02	現実的なネズミとして描く
糸井
あと、ぼくが好きなのは1ページ目です。
この最初の絵を見たとき、
「この本は読むべきだ」って強く思ったんです。
1ページ目の後ろに広がっている
物語を信用したというか、
もう、これを描いた人に
自分を委ねようと思った。
トーベン
それはオープニングのページとしては、
最高ですね。
それがまさに1ページ目の役割ですから。
糸井
このメガネがいいんですよね。
どんなに、
「勉強して利口なネズミが‥‥」って
ことばで説明したとしても、
このメガネの説得力にはかなわない。
このメガネが現実とファンタジーを
つなげてくれるんです。
あと、もうひとついいのが、
ネズミの描き方です。
このネズミは、のちにすばらしい冒険を
することになるんですけど、
「ただのネズミ」というリアリズムで
描かれているじゃないですか。
擬人化した、マンガっぽいネズミじゃなくて、
実際にいるリアルなネズミ。
なのに、「こいつは本を読んでる」って
読者にわからせる力がある。
これは、力がないと描けないと思うんです。
トーベン
いま、糸井さんがおっしゃったことは、
この本のコンセプトを考えるときに、
とても大事なポイントでした。
ネズミを、ほんとに現実的なネズミとして描き、
その周囲も、ほんとに現実的な、
わたしたちがふだん知ってる世界として描くことで、
現実のなかに、こういうファンタジーがあるんだ、
というふうに感じてもらう。
そこを大事にしたんです。
言ってみれば、そこに、
この絵のある種の「隙間」がある。
糸井
ええ、そうですね。
トーベン
現実の世界を絵としてしっかり存在させて、
展開する内容はファンタジー。
そこの隙間は読者の想像力で埋めてもらう。
そこは、委ねたわけです。
そうすることによって、
もしかしたらこの本を読み終えた読者が、
街で、あるいは、家の近くで、
ネズミを実際に見たときに、
「もしかしたら、このネズミも‥‥」
って思ってくれるかもしれない。
糸井
そして、自分のことを思ったとき、
自分もなにかできるような気がしますよね。
トーベン
そうです、
そこがこの本に込めたメッセージです。
「どんな目標だって達成できるんだ」ということ。
たとえフクロウがそこに立ちはだかっていようとも。
糸井
うん。だから、この本を読んじゃうとね、
ぜんぶ信じられるようになるんですよ。
トーベン
うれしいです。
糸井
あと、ぼくは絵本について
そんなに詳しいわけじゃないですけど、
なんとなく絵本って、
視点があまり動かないもの、
っていう印象があったんです。
ところが、この『リンドバーグ』は、
カメラの位置がものすごく変わっていく。
こんなにリアルで自由なカメラワークは、
ぼくは絵本ではじめて経験しました。
トーベン
ああ、そのことも、
この本をつくるかなり早い段階で
決めたことなんです。
ふつうの絵本というのは、
たとえるなら「舞台」を観ているようで、
地平線のラインがずっと同じなんですよね。
場面が固定されていて、
そのなかで、お話が展開していく。
ですから、私は、絵本をつくるとき、
「舞台」と対比させる意味でいうと、
「映画」のようにしたいと思っていました。
だから、カメラの位置が変わるし、
カメラが動くことで、
その視点の動きそのものが、
ストーリーを語るようにもなります。
たとえば、カメラのアングルを
ぐーーっと下げて、
ネズミの視点から風景を描いたら、
ここではネズミの気持ちなんだ、
ということが表現できるんです。
たとえば、このシーンなんかがそうです。
糸井
で、ページのこっちに、遠景を置いて、
低い位置からでも遠くが見える、
というふうにしてありますね。
トーベン
そうです。
糸井
あと、レンズ交換もしょっちゅうしてますよね。
トーベン
おっしゃるとおりです。
じつは、この本のプロモーションのために、
絵本のなかの絵をつかって
動画をいくつかつくったんですね。
そこでは、たとえば
さきほどの港のシーンをつかって、
まず船のほうにピントを合わせて、
それがだんだんボケていって、
こちらのネズミにフォーカスが合う‥‥
というような感じにしたんです。
つまり、絵本をつくるとき、
私は、視点をどこに置くかとか、
画像の構成をどうするかといったことを、
映画のように考えていました。
糸井
これだけ一貫して、
カメラの位置や、フォーカス、
アングルといったことを意識した表現は、
絵本では、なかなかないんじゃないかな。
トーベンさんは、絵本をつくる以前から、
絵の表現として、こういうことを
意識していたんですか?
トーベン
「この絵は角度を変えると
 もっとよくなるんじゃないかな?
 違う角度はないかな?」といったことは、
絵を描くときによく考えていました。
けれども、ストーリーがないときに、
その1枚の絵をどうしようかと
いろいろ考えてみても、
やっぱり、あまり先に進まないんです。
ですから、今回、
「物語を書こう」と思ったときにはじめて、
その考え方や表現が活きたような気がします。
糸井
ストーリーが技法の進化を助けてくれたんだ。
トーベン
そうですね。
ストーリーがあることで、
そういう技術が活きるな、
という感覚は持つことができました。
糸井
それは、つくっていて、
たのしかったでしょうねぇ。
トーベン
おもしろかったんですけど、
はじめは、そのやり方がうまくいくのか、
まったくわからなかったんです。
実際、つくりはじめてからも、
これはほかのやり方があるんじゃないかとか、
やっぱりふつうのやり方のほうが
いいかもしれないとか、
思ったこともかなりあります。
もともと出版の予定もなかったわけですし、
「これでいいのかな」という迷いは
つくりながら、つねに抱えていました。
糸井
だとしたら、このネズミの物語は、
あなた自身のお話でもありますよね。
いろいろ工夫しながら、はじめて飛んでみた。
そしたら、たまたま新聞記者がそれを見てて
大きなニュースになった。
あなたの絵本がヒットしたことと似てますね。
ほら、この新聞記者が発見しなかったら、
ネズミは誰にも知られなかったわけですから。
トーベン
ああ、そうかもしれません。
糸井
このネズミは誰かに見せるつもりなんてなくて、
大切なのは飛ぶことだった。
あなたの絵本も世界中の人に
読んでもらうことになるとは思ってなかった。
トーベン
もう、ほんとに、魔法みたいです。
ぼくの絵本は、ほんとに
偶然発見されたわけですから。
「ひょっとしたらドイツで出版できるかなぁ」
とは思わないでもなかったですけれども、
まさか、それ以外の言葉に翻訳されて、
いろんな国で読んでいただけるなんて。
そういう意味では、糸井さんがおっしゃったように、
このシーンはこの絵本の運命を
象徴しているといえます。
糸井
たしかに飛ぶ実力と、
それを新聞記者が偶然見ていた
というめぐり会わせと。
トーベン
ちなみに、実際に、自分の姿をモデルにしたのは、
こっちの新聞記者のほうなんです。
私はふだんこういう格好をしているので(笑)。
糸井
ああー、たしかに(笑)。

2015-09-10-thu