[糸井]
食べ物のことを話すときにすごく真剣になるっていうのは、うちの奥さんもそうかもしれない。
あの、うちは、だいたい奥さんが料理をつくって、それをふたりで食べるんですけどね。
[南]
うん。
[糸井]
たまにね、なにかもう一品つくってたはずなのに、食卓にその料理が見あたらないぞ、っていうケースがあるの。
[南]
ほぅ。
[糸井]
「あれ? たしか、もうひとつあったような」
と思って、ふと奥さんを見ると、たいてい、すごく険しい顔をしている。
いまはもう理由がわかってるからわざわざ訊かないんだけどね、昔、わかってなかった時代のオレは、愚かにも訊いたりしたわけだよ。
「あのー‥‥あれは?」って。
すると、険しい顔をした人は、ぴしゃっと言うわけ。
「失敗したから」。
[南]
ははははは、それは訊いちゃダメだね。
[糸井]
あるいは、1回、皿に出した料理を自分で食べたあとで、またちょっと険しい顔をして、
「つくりなおす」と言って台所に引っ込む。
[南]
厳しいね。
[糸井]
納得がいかない、というときがあるんだ。
年に1回か2回くらいなんだけど。
そんときはねぇ、正直、怖いんだよ。
[南]
はははははは。
[糸井]
過去、いちばんすごかったのは、
「食べに行こう」っていうときがあって。
[南]
ああー、つくったのに(笑)。
[糸井]
さぁ、夕食だっていうときに、
「食べに行こう」って言い出したときはね、オレは、ことさらに機嫌よく振る舞ったね。
「ああ、なにがいいかなぁ!」
なんつって(笑)。
[南]
ははははは。
[糸井]
このあいだ、テレビの番組でかみさんが、
「夫婦でなかよくやっていく 秘訣はなんですか?」みたいな、ありがちなことを訊かれてたんだけどね。
[南]
うん。
[糸井]
そのときのかみさんの答えは、
「ふたりで食事とか行ったときに、 一切、ほかの話をしないで、 食べ物のことだけを話せるのは、 すごくいい」と。
[南]
似た者夫婦だね。
[糸井]
そうかもしれない。
ちなみに、食べ物のことだけを話しながら食事をすることを、うちでは「純食事」と呼んでる。
[南]
いいね(笑)。
[糸井]
すごく仲のいい友だちと食事に行っても、その食事についてだけ話すっていうのは、まずできないんですよ。
[南]
うん、うん。
[糸井]
ぼくらは、外で夫婦で食事するときは、だいたい食事のことだけ、話してる。
[南]
そのほうがおいしいんでしょ。
[糸井]
おいしい。
[南]
友だちどうしで食事なんかすると、たいてい、どこかで食事以外の話がすごくおもしろくなっちゃったりしてさ。
[糸井]
そうそう、ダメダメ。
[南]
せっかくおいしいもの食べてるときに、おもしろい話するとダメ。
[糸井]
ダメダメ。
その意味ではやっぱり、夫婦以外で純食事はありえないんですよ。
[南]
そうだね。
食べ物の話だけするっていうのは、かなり難しいよ。
[糸井]
こう、食べながらね、
「さっきのヒラメもおいしかったね」
って言うと、
「ああー、あのヒラメはよかった」みたいな。
[南]
それはでも、正しいと思うよ。
「おいしい」とか、
「おいしかった」とか言いながら食べると、おいしいんだよね。
[糸井]
おいしい。
おいしい、おいしい。
いやー、純食事はいいですよ。
[南]
純食事ね。
[糸井]
うん。
あの、どれだけ仲がよくてもさ、その先に、
「会話をする必要がないほどの関係」
っていうところまでは、いかないじゃない。
[南]
そうだね。
[糸井]
オレと伸坊、仲がいいいよね、いつも黙ってるもんね、って言ったらさ、おかしいだろ、それは。
[南]
はははははは。
こんだけしゃべってるくらいだから、純食事は無理だねぇ。
[糸井]
無理だねぇ(笑)。
(さて。次回、最終回です)
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