[糸井]
赤瀬川さんの子ども時代の話だけどね。
線だった雨が、ジャンプした瞬間、ひとつひとつの雨粒に見えたっていう。

[南]
うん。



[糸井]
そもそものところでいうと、雨を線のようにとらえているっていうほうが間違ってるんだよね。

[南]
うん?



[糸井]
雨が線で見えてるっていうのは、錯覚なんですよね。
雨はもともと雨粒なんだよ。
きちんと見れば、というか、ちゃんと目で追えば。
だから、線がウソというか、思い込みというか、絵を描くときの都合みたいなもので。

[南]
ああ、うん、うん。



[糸井]
きっと、赤瀬川さんは絵を描く人だから、
「見る」ってことについての発達があって、雨を線で表現するっていう描き手の都合みたいなものを、目が許せなかったんじゃないかな。

[南]
うーん。

[糸井]
まぁ、くどくど言うようなことじゃないんだけどね(笑)。

[南]
でもさ。

[糸井]
うん。



[南]
でもさっていうのも、あれだけど、雨が線じゃないっていう話でいうと、あれだね、しょんべんは線じゃないんだよね。

[糸井]
お、おう。

[南]
絵の都合だよね、しょんべんも。

[糸井]
うん。線じゃないと思うよ。しょんべんも。

[南]
だけど、線でしょ。しょんべんは。

[一同]
(笑)

[糸井]
はははははは。



[南]
それでね、たしかに、線じゃなくて、粒なんだけどさ、しょんべんは。

[糸井]
雨が雨粒であるように。

[南]
雨が雨粒であるように(笑)。

[糸井]
雨が雨粒であるように、しょんべんも粒である。



[南]
だとするとね、たとえば、高圧電流が流れているところにね、しょんべんするとしたらさ。

[糸井]
うん、うん、うん。

[南]
どうも感電しそうな気がするけど、どうか。

[糸井]
はははははは。うん。

[南]
だけど、あれは、こう、写真に撮ったりするとわかるんだけど、ポツンポツンポツンと粒になってるんだよ。
だから「高圧電流にしょんべんしても大丈夫だ」
ということになるんだけれども、‥‥ほんとにできるか?

[一同]
(笑)



[南]
ほんとにするのはヤだよな。
高圧電流が、こう、粒と粒のあいだを、渡ってくるかもしれない(笑)。

[糸井]
それでいうとね、オレが昔から考えるのは、振り子の法則のことでね。

[南]
うん。

[糸井]
振り子っていうのは、力を加えない限り、ある一定の振れ幅が広くなることはない。

[南]
そうだね。

[糸井]
けどね。

[南]
うん(笑)。

[糸井]
振り子に、鋭利な刃物をくっつけておいてだな、その、ギロチン的なでっかい刃物をさ。
それがこっちに迫ってくるような位置に自分が立つとして。

[南]
はい、はい(笑)。

[糸井]
ここからこっちには振り子はこないよ、というギリギリの場所に‥‥平気で立てるか?

[南]
立ちたくないねぇ(笑)。

[糸井]
そういうことだよね。
なんか、そういうことを、誰か、昔のえらい科学の人とかが、やったんじゃなかったっけ?
で、どうなったんだっけ?

[南]
いや、知らないよ。



(なにがなんだか。つづきます)


前へ 次へ
目次へ    
友だちに教える
感想を送る
書籍版「黄昏」
ほぼ日のTOPへ