[糸井]
吉本さんは、いつも
「インテリ的なこと」とそうじゃないことの、両方をまぜて語られますね。

[吉本]
それは、僕が育った時期の問題が大きいと思います。
学生最後の頃は戦争中でしたが、古典の歌や仏教書が流行りで、学生さんの見栄と教養のためにそういうものを読んでいました。
漱石や鴎外も誰もが読んでいましたし、小林秀雄が盛んなことを言って、フランス文学でいえばアンドレ・ジッドとか、詩でいうとポール・ヴァレリー、哲学だとアラン、そういう人たちの書いたものは戦後になってから意識して読み返しました。

[糸井]
つまり、そういう時期に青春をすごした吉本さんが、そことは無縁の
「普通の市民」に対する尊敬をお持ちだということを僕らはとにかく感じるんです。
「何も知らないヤツはダメだ」と言ったっておかしくないし‥‥。

[吉本]
そこを言ったらね、親父さん、お袋さん、親戚のおばさんの悪口を言うよりしかたがないみたいになっちゃうから言わないんです。
悪口は、言えば言いますし、密かに言ったりするんだけど(笑)、どう言ったらいいんでしょうね、ちょっとこれは俺らにはかなわないな、というところがあるんです。
それは非常に貴重で、決してあなどっちゃいけないです。
彼らは、うまいんですよ。
戦中から戦後しばらくは、全体でいえば食糧不足でした。
僕や弟は、食い盛りでしたから、なんとなくいつも空腹でした。
ですから、芋とか小麦粉とかが出れば、弟とふたりで、みんな遠慮なしに食っちゃってました。
そんなときに、親たちは、
「私らはそんなに食べられないから、 お前たち、食いな」
とか、そういうふうに言わない。
言わないで、そうしてる。
そういう芸当ができるわけですよ。
うまく僕らに食わせるんです。
僕らは平気で食ってましたが、あるときふと気がつく、ということがあるんですよ。
「あれ?」っと思って、
「うわー!」という感じでね。
「ああ、これは 子どもに食わせようと思ってるんだな」
と、あるとき突然わかりました。
そういう芸当は、なかなか知識人では、できないです。
これは「教わった」と言えることではないんだけど、親父やお袋さんからは、そういうことをずいぶん習った気がします。
ずっと真似しようと思ってきましたがいまでも、うまくできてないです。
逆に文句を(笑)、
「お前、少し遠慮しろ」とか言うぐらいなことはするんだけど、
「黙ってるけど黙ってるようなふりはしない」
とか、そういうことはなかなかできません。
(明日につづきます)

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