- 糸井
- 『リンドバーグ』の制作期間は
ぜんぶでどのくらいですか?
- トーベン
- ええと、これだけに集中して
作業してたわけじゃないので、
どのくらいかかったのか、
判断がちょっと難しいんですけれども。
- 糸井
- 仕事をしながら、合間に作業を?
- トーベン
- はい。基本、昼間は仕事をしていて、
夜遅く、もしくは週末とかに
ちょっとずつ絵本の作業を進めていました。
最初に作品のイメージを描きはじめてから、
最終的に本の形にまとまるまで、
2年くらいかかったと思います。
- 糸井
- ちなみに、ふだんやっていた仕事というのは、
絵を描く仕事だったんですか?
- トーベン
- 広告をつくる会社で
イラストレーションを描いてました。
いまはもう辞めてフリーランスの
立場になっているので、
絵本制作の時間も取れるようになりました。
- 糸井
- ドイツで絵本制作をしていくというのは、
職業として成り立ちやすいものなんですか?
つまりその、食べていけるのか、
ということですが。
- トーベン
- いい仕事があれば、という感じですね。
いまのところ、ぼくはうまくいっていて、
じつは、絵本だけでなく、
フリーランスのイラストレーターとして
広告の仕事も受けているんですね。
そうすると短期でできる仕事を受けつつ、
じっくりと絵本に取り組む、
ということが、できるので。
- 糸井
- それは理想的ですね。
そういえば、いま思い出したんだけど、
同じドイツの画家の、
ミヒャエル・ゾーヴァさんと
お会いしたことあるんですよ。
『ちいさなちいさな王様』とかを描いた方で、
トーベンさんよりもずっと年上なんですけど、
彼もあなたと同じように
「リアルな絵でファンタジーを描く」
という表現に長けているんです。
それで、前にゾーヴァさんと話したとき、
「絵本で食べていくのは
なかなかたいへんだったけど、
ポストカードをつくったら
それが売れるようになって、
うまく回るようになった」って、
おっしゃってましたよ。
- トーベン
- たしかに、経済的な意味で、
絵本制作以外の仕事があるというのは、
いいことだと思います。
また、ぼくにとっては、
経済的な意味だけでなく、
仕事の進め方からいっても、
ふたつの仕事があるのはすごくいいんです。
絵本の仕事をしばらく集中してやって、
ちょっと休んで短期の仕事をさっとやって、
気分転換をして、またこちらに戻る。
絵本制作だけにずっと集中してると、
ちょっとどこかで見失うものが
あるような気がします。
- 糸井
- ほかの仕事をしてることが、
うまく影響し合っている感じがしますね。
絵本の仕事も、広告の仕事も、
絵を描くことがちゃんと仕事に
なっているわけですが、
自分が絵を描くことが仕事になるだろうか、
というふうに、心配な時期もありましたか?
- トーベン
- それはもちろん心配でした。
ほんとにこれで食べていけるのか
ずっと確信が持てなかった。
ぼくはすごく小さな町の出身なんですが、
好きな絵、アートの道を志して
ハンブルクに進学するか、
あるいはもっと稼げそうな仕事に
つながる専攻を選ぶべきか、
非常に迷ったんです。
- 糸井
- やりたいことは、はっきりしてたけれども。
- トーベン
- ええ。絵を描く道に進みたいんだけど、
それは正しい選択なんだろうか、
ほんとにそっちに進んでいいのかな、
ということは、非常に悩んでました。
ハンブルクに来てからも、
毎日絵を描いているとたのしいけれど、
経済的に自立できるかどうかわからない。
広告代理店に就職したのは、
そういう保険の意味もあったんです。
社員としてお給料がいちおう入ってきて、
まぁ、半分趣味のような感じで、
絵を描くことが続けられたし、
この絵本もつくることができた。
- 糸井
- その意味では、広告代理店という場所があって、
よかったですね。
- トーベン
- そうですね。
たまたま、広告代理店の仕事が
わりと自由に表現できる業務だった
というのも大きいですし、
あとは、やっぱり、そうやって、
お給料が稼げる仕事があったということで、
この本を出版できるのか、
というのを、それほど心配せずにすんだ。
- 糸井
- そっか、それは大事なことですね。
- トーベン
- そこを心配せずに、焦ることなく、
本をじっくりと完成させられたというのは、
やっぱり大事なことだったと思います。
- 糸井
- じつは、ぼくの若いころも、
似たような感じだったんですよ。
なんというか、
新しいジャンルに踏み込むときに、
いちおう、コピーライターという
自分の本業で食えていたから、
「失敗したらどうしよう」って
心配しないで自由に取り組めたんです。
- トーベン
- そう、自由になりますよね、心がね。
- 糸井
- 「これが失敗したら、
おれはもう全部ダメになっちゃう」
っていうのって、物語としてはいいんだけど、
やっぱり、自分を追い詰めてしまいますよね。
この絵本の中のネズミでも
1回失敗してるじゃないですか。
なんか、そういう、ゆとりというか、
余裕、遊びのあるやり方というのは、
なにかを表現するときには、
必要なことだという気がします。
- トーベン
- そうですね。
その余裕をきちんと確保して、
たとえ1回失敗しても、
そこでやめないということですよね。
- 糸井
- そう、このネズミみたいにね。
- トーベン
- とにかく、しつこく続ける。
- 糸井
- その意味でいうと、この物語は
ちゃんと失敗も入ってるんですよね。
それが、悪役の側の小ささと同じように
とてもリアルなんですよ。
一度のひらめきで成功するんじゃなく、
入口のつまずきがきちんと描かれている。
大きな希望があるから成功する、
ということだけじゃなくて、
ただ必要に応じて目の前のことを
コツコツ積み上げていくような
すごく現実的なことが
表現されているんですよ。
- トーベン
- ありがとうございます。
- 糸井
- いや、お話をうかがって、
とても納得しました。
余裕があるからこそ、
この「大作」が形になったんですね。
映画のスタジオを自分の中に
抱えているようなものづくりは、
余裕がなかったらできないよね。
- トーベン
- そうですね。
2015-09-11-fri