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小川 |
「自分が技術を持っている」
ということと
「人を育てる」ということは別だな。
弟子には仕事に関係のない人がくるんだ。
まだ何もできない人が
「宮大工になりたい」と言ってくるんです。
そしたらその弟子は
いちばん先に何をするといっても
何もできないわな。だから飯作りをさせる。
仕事はできなくても
みんなのために飯作りと掃除はできるわけだ。
飯作りと掃除を一年やらせると
その人の段取りのよさと
思いやりがわかります。
「今日はこれを食べてもらおう」
というのには段取りが要るし、
掃除をさせる時でも
かならずその子の性格が出ます。
一年間見ると
「この子はここがマズイから
ここだけは直さなきゃ」
という風になります。
一緒にいればそれは直ります。
一緒にいないとダメなんです。
これがアパートから通ってもいいですか、
ではダメなんです。
常に一緒にいるんだから、
向こうも大変だけど、
こっちも大変ですよね。
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糸井 |
教える方の大変さは、
ものすごいですよね。
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小川 |
でもそこを大変なように
見せているようではダメなんだ。
実際は大変だけどそれが大切なんです。
そんな風に生活していると
「みんなはこれだけやっているんだから」
という気持ちがわいてくるわけです。
毎日毎日、掃除ばっかりです。
するとやっぱし先輩が
きれいな鉋屑を削っていますよね。
かっこいいし、憧れでしょう。
ああいう鉋屑を削ってみたい……
そう思った時に、鉋をかしてやります。
「削ってみい」
そしたらうれしくてうれしくて、
板が薄くなるほど削りますからね。
その夜からそいつの研ぎものは
今までとは全然違ってきますよね。
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糸井 |
その日に、ガチャーンと変わるんですか。
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小川 |
変わるんです。もしはじめに
「鉋はこういうもので、
こんな風に削るんです」
と教えたって、苦痛でしかないですよね。
削れないんですから。
つまり、ほんとに
削りたい、削りたい、削りたい……
という気持ちがわくまで
放っておかなくちゃダメなんです。
教えてしまったら、その子が
いろいろなことを気づかなくなってしまう。
「掃除しとけ」とだけ言って
三か月ぐらい放っておかれますわな。
すると本人がいちばん
「これはマズイ」と思うからね。
うちは何も教えないから、
それぞれが頭の中で葛藤して戦っているわけや。
そうすると一生懸命にやる気分が高まります。
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糸井 |
小川さんが、
お弟子さんに怒ることはあるんですか?
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小川 |
ありますね。
物事に素直に触れることができない子は、
もう怒り倒さなくちゃダメなんです。
ちょっとした知識があるばかりに
ゼロからスタートしない子には、
人間性がなくなるまで怒ります。
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糸井 |
現場を飛びださないという
ギリギリのところですか。
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小川 |
ギリギリです。
ところが怒り倒してゼロになった頃には、
そこから急激にあがります。
能力がありますから。
もちろん、知識があっても
物事に素直に触れることのできる子もいます。
その子がいちばんいいですよね。
でも大概は、そこらの知識を
そのまま伸ばして使おうとするから、
波打っているだけで仕事を任せられません。
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糸井 |
それを矯正するには
一緒に暮らさないとダメなんですね。
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小川 |
一緒にいなくちゃダメです。
一般の社会では無理だけど。
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糸井 |
やっていれば、お弟子さんは、
かならず最後には覚えるものなんですか。
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小川 |
うん。
その人なりに覚えます。
こちらのやることは、
黙っていて何にも構わないんですね。
ほんで遠まわりをした子を
待ってやればいいわけです。
たとえば会社で
ひとつ教える、ふたつ教えると、
少しずつ技量は上がりますよね。
でもうちのやりかたは、
教えないでずっといるけども、
七〜八年経った頃に
「こういうやり方もあるんと違うか」
ぐらいにひとこと言うだけや。
するとその子は、
一のことが十にも百にもバーンと開けるんですよ。
そこから一気にギューンとあがるんですね。
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糸井 |
うれしいですねぇ。
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小川 |
いろいろ教えた子も、
自分であがった子も、
十年位まではだいたい一緒でしょう。
しかしそこから先の伸びがちがう。
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糸井 |
その時のよろこびというのは、
小川さんにとって、大きいのでしょうね。
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小川 |
うん。
職人というのは一気に変わるもんです。
本人が活き活きとしてきますから。
本人もうれしいし、
見ているとすぐにわかります。
「あんにゃろ、最近、仕事すげぇな」
という感じで、
みんな、誰もが気づきますからね。
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糸井 |
うれしいでしょうねぇ。
開花するまでの時間は
どのぐらいの違いがあるんですか。
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小川 |
わからんけど
相当な違いがあるんじゃないかなぁ。
気づくまで長くかかるヤツと
早く覚えるヤツ……
早く覚えたからって立派でもないんだ。
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糸井 |
もしもそこで止まれば、
後の人に抜かれますよね。
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小川 |
抜かれる、抜かれる。
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糸井 |
そういうことも
たくさん見てきているわけですか。
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小川 |
うん。
器用なヤツは早い。
しかし根性が入っていないから、
やっぱり、不器用の方がいいな。
器用なヤツは簡単に物事を理解する……
間違いではないんだけど、
不器用なヤツは長い時間かけて理解するから、
その差が出るんだ。その方が丈夫なんだ。
長くかかったヤツのほうが
いざという時になかなか潰れないから。
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糸井 |
「電気工具の使えない時代の話」
と近いものがありますね。
不器用な人は逃げられないんですもんね。
今の社会では
「寸法を合わせて
誰でも入れ替えられるように作るのが会社」
と思われているけど、
鵤工舎は入れ替えたら
仕事が変わっちゃいますよね。
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小川 |
変わるかもしれないね。
だから俺はやっぱり
自分で育てた子じゃないとダメだな。
それでいいと思うんだ。
金銭とか能率とかどうのこうのという
今の世の中から考えたら、
ちょっと落ちこぼれになるかもしれないけど、
みんながそういうことを考えている時に、
ここでは絶対に動かないで
物事をやれるならいちばんいいと思う。
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糸井 |
小川さんは建物も作るけど、
人間も作っているんですよね。
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小川 |
だからうちには
うちなりの仕事しかないんです。
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糸井 |
結局、小川さんの仕事は
よそと違うものになるんですね。
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小川 |
そう。
だから使いづらいと思うけど、
俺らに頼んだ寺はものすごいよろこぶよな。
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(明日に続きます)
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