいろなことを気づかなくなってしまう。

「掃除しとけ」とだけ言って
三か月ぐらい放っておかれますわな。
すると本人がいちばん
「これはマズイ」と思うからね。
うちは何も教えないから、
それぞれが頭の中で葛藤して戦っているわけや。
そうすると一生懸命にやる気分が高まります。
糸井 小川さんが、
お弟子さんに怒ることはあるんですか?
小川 ありますね。
物事に素直に触れることができない子は、
もう怒り倒さなくちゃダメなんです。
ちょっとした知識があるばかりに
ゼロからスタートしない子には、
人間性がなくなるまで怒ります。
糸井 現場を飛びださないという
ギリギリのところですか。
小川 ギリギリです。
ところが怒り倒してゼロになった頃には、
そこから急激にあがります。
能力がありますから。

もちろん、知識があっても
物事に素直に触れることのできる子もいます。
その子がいちばんいいですよね。
でも大概は、そこらの知識を
そのまま伸ばして使おうとするから、
波打っているだけで仕事を任せられません。
糸井 それを矯正するには
一緒に暮らさないとダメなんですね。
小川 一緒にいなくちゃダメです。
一般の社会では無理だけど。
糸井 やっていれば、お弟子さんは、
かならず最後には覚えるものなんですか。
小川 うん。
その人なりに覚えます。
こちらのやることは、
黙っていて何にも構わないんですね。
ほんで遠まわりをした子を
待ってやればいいわけです。

たとえば会社で
ひとつ教える、ふたつ教えると、
少しずつ技量は上がりますよね。
でもうちのやりかたは、
教えないでずっといるけども、
七〜八年経った頃に
「こういうやり方もあるんと違うか」
ぐらいにひとこと言うだけや。
するとその子は、
一のことが十にも百にもバーンと開けるんですよ。
そこから一気にギューンとあがるんですね。
糸井 うれしいですねぇ。
小川 いろいろ教えた子も、
自分であがった子も、
十年位まではだいたい一緒でしょう。
しかしそこから先の伸びがちがう。
糸井 その時のよろこびというのは、
小川さんにとって、大きいのでしょうね。
小川 うん。
職人というのは一気に変わるもんです。
本人が活き活きとしてきますから。
本人もうれしいし、
見ているとすぐにわかります。
「あんにゃろ、最近、仕事すげぇな」
という感じで、
みんな、誰もが気づきますからね。
糸井 うれしいでしょうねぇ。
開花するまでの時間は
どのぐらいの違いがあるんですか。
小川 わからんけど
相当な違いがあるんじゃないかなぁ。
気づくまで長くかかるヤツと
早く覚えるヤツ……
早く覚えたからって立派でもないんだ。
糸井 もしもそこで止まれば、
後の人に抜かれますよね。
小川 抜かれる、抜かれる。
糸井 そういうことも
たくさん見てきているわけですか。
小川 うん。
器用なヤツは早い。
しかし根性が入っていないから、
やっぱり、不器用の方がいいな。
器用なヤツは簡単に物事を理解する……
間違いではないんだけど、
不器用なヤツは長い時間かけて理解するから、
その差が出るんだ。その方が丈夫なんだ。
長くかかったヤツのほうが
いざという時になかなか潰れないから。
糸井 「電気工具の使えない時代の話」
と近いものがありますね。
不器用な人は逃げられないんですもんね。

今の社会では
「寸法を合わせて
 誰でも入れ替えられるように作るのが会社」
と思われているけど、
鵤工舎は入れ替えたら
仕事が変わっちゃいますよね。
小川 変わるかもしれないね。
だから俺はやっぱり
自分で育てた子じゃないとダメだな。
それでいいと思うんだ。
金銭とか能率とかどうのこうのという
今の世の中から考えたら、
ちょっと落ちこぼれになるかもしれないけど、
みんながそういうことを考えている時に、
ここでは絶対に動かないで
物事をやれるならいちばんいいと思う。
糸井 小川さんは建物も作るけど、
人間も作っているんですよね。
小川 だからうちには
うちなりの仕事しかないんです。
糸井 結局、小川さんの仕事は
よそと違うものになるんですね。
小川 そう。
だから使いづらいと思うけど、
俺らに頼んだ寺はものすごいよろこぶよな。
  (明日に続きます)
←前へ 戻る 次へ→

2005-07-14-THU