HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
ひとのしあわせを読む仕事。
手相観 日笠雅水さん
第8回 不幸になりたい人なんていないから、幸せというものを、ちゃんと探すお手伝いを。
糸井 マーコは手を“読む”って言ったけれど、
みんな本当はそういう、
なにかを読む仕事をしてるんだね。
日笠 うん、そうですね。それぞれの人がね。
本当にそれぞれの人がみんなそう。
 
糸井 編集者は編集者で、
この作家がどういうことを狙っているとか‥‥
日笠 うん、引き出してあげたりとかね。
糸井 それはそれで「読む」だし、
「伝える」だし、
タクシーの運転手だってそうだし。
日笠 うん、そうです。本当そう。
糸井 マーコのとこに来るのは、
マーコのとこに来る種類の
“何かを読まれたい人”が来て。
日笠 うん、まあね。
糸井 1人40分という時間は自分で考えたの?
日笠 最初1時間だったんです。
ところが予約が多すぎちゃって、
40分で十分だな、と、
あるとき思ったんですね。
40分あれば十分だと。
糸井 それ以上だと迷わせたりしちゃうでしょうね。
日笠 1時間ならもっとたっぷり
いろんなセッションができて、
おもしろがって帰っていただけるとは思うんですよ。
だけど、それをすると
ちょっと疲れちゃうかもしれないですね、私が。
だから、40分っていう時間にも
すごく守られてる。
糸井 それはでも、きっと自分で
流れから発見した時間なんだろうね。
日笠 そうですね、うん。
糸井 小学校の授業と同じくらいだね。
1日何人会うの?
日笠 いまは、6人です。
本当はもっともっと数を見て、
お休みも取らないで
やってかなきゃとは思うんですよ。
みんな予約の電話をするそのときが
相談したいときですから、
それから観るまでに
ずいぶん時間がかかるっていうのもあれだから、
もっと一生懸命、新宿の母のように、
今日観てほしい人を今日観る、って、
本当はそうしてったほうが
いいのかなと思うんだけど、
でも、やっぱり40分きちんと対面して、
その人の小説をちゃんと隅々
読ませていただくっていうのは、
私がすごく弱いから、
今はもう6人が限界になっちゃってるんですね。
糸井 でも6人、大変なことだよね、思えば。
俺にはできないな。
日笠 そうですかね。
糸井 うん。僕は、マーコが言ってる以上に
読みたくない小説は読みたくない人だから。
「そういうこと書いてあるんでしょう」つって
おしまいにしたいですね(笑)。
やっぱりまだ、
まだ生意気が残ってるんだろうね、
きっと。
日笠 読まないでも、
例えば小説でも「相」(そう)が
あるじゃないですか。不思議に本って装丁とか、
何かやっぱり相って
感じるものがありますよね。
糸井 あ、「相」ね。
日笠 そう。タイトルだったりとか、
何かパラパラと目次だけ見せてもらうだけでも、
いろんな気配を感じるじゃないですか。
糸井さんは、そういう気配を感じて、
読まなくても
アドバイスができる人だと思うんです。
糸井 ジャケット買いね(笑)。
日笠 そう、ジャケット買いでも何かで何となく。
糸井 ジャケットはジャケットでも
その人の言いたいことだからね、
出ちゃいますよね。
日笠 そう。やっぱりタイトルとか、
ちょっと2、3行読むと
言葉遣いとか何かでわかるとか、
どうしてこの書体使うかなってところで、
なんで校正のとき直さなかったのかってことでも
わかることってあるじゃないですか。
直せるのに、なんでこの書体でいっちゃったのって。
そういうのって、人も同じです。
だから、読まなくても感じ取って言える。
糸井さんはそれが果たせる人ですよ。
いろんな人、観てるけど
私は糸井さんを褒めますよ。
すっごく優秀です。本当に。
糸井 ヘヘヘヘ。
日笠 本当に、本当に。
その軽い笑いがいいですね、謙虚で。
本当にものすごく優秀です。ものすごく。
私は本当にたくさん見てきました、何万人も。
糸井 それは(忌野)清志郎君の歌と同じで、
悲しみの分量が多いんだよ。
日笠 うん、それはそうかもしれないですね。
糸井 しょうがないのよ、それは。
くらやみで五感がとぎすまされるのと
同じようなことですから。
日笠 だけど、今、
その悲しみの分量が多かったことも
喜びに変えられてるじゃないですか。
そこがすごいとこですよ。
それは、だから今がどうかってことで、
いろんなことはあるかもしれないけど、
清志郎さんがすごいのも、
糸井さんがすごいのも、
そこがほかの人と違うところは、
2人とも本当に幸せを得た──、
幸せになれた人なんですよ。
糸井 うん。清志郎君はずっと
歌を追っかけていったら、
どうなりたかったかわかるもんね。
幸せになりたかったんですよね、とても。
日笠 うん。幸せになれたんですよ。
すごく今‥‥
幸せになれたの、本当に。
糸井 それはちゃんと探してたからですよね。
日笠 うん。で、本当に、うん、本当にそう。
もう私、あの人のコンサートを
客席見てるのも大好きなんです。
もう本当に人に幸せ──
あんなに気弱さも持っている人で、
手相なんか薄いんですよ。
だけど、本当に、本当に、
人を幸せにする力が
もう半端じゃなく強い。
糸井 いや、本人が持ってるものじゃないものの
分量がものすごいですよね。
日笠 だから、何が成功かっていうと、
日々わりと機嫌よくいられて、
機嫌が悪いときにも客観的にそう思えて、
でも自分がやっぱり無意識に無自覚に
幸せだなと思えてて、
作品とか発言とか行動に幸せがにじみ出て、
それを人におすそ分けできるっていうのが
最高の、やっぱり一番カッコいい‥‥
一番、カッコいいことです。
幸せになれた人が成功者ですよ。
力を持った人はそれをやっぱり
おすそ分けしていかなきゃいけないものだと
思ってるし、
人様におすそ分けさせていただくのが
仕事だと思うし、天命天職だと思うんですよ。
だから、幸せのおすそ分けだったりとか、
自分の知識のおすそ分けとか、
ペットシッターの才能がある人が
ペットシッターになり、
それもおすそ分けだと思うし。
糸井 どこかで自分に余裕が出た人しか、
何かってできないんです。
だから極端に言うと、
子どもは虐げられてるってことについて
反対する運動を子どもはできないんです。
日笠 そうです。本当にそう。
できないですね。
自分のことしか見えてない人が
大半なわけだし。
あと、人間関係で窮屈になって、
私がこう言ったらこうなんじゃないかとかって
いうのがすごく多いから、
そういう客観視っていうのがやっぱりないと。
糸井 「幸せ」って言葉がものすごく出るね、
マーコの中に。
日笠 だって糸井さんは幸せな人ですもの。
私も、自分で幸せだなと思ってるし。
思おうとしてるんじゃなくて、
どう考えても幸せですものって思うと、
ああ幸せだなあって。
私、本当に能天気で幸せですもの。
糸井 そして、マーコは、幸せって言葉と
毎日馴染みのある人生を送ってるわけだよね。
さっきほら、次々に「幸せじゃない」
っていう人しか来ないって。
それで、幸せってことについて
考えざるを得なくなるよね。
 
日笠 「だって幸せだと思えば、
 いくらだって幸せじゃない」ってことを
言わせてもらうわけですよね。
「もう私は何もいいことないんです」
って言う人もいるんですよ。だから、
「何もいいことないって、
 今日全然歩いてくるとき足痛かった?」とか、
「電車代気にした?」とか何でもいいけど、
何か幸せだと思えば、
「ああ、本当だ、すごい幸せだったんだ」
ってみんな気がつく。
それで帰るときには、茶化してるわけです。
「『私なんか何もいいことがないんです』
 なんて、30分前は言ってたよね〜!」
「大変だったの、さっきまで!」みたいな。
「そうですよね。ああだったから、
 あんな悩みばっかり、ああ、そうか!」
って言って帰っていくわけです。
糸井 確かに今の時代、
そういう友達はいないわな、
友達とそんな話、して、
そんなふうになることはないわな。
日笠 うん。
糸井 「わかる」つっておしまいになるよね。
日笠 そうですね。「わかる、わかる」って言うけど、
あとノリの話で終わっちゃうから
本当の話ができない。
あとは、悲しみに対しても何にしても、
40分しか時間がないから真正面ですし、
あとはもう手相にはメイクも何もできないから
丸裸見せてる感じになるわけです。
だから、私の前で、みんな
「でも、でも」とか「だけど」って言いながらも、
全部その「だけど」を含めて
素直な形で向かい合ってる。
あと、私、営業したこと一度もなくて、
みんな選んで来てくださるわけだから。
だから、
「私でいいんなら、私が言うことでいいんなら」
っていう感じで言わせてもらうわけだし、
何か言ってほしいと思ってくださって
来てくださる。
楽ですよね、すごく。
糸井 マーコが山奥で同じことやってても
来るだろうね、人は。
それは素晴らしいことですよね。
そうなりたいんだよ、みんな。
それはすごいことだよね。
日笠 やっぱり打ち解けて話したいし、
味方がほしいし、自分を客観視したいし、
幸せの手がかりがほしいし、
不幸になりたい人なんてひとりもいないんです。
 
(つづきます。)
2007-04-12-THU
Illustrated by 酒井うらら