[糸井]
伸坊は、苦手なものはないの?

[南]
いや、オレは、ほら、こないだ、赤瀬川さんと3人で話したときにも言ったけどスカイダイビングなんて、絶対やりたくないね。

[糸井]
オレは、それは平気なんだよなぁ。

[南]
そんな、わざわざ高いところにのぼってさ、飛び降りるなんてのは。

[糸井]
高所恐怖症だっていう、わかりやすい話じゃないんだよね。

[南]
あの、それで思い出した話があるんだけど、オレが昔、マンションの4階に住んでたときにね隣のおばさんが「ピンポーン」ってやってきて、じぶんちのカギを子どもが持ってちゃって家に入れないって言うんだよ。



[糸井]
ああ、ありそうな話だね。

[南]
で、要するに、隣に住んでるオレに、ベランダ沿いに外から入って、カギを開けてくれって、こう言うんだよ。
ベランダ側のガラス戸は開いてるから、ひょいと手すりをまたいで外に一回出て、またまたいで入ってさ、座敷つっきって中から玄関開けてくださいと。

[糸井]
うん。

[南]
で、まぁ、いいですよって言って、それで、こうベランダ出たらさ、うちと、その隣の家の間には物置がふたつ、こう、続いてんです。



[糸井]
ふたつも。

[南]
ふたつも。あっちの物置とうちの物置。
ベランダの柵を越えて、外に出るのはまぁ簡単。
簡単つっても、危ないっていえば危ないよ、四階だから。
右隣だったらその簡単なの、ところが、左隣りは。ふたつ物置。
2メーター50くらいあったかなぁ。
もうちょっとあったかなぁ。
それね、あとから考えれば、
「これ、ちょっと無理です」っていう状態なの。

[糸井]
ふたつだからね。

[南]
ふたつだからさ。でも、なんかオレ、
「やんなきゃ」って思ったみたいで、それで、こう、行っちゃったんだよ。
柵の外側に出ちゃってさ、とりあえず。

[糸井]
おお。うん。

[南]
でね、物置のところってのはね、もう、つかむところがないんだよ、壁で。
ちょうどオレの顔くらいんとこに、鉄の「さん」みたいなのがある。
そのでっぱりを、こう、指先に力入れて、ぎゅうーってつかむしかないんだよ。
その幅がね、もう、数ミリ、1センチないの。

[糸井]
(笑)

[南]
パイプみたいにつかめるもんじゃないんだよ。
指先でマージャンパイつかむみたいにこーうやって、必死に両手でもう、すっごく、危ないのよ。



[糸井]
足は?

[南]
足もね、このぐらいなんだよ。
5センチないね、4センチぐらい。

[糸井]
つまり、靴が全部、収まんない。

[南]
いや、裸足、もう、つま先、つま先。
つま先でこうやって支えながら、手は、こう、マージャン、きゅうーって。
で、なんとか越えて、バッて柵つかんでとび越えてさぁ、玄関開けてあげたらさ、
「あ、どうもー」かなんか言われて、それで終わっちゃったんだよ。



[糸井]
(笑)

[南]
オレもさ、「ああ、どうも」なんつったけど、どえらいことをやったわけだよ!

[糸井]
ちなみにさ、そんとき、伸坊、どっからじぶんちに帰ったの?

[南]
え? いや、その、開けてあげたからさ、そこん家の、玄関から出て、じぶんちの入り口からこう。

[糸井]
なんだ、ふつうに帰ったんだ。

[南]
そいじゃあ、つってまたベランダから戻るの?
そんな、そこまで冒険家じゃないよ。

[糸井]
じゃなくてさ、そこで、伸坊んちの玄関にカギがかかってればいいなと思って。

[南]
ああ、なるほど(笑)。
じゃあ、隣の家の玄関から出て、じぶんちの玄関まで行ったけど入れなくて、しょうがないから隣んちの呼び鈴押して、
「すいません、あの、カギがかかってて」

[糸井]
そうそうそう(笑)。
ぜひかかっててほしかったな。

[南]
いや、あの、これ、本当の話だからさ。

[糸井]
それ、誰かに話すときには、オレ、かけちゃおうかな、カギ。

[南]
「それで、どうしたと思う、伸坊は。
 またベランダから戻ってっつうんだよ。
 バカだねーっ」て?

[糸井]
そうそう。
「そんときはもう、 怖くもなんともなかったんだって」

[一同]
(笑)



(まだまだ、つづきます)


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