- 糸井
- あと、ぼくが好きなのは1ページ目です。
この最初の絵を見たとき、
「この本は読むべきだ」って強く思ったんです。
1ページ目の後ろに広がっている
物語を信用したというか、
もう、これを描いた人に
自分を委ねようと思った。
- トーベン
- それはオープニングのページとしては、
最高ですね。
それがまさに1ページ目の役割ですから。
- 糸井
- このメガネがいいんですよね。
どんなに、
「勉強して利口なネズミが‥‥」って
ことばで説明したとしても、
このメガネの説得力にはかなわない。
このメガネが現実とファンタジーを
つなげてくれるんです。
あと、もうひとついいのが、
ネズミの描き方です。
このネズミは、のちにすばらしい冒険を
することになるんですけど、
「ただのネズミ」というリアリズムで
描かれているじゃないですか。
擬人化した、マンガっぽいネズミじゃなくて、
実際にいるリアルなネズミ。
なのに、「こいつは本を読んでる」って
読者にわからせる力がある。
これは、力がないと描けないと思うんです。
- トーベン
- いま、糸井さんがおっしゃったことは、
この本のコンセプトを考えるときに、
とても大事なポイントでした。
ネズミを、ほんとに現実的なネズミとして描き、
その周囲も、ほんとに現実的な、
わたしたちがふだん知ってる世界として描くことで、
現実のなかに、こういうファンタジーがあるんだ、
というふうに感じてもらう。
そこを大事にしたんです。
言ってみれば、そこに、
この絵のある種の「隙間」がある。
- 糸井
- ええ、そうですね。
- トーベン
- 現実の世界を絵としてしっかり存在させて、
展開する内容はファンタジー。
そこの隙間は読者の想像力で埋めてもらう。
そこは、委ねたわけです。
そうすることによって、
もしかしたらこの本を読み終えた読者が、
街で、あるいは、家の近くで、
ネズミを実際に見たときに、
「もしかしたら、このネズミも‥‥」
って思ってくれるかもしれない。
- 糸井
- そして、自分のことを思ったとき、
自分もなにかできるような気がしますよね。
- トーベン
- そうです、
そこがこの本に込めたメッセージです。
「どんな目標だって達成できるんだ」ということ。
たとえフクロウがそこに立ちはだかっていようとも。
- 糸井
- うん。だから、この本を読んじゃうとね、
ぜんぶ信じられるようになるんですよ。
- トーベン
- うれしいです。
- 糸井
- あと、ぼくは絵本について
そんなに詳しいわけじゃないですけど、
なんとなく絵本って、
視点があまり動かないもの、
っていう印象があったんです。
ところが、この『リンドバーグ』は、
カメラの位置がものすごく変わっていく。
こんなにリアルで自由なカメラワークは、
ぼくは絵本ではじめて経験しました。
- トーベン
- ああ、そのことも、
この本をつくるかなり早い段階で
決めたことなんです。
ふつうの絵本というのは、
たとえるなら「舞台」を観ているようで、
地平線のラインがずっと同じなんですよね。
場面が固定されていて、
そのなかで、お話が展開していく。
ですから、私は、絵本をつくるとき、
「舞台」と対比させる意味でいうと、
「映画」のようにしたいと思っていました。
だから、カメラの位置が変わるし、
カメラが動くことで、
その視点の動きそのものが、
ストーリーを語るようにもなります。
たとえば、カメラのアングルを
ぐーーっと下げて、
ネズミの視点から風景を描いたら、
ここではネズミの気持ちなんだ、
ということが表現できるんです。
たとえば、このシーンなんかがそうです。
- 糸井
- で、ページのこっちに、遠景を置いて、
低い位置からでも遠くが見える、
というふうにしてありますね。
- トーベン
- そうです。
- 糸井
- あと、レンズ交換もしょっちゅうしてますよね。
- トーベン
- おっしゃるとおりです。
じつは、この本のプロモーションのために、
絵本のなかの絵をつかって
動画をいくつかつくったんですね。
そこでは、たとえば
さきほどの港のシーンをつかって、
まず船のほうにピントを合わせて、
それがだんだんボケていって、
こちらのネズミにフォーカスが合う‥‥
というような感じにしたんです。
つまり、絵本をつくるとき、
私は、視点をどこに置くかとか、
画像の構成をどうするかといったことを、
映画のように考えていました。
- 糸井
- これだけ一貫して、
カメラの位置や、フォーカス、
アングルといったことを意識した表現は、
絵本では、なかなかないんじゃないかな。
トーベンさんは、絵本をつくる以前から、
絵の表現として、こういうことを
意識していたんですか?
- トーベン
- 「この絵は角度を変えると
もっとよくなるんじゃないかな?
違う角度はないかな?」といったことは、
絵を描くときによく考えていました。
けれども、ストーリーがないときに、
その1枚の絵をどうしようかと
いろいろ考えてみても、
やっぱり、あまり先に進まないんです。
ですから、今回、
「物語を書こう」と思ったときにはじめて、
その考え方や表現が活きたような気がします。
- 糸井
- ストーリーが技法の進化を助けてくれたんだ。
- トーベン
- そうですね。
ストーリーがあることで、
そういう技術が活きるな、
という感覚は持つことができました。
- 糸井
- それは、つくっていて、
たのしかったでしょうねぇ。
- トーベン
- おもしろかったんですけど、
はじめは、そのやり方がうまくいくのか、
まったくわからなかったんです。
実際、つくりはじめてからも、
これはほかのやり方があるんじゃないかとか、
やっぱりふつうのやり方のほうが
いいかもしれないとか、
思ったこともかなりあります。
もともと出版の予定もなかったわけですし、
「これでいいのかな」という迷いは
つくりながら、つねに抱えていました。
- 糸井
- だとしたら、このネズミの物語は、
あなた自身のお話でもありますよね。
いろいろ工夫しながら、はじめて飛んでみた。
そしたら、たまたま新聞記者がそれを見てて
大きなニュースになった。
あなたの絵本がヒットしたことと似てますね。
ほら、この新聞記者が発見しなかったら、
ネズミは誰にも知られなかったわけですから。
- トーベン
- ああ、そうかもしれません。
- 糸井
- このネズミは誰かに見せるつもりなんてなくて、
大切なのは飛ぶことだった。
あなたの絵本も世界中の人に
読んでもらうことになるとは思ってなかった。
- トーベン
- もう、ほんとに、魔法みたいです。
ぼくの絵本は、ほんとに
偶然発見されたわけですから。
「ひょっとしたらドイツで出版できるかなぁ」
とは思わないでもなかったですけれども、
まさか、それ以外の言葉に翻訳されて、
いろんな国で読んでいただけるなんて。
そういう意味では、糸井さんがおっしゃったように、
このシーンはこの絵本の運命を
象徴しているといえます。
- 糸井
- たしかに飛ぶ実力と、
それを新聞記者が偶然見ていた
というめぐり会わせと。
- トーベン
- ちなみに、実際に、自分の姿をモデルにしたのは、
こっちの新聞記者のほうなんです。
私はふだんこういう格好をしているので(笑)。
- 糸井
- ああー、たしかに(笑)。
2015-09-10-thu