ある日、糸井重里は、
1冊の絵本を偶然手にしました。
『リンドバーグ 空飛ぶネズミの大冒険』。
ちいさなネズミがくり広げる冒険の物語に、
糸井はあっという間に引き込まれました。
作者は、トーベン・クールマンさんという、
ドイツ生まれの若き絵本作家。
先日、トーベンさんが来日したときに
実現した対談をお届けします。
まだこの絵本を読んだことのない人にも、
きっと興味を持ってもらえると思います。
最後まで、どうぞ、ごゆっくり。

トーベン・クールマンさん プロフィール
01フクロウの大きさ

『リンドバーグ』という絵本があります。
トーベン・クールマンという
ドイツ生まれの作家が描いた本で、
彼にとって、これがデビュー作になります。

一匹のネズミが大冒険するこの本は、
昨年、スイスで出版されるやいなや
たいへんな反響を呼び、
じつに22の言語に翻訳されて
60もの国で売られることになりました。
糸井重里もこの絵本を手に取り、
読んでたいへん気に入って、
その日のうちにこんなツイートをしました。

『リンドバーグ』っていう空飛ぶネズミの絵本。
おもしろい映画一本観たような読後感。
興奮させられます。そうとうオススメします。
(@itoi_shigesato 2015年4月22日のツイート)

折しも、その1ヵ月後、
絵本を描いたトーベン・クールマンさんは
日本を訪れることになっていました。
トーベン・クールマンさんの日本での予定表に
糸井重里との対談が書き加えられ、
ある土曜日にふたりは笑顔で握手しました。

糸井
この絵本はもともと
大学の卒業制作として描かれたそうですね。
それが、最終的には、
世界中で出版されることになって、
ご本人はどう思ってるんでしょう、いま。
トーベン
もう、ただただ、びっくりしてます(笑)。
糸井
(笑)
トーベン
なんの期待もしていなかったので、
突然、降って湧いたようなことで。
糸井
といっても、それだけの実力は
お持ちだったわけですよね。
技術にしろ、経験にしろ、
たくさんの蓄積があるからこそ
こういうすばらしいものが
描けるのだろうと思うんですが、
トーベンさんは、いつごろから
絵を描いてらっしゃるんでしょう。
トーベン
小さいころから絵を描くのが好きでした。
線で絵を描くのも、
いろんな色で絵を塗るのも、
どちらも大好きでした。
幼稚園ぐらいのころから
そういう感じだったんですが、
いま思えば、描くことで、少しずつ、
幼いなりに世の中を理解していった気がします。
描くことによって、
「それがなんであるか」を理解する。
「それがどうなってるか」を理解する。
そのやり方は、大人になったいまも、
消えずに自分の中に残っていると思います。
糸井
絵は、誰かに習ったりしたんですか?
トーベン
ある程度成長してから、
イラストレーションと
デザインの勉強はしましたけど、
それまでは、ずっとひとりでした。
糸井
そうですか。
この絵本って、いってみれば、
「大作」だと思うんですね。
きちんと世界ができあがっていて、
緻密に構成もされている。
で、いまって、こういう大作をつくるには、
わかりやすい例がハリウッドですけど、
組織の力が必要だと思われている時代で。
ぼくは、そういう大きな組織の力を、
まったく否定しないんですけど、
それにしても、この『リンドバーグ』のような
練り込まれた「大作」が、
ひとりの人によってつくられたということに、
うれしい驚きがあります。
ひとりの人の中に、
大きな組織があったのかな、って(笑)。
トーベン
ありがとうございます。
でも、たしかにいま絵本を見ると、
ぜんぶ整理されていて、
ひとつのまとまりとして
きちんと計画されているように
思えるかもしれないんですけど、
実際は、かなり試行錯誤していて、
ずいぶんぐちゃぐちゃだったんです。
本のなかには、さまざまな要素がありますよね。
絵はもちろん、物語もありますし、
構成も考えなくてはいけません。
それらのものがばらばらにあるとき、
なにかひとつがうまくいかないと
ぜんぶが止まってしまうんです。
ですから、そういうときは、
いったんクリアして、リスタートする。
その作業がとてもたいへんでした。
その意味では、じつはこの本は、かなり、
まっすぐではないプロセスを経ています。
糸井
でも、それをぜんぶ、
ひとりでやったわけでしょ?
トーベン
そうですね(笑)。
これは卒業制作だったので、
担当編集者もいません。
こういう本をつくってくれ、
というような構成のメモもないですし、
スケジュールすらかなり柔軟で、
自分次第というところがありました。
そういう意味では難しかったですね。
ただ、なにか壁にぶつかって止まっても、
「あ、そうだ!」というひらめきが湧いて、
次に進んでいく、というようなことで、
なんとか完成までこぎつけました。
糸井
すごいことです。
あの、この絵本のなかには、
絵を描いたり物語をつくったりする
技術のほかに、もうひとつ、
「科学的な視点」というのが、
組み込まれていると思うんですよ。
たとえば、ネズミが飛ぶとしたら、
「その仕掛けはこうであるはずだ」
っていう理屈がきちんと通っていて、
それが絵のなかにも表現されているんですね。
現実的には実現できないかもしれないけど、
説得力を持った絵になっている。
トーベン
それも、子どものころから
自然に身につけたことだと思います。
たとえば、なにかを見たとき、
「これはどうやって動くのかな?」
というような興味が小さいころからありました。
発明家に憧れたりもしましたし。
ですから、この本の絵を描くときも、
なるべく現実的に、実際につくれるもの、
実際に動くものになるべく近く、
というふうに、考えて描いていました。
糸井
そういう「現実的な視線」がとてもいい。
たとえば、この本には、主人公のネズミを
見張っている敵役のフクロウがいるんですが、
そのフクロウは無限に強いわけじゃなくて、
雨の日なんかに、羽根を濡らしながら
静かにじーっと煙突にとまって
ネズミを見張っていたりする。
そのあたりの表現が、とてもいいんです。
それは、ネズミが空を飛ぶ仕掛けを
現実的に考えることと同じように、
生きるということの仕組みも、しっかりと
とらえようとしているからだと思うんです。
トーベン
そういう意識はたしかにあります。
いろんなものがつながっているというか、
技術的なものだけでなくて、
生きているものも、つながりがあるんだと。
物語をつくっていくときも、
機械や背景だけでなくて、
生きているものも同じようにリアルに描く。
小さくて、発想力豊かなネズミを取り巻く、
さまざまな感情というのも、
物語のなかに盛り込んでいく。
それができたのかなと思います。
糸井
あ、このページですね、
いまぼくが言ったフクロウのところは。
ぼくは、ここがすごく好きなんですよ。
敵役のフクロウが、雨に耐えて、
身じろぎもせずに煙突にとまっている。
後半のスペクタクルなシーンと比べると
地味かもしれないけど、
作家の力量を静かに表していると思う。
トーベン
ここは、そういう意味では、ある種、
抑えを効かせたようなシーンだと思います。
物語全体のなかでは、主人公のネズミを
なるべく弱いものとして描くよう心がけました。
小さくて弱くて、いつも誰かに狙われている。
そういった要素を強めていくことが、
この物語に一本筋を通すカギなのかな、
と思って描きました。
糸井
それにくわえて、
「強いはずのフクロウの小ささ」も
この絵には表れていると思うんです。
ネズミを見張っているフクロウを
さらに上の視点からとらえている。
もっと、下からフクロウを見上げて
絶対的な存在として
描くこともできたと思うんです。
実際、そうしたほうが効果的なところでは
フクロウを神のごとく描いてますよね。
ほら、こことか。
トーベン
ああ、そうですね。
糸井
でも、ときにはフクロウも
ちっぽけな動物として描く。
そうすることによって、
小さなネズミからフクロウ、
そしてその先にある宇宙みたいなところまで
つながっていく世界が表現されている。
トーベン
たしかにそうかもしれません。
フクロウを描くときの大きさが
いろんな効果を生んでいる。
教会から飛び出ようとするシーンでは
ものすごく大きく、
非常に強く、怖いものとして描いています。
それが、飛び立ったあとは、
ものすごく小さく見える。
糸井
いやぁ、見事ですよ、ほんとに。
『バットマン』の映画の
ジョーカーの描き方とか、
ああいうのを思い出しますよね。
トーベン
どの『バットマン』ですか?
糸井
ええと、あの、ほら‥‥
亡くなった役者さんがやったやつ。
トーベン
ヒース・レジャー?
糸井
ヒース・レジャー、ヒース・レジャー!
このフクロウに感じるんですよ、
『バットマン』のジョーカーと同じものを。
トーベン
(笑)

2015-09-09-wed

『リンドバーグ
 空飛ぶネズミの大冒険』

 作 トーベン・クールマン
 訳 金原瑞人
 出版社 ブロンズ新社

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