2018年春の「やさしいタオル」で
いっしょに「ほぼ日」に登場した、
イラストレーターの大橋歩さんと陶芸作家の鹿児島睦さん。
「いちどもお会いしたことがない」
というふたりを引き合わせたくて、こんな機会をつくりました。
大先輩を前に最初は緊張していた鹿児島さんでしたが、
「おんなじだ!」「ぜんぜんちがう‥‥」という発見が、
どんどん距離をちぢめてゆきました。
雑談めいたぶぶんも含めて、そのようすを
全6回でおとどけします。
- 鹿児島さん、器の絵は、
どんなふうに描かれているんですか。
- 例えばこれは蝋抜きといって、
ろうけつ染めのような手法です。
粘土でつくり、乾かしたお皿に、
蝋と灯油を一緒に湯煎で溶かしたものを、
白地にするところに塗っていくんです。
- うん、うん。
- 呉須(ごす)の染付が大好きなんですけど、
本来の技法でやるとすごく下手で、
筆跡とか筆ムラが出ちゃうんですよ。
同じところ何回も塗ったりするので、
重なったところが濃くなってしまって。
それがなくなるようにと思って
蝋抜きをはじめました。
大きい刷毛でザーッと塗れば、
蝋をはじくところだけ呉須が入らないので。
- ああ、なるほど!
- フラットな色の面になるんです。
- 後は削るんですか。
- はい。ニードルで削っていきます。
傘の骨も使いますよ。
- 傘の骨?!
- はい、陶芸家の間では
傘の骨は割とポピュラーです。
先日イギリスのギャラリーで
デモンストレーションをしたときに、
これは傘の骨を使っていると言ったら、
すごく喜ばれました。
「フォックス*の骨がいちばんいいよ」
なんて言ったら、
「フォックスだって!」と
イギリス人たちがすごく喜んで。
*フォックス(FOX UMBRELLAS)は1868年創業の英国の傘ブランド。それまで鯨の骨を使っていた英国傘の世界に、スティールを使うという変革をもたらした。いまもロンドン郊外の工房で職人が手づくりしている。細身で重過ぎず、骨は8本。
- なるほど。
まだそんなに硬くないときに。
- そうです。
ぼくが使ってる土は結構鉄分が入っている土で、
焼くと赤茶色になるんですね。
その感じも好きなんですけれども、
色が綺麗に乗らないといけないので、
「白化粧」といって、
軟らかい粘土を一回お皿の形にしたら、
刷毛で白土を塗るんです。
そしてその後は蝋抜きをして
素焼きをすると、
蝋だけ燃えて飛んでなくなります。
その上から釉薬をかけると
綺麗に全体に薬がのります。
‥‥ということになりますが、
これは、けっして珍しい技術ではないんですよ。
- なるほど、そういうことなんですね。
- でも楽しいんです、蝋抜きって。
- あら、そうなんですか。
- 透明の蝋なので、
どこに塗ったかわからないんです。
ぼく、木版画の掘り残しが好きで、
どうなるかわからない部分が面白いんです。
ちょっと“汚し”みたいなことですが、
意図的にではなく、
自然に残っちゃったものが好きなんです。
- あんまり綺麗にぺターッとなるよりは、
そのほうが質感が出ますね。
ところで傘の骨を使うとおっしゃっていたけれど、
またそれとまた違うニードルみたいなものは?
- 歯医者さんや大工さんの道具を使っています。
太めの線ではっきり残したいところを、
敢えてちっちゃく探針で削っていくんです。
- すごい。
- そんな、すごくないんですよ。
原始人のようなことをやってると言われます。
- ──
- たしかに陶芸って原始人的かもしれないですね。
- そうだと思うんですよ。
しかも現代では、使いやすくて、
洗いやすくて、重ねられて、
電子レンジもオーブンも使える食器が
こんなにたくさん、安く手に入る時代に、
わざわざ手作業でこんなことやってるって、
もしかしてこれって不必要なものなのかも?
と思うことがあるんです。
- (きっぱりと)いえ、必要なものです。
完全に必要ですよ。
だって、わたし、
そういう食器は使いません(笑)。
- すごく嬉しいです。でも、
ほんとだったら、必要ないと思うんですよ。
- そんなことないです、そんなことないです。
(胸に手をあてて)ここ、の問題だから。
- ほんとうはぼくもそう思って作ってはいるんです。
でもやっぱりそういうふうに思い過ぎてしまうと、
やっぱりよくないんじゃないかなと‥‥。
つまり「作品」になっちゃったらいけない、
と思っていて。
- ああ! それはね、わかる気がする。
- 「作品」というのは
やっぱり自分の言いたいこととか、
考えてることとか、
訴えたいことを表現するものだと思っていて。
けれども人にゆだねてしまう「器」という
前提がある以上は、
自分の主義とか主張とか要らない、
そう思っているんです。
自分の主義とか主張じゃなくて、用途があって、
使われる方の自由にしていいものですから、
自分の主義とか主張は要らないと。
- いえ。
たぶん、鹿児島さんのつくるものは、
器というよりは、もっと違うところで
「欲しい」という気持ちがある方が
求めてらっしゃるんだと思うんですよ。
- はい。
- たとえばパーティーのときに
とっておきでこのお皿を出したら、
その場がすごくいい雰囲気になるという役割を
ちゃんと持っている。
人を気持ち豊かにする、幸せにするものです。
だから皆さん欲しくて、
たいへんなんじゃないかしら、
幸せになりたくて。
- そういうものにならなくちゃいけないと思って、
もちろん作ってはいるんですけれども。
‥‥でも、使い勝手とか考えてないんですよ。
- あら、そうですか!(笑)
- すごい矛盾してますよね。ごめんなさい。
- でも使いやすそうですよ。
- ──
- つまり「これはパン皿ですよ」
というふうには言わない、
というようなことですよね。
- 言わないです、言わないです。
何に使っていただいてもいいです。
- 限定されてはいないんですね。
- 「何に使ったらいいんですか?」
っていうのがいちばん困る質問です。
用途は限定していないですよ、
と答えていますけれど。
- 大橋
- 鹿児島さんは実際の生活のなかで形がある、
言ってみれば生活の道具みたいなことで
お作りになっているけど、
そこのところにプラスして、
鹿児島さんじゃなきゃならないというようなものを
乗せてらっしゃる。それが「作品」なんです。
どこにでもあるようなものじゃないものを
求めてらっしゃる方のところに行くでしょうから、
きっと皆さんとても幸せに思ってらっしゃるし、
いろんな使い方をなさっているでしょうね。
どんなふうに使われているのか、
一度見てみたいくらいですよね。
- 鹿児島
- はい、どうなんでしょうね。
- 大橋
- 例えば昔よくあったのだけれど、
お皿を壁に飾るようなこと、
ああなっていたらどうなんですか、お気持ちは。
- 鹿児島
- ぼく、ほんとは使って頂きたくて作っているので、
飾られちゃうと、ちょっとだけ
寂しい気もしていたんです。
けれども、アメリカとかヨーロッパの方たちは、
圧倒的に壁に貼られるんですよ。
そしてスペシャルなお友達が来る日だとか、
子供がようやくちゃんと行儀よく
食事ができるようになったから、というときに
「マコトのお皿を壁から外して、
ディナーだよってちゃんとセッティングして
ご飯を食べたよ」
なんて話をしてくれたりする。
それはちょっと嬉しいなと思います。
それに、飾りますっておっしゃる方には、
使って欲しいなと思っていたんですけど、
「毎朝おはようって言ってるよ」
って言われると‥‥。
- ──
- きっと嬉しいでしょうね。
- 鹿児島
- そうなんですよ。
それも使い方の一つかと思っています。
誰かに自慢するとか、見せるためじゃなく、
自分のためになんかやってますって
言ってくださる方は
「うわ、嬉しいな」と思います。
- 大橋
- ああ、なるほど。
- 鹿児島
- なんか不思議な感じがするんですけどね。
器の形なので、壁に飾られると。
- ──
- 飾るまででなくても、食器棚にしまわずに
見えるところに置いておくのもいいでしょうし、
毎日鍵を置く場所としてでもいいから、
なにか目的を持って
一緒に暮らすと楽しいだろうなと思います。
鹿児島さんの器って。
(つづきます)
大橋歩さんと鹿児島睦さんと
いっしょにつくった「やさしいタオル」は、
こちらでごらんいただけます。
©HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN