[吉本]
いじめに対して先生はどうすればいいかというと、そのあたりは親と子どもにまかせちゃうよりほかありません。
先生は、子どもに対して道徳的なこととか、いじめをやめろとか、そんなことは言わなくていいんじゃないでしょうか。
先生だけじゃなくて、社会的にうんと偉い人というのは、いじめについてそんなによくわかっているわけじゃないと思います。
だいたい日本の政治だって、外国をいじめるのにひと役買ってるわけだし、国自体がそういうことをしてるから子どもがそうなってきたんだ、とかいう理屈までくっつけて言わないと、話にならないんです。
[糸井]
先生ができることは、ない、と。
[吉本]
ええ。でも、子どもが自殺したら、親が学校や教育委員会を訴えます。
いじめに責任があるのは先生じゃないし、もちろん教育の委員でもないし、大臣でもありません。
ぜんぜん関係ないことです。
いじめが大きな問題になる年代は、小学校の上級ぐらいから中学校の一年か二年のところでしょう。
その年代の問題を誰が管理してるかといったら、それはお袋さんか親父さんかどっちかです。
だから、もちろん責任もそこにある。
そこで、どういう親子関係がいいのかというと、それは、ふつうだったらいいんです。
[糸井]
ふつうですか。
[吉本]
子どもがいじめられて学校から帰ってきたら、その年頃の子どもというのは顔を見ればすぐ
「あ、学校で何かあったな」ぐらい、親だったらわかります。
そういう子に対して親のほうは、いつもと同じように扱ってやれば、それでいいわけです。
「お前、今日は何かあったんじゃないか」とか、そんなことは聞かなくていい。
そんなことを言うと、今度は話がもつれてくるから、聞いたりなんかしないでいいんです。
いつもと同じようにしていて、でも心の中ではちゃんとわかってるという状態、それでいいんです。
子どもは
「親が、わかってるんだけども何も言わないな」
と、なんとなく推察するくらいでいいでしょう。
[糸井]
原因を解明して、ほじくり出したり、直そうとしたりすると、それは、子どもにとって安心な場所、安心な毎日じゃなくなるわけですね。
[吉本]
そのとおりです。
[糸井]
「わかっているけど言わない」親の態度は
「本当にわかってない」のとは、違うんでしょうか。
[吉本]
違うと思いますね。
子どもをぜんぜん見ていない親はいます。
でも、見ているなら、すぐ通じます。
(明日につづきます)
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