俳優の言葉。 001 本木雅弘 篇

ほぼ日刊イトイ新聞

俳優の言葉は編集しにくい。扱いづらい。
きれいに整えられてしまうのを、
拒むようなところがある。語尾でさえも。
こちらの思惑どおりにならないし、
力ずくで曲げれば、
顔が、たちどころに、消え失せる。
ごつごつしていて、赤く熱を帯びている。
それが矛盾をおそれず、誤解もおそれず、
失速もせずに、心にとどいてくる。
声や、目や、身振りや、沈黙を使って、
小説家とは違う方法で、
物語を紡いできたプロフェッショナル。
そんな俳優たちの「言葉」を、
少しずつ、お届けしていこうと思います。
不定期連載、担当は「ほぼ日」奥野です。

> 本木雅弘さんのプロフィール

本木雅弘(もとき・まさひろ)

1965年12月21日生まれ。いて座。

第3回 その人が透けて見えるとき。

──
ニセモノ感‥‥を抱きながら、
得体の知れない「役者」という仕事や、
「演技」という営みを、
今日まで続けてこられた本木さんは、
他方で、数多くの
映画の賞に輝いているわけですよね。

ご自身の意識とは裏腹に、
役者として評価されていることについては、
どう思われますか。
本木
ん~、役者としては置いておいて‥‥ん~、
言われるほど
アーティスティックじゃあないし、
特段エロくもないし、
パフォーマーってほど器用でもない‥‥。
いや、本当に恥ずかしいことに、
シェイクスピアの台詞を、
ひとつだって、
最後まで諳んじることもできないです。

そんな自分って何なんだと思いますね。
どんなふうに映ってます、私?
──
あの‥‥。
本木
真面目でストイックで誠実で‥‥とかって、
見られがちだけれど‥‥。
──
自分は、役者だとか演技ということについて、
まったくの素人で、
ただの「観ている側の人間」ですけど、
本木さんが出てくる物語には、
すごく悪いことは起こらない気がするんです。
本木
えっと、ごめんなさい、どういう意味?
──
たとえば『永い言い訳』のシリアスな場面でも、
それが素の、本来の本木さんなのかは
わからないんですけど、
テレビで知ってる「モックン」の、
ちょっとオチャメで陽気そうなキャラクターが、
ところどころに見える気がして。
本木
ああ、そうなんだ。
──
はい、役者として演技されてるんだけど、
「今のモックン、素なんじゃない?」
みたいなシーンが、
どの映画にもかならずある気がして、
そのことが、
観ている僕らを安心させる‥‥というか。

ご本人の意識と、ちがったらすみません。
本木
ん? 隙があるってこと?(笑)
いや、でもたしかに、役者の「技術」だけが、
人を感動させるわけじゃないとは思います。

その人の生身の部分が不意に透けて見えたら、
惹きつけられちゃうこと、ありますから。
──
はい。その人であることに感動すると言うか。
本木
うん、あくまでも演技を通じて、
役を通じてですけど、
ひとりの青年なり、女の子なり、老人なりが、
与えられた役に向き合っている姿、
格闘しているようす、
その真剣な、時に「いたいけ」な姿が、
その人、実像のドキュメンタリーかのように
迫ってくることって、ありますものね。
──
すごくわかります。
僕らは「その人」に触れたときに、感動する。
本木
だから、そういう意味で言うと、
演じるために、
ただ積み上げてきたものによって、
身に付くような何かとはちがうところに、
あるのかもしれないなあ。

人の心を動かすもの‥‥っていうのは。
──
そう思われますか。
本木
何て言ったらいいのか、
もう少し突拍子もないもの、じゃないかな。
──
突拍子。
本木
監督やスタッフ、作品そのものとの
出会いの偶然性だとか、
時代との相性、
役者同士、人間同士の周波数の組み合わせ、
そこに生まれる関係性の善し悪し、
そんな、うーん‥‥得体の知れない何か。
──
やっぱり、得体は知れないんですね。
本木
だから、逃げているわけじゃないけど、
ある意味では、前もって
追求のしようがないかなとも思います。
──
演ずる、ということは。
本木
そう。
──
先ほどの、その人自身が透けて見えたときに、
僕たちは感動するのかもというお話、
突然ですけど、昨晩、
本木さんと「同期」デビューの
中森明菜さんのディナーショーに行きまして。
本木
ええっ!? ほんと?(笑)
それ、すごく貴重なチケットじゃないの?
──
そうですね、お値段も高かったですけど、
がんばってゲットしました。

で、ショーでは、まずは新しい曲を数曲歌って、
次に80年代のディスコチューン、
ユーリズミックスの「SWEET DREAMS」とか、
ショッキング・ブルーの「VENUS」を歌って、
最後に、みなさんお待ちかね、
「Desire」ですとか「ミ・アモーレ」ですとか、
持ち歌のメドレーを歌ったんです。

で、自分も、それを見たくて行ったんです。
本木
うん。聴きたいよね。
──
だけど、終わったあとに、
何がいちばんよかったかなあって考えたら、
80年代の曲だと思いました。

で、そう思ったのは、たぶん、
ご本人が、
いちばん楽しそうに歌って踊っていたのが、
80年代の曲だったからなんです。
本木
ああ、好きだったんでしょうねえ。
──
そうなんです。

本当に、うれしそうに楽しそうに歌ってて、
当時、好きで聞いていた曲なんだろうな、
ということが伝わってきて、
そこに、その人自身を見たような気がして。
本木
うん、うん。
──
なので、先ほどの話にすごく納得したんです。

役者さんの演技を見ているんだけど、
そこに、その人がにじみ出てくるようなとき、
僕らの心は動くのかもしれないです。
本木
だから、これ、極端なこと言っちゃうと‥‥、
結局、人間として、
どう魅力的であるかが問われてるんですかね?
──
ああ、なるほど。
本木
それは、容姿だとか人間性とかだけじゃなく、
危うさだとか、意外性、欠点すら‥‥
たとえばさ、はっきり言って
ふだんのルックスは冴えないんだけど、
ステージで唄ったり楽器を弾き出すと、
ものすごくかっこよく見えるミュージシャン、
たくさん、いるじゃないですか。
──
ええ、ええ。
本木
あれ、もちろん「技術力」ではあるけれども、
意外性の魅力でしょ。

役者でも、
最悪にネガティブな役のお芝居しているのに、
妙に惹かれるとか、
「ああ、この人が出てくると、
 やっぱり画面がピシッと締まるなあ」とか、
どれも、魅力への評価で。
──
はい。
本木
あるいは逆に、
「この人、すごく上手なんだけど華がない」
──
単に「技術」ばかり達者になっちゃったら、
逆に「華がない」と‥‥。
本木
うん、ものすごく残酷な言いかただけど、
それって、絶対ありますよね。

だから、これは逃げ口上ですけど、
私はまず上手くならないように、
不器用をキープしてますもん(笑)。

<つづきます>

2018-03-25-SUN

写真:池田晶紀