── |
そもそも、ユーコン準州のなかの
カスカの人たちの居住区にたどり着くのも
大変そうだと思うのですが。
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山口 |
実際、超大変でした。
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カスカの伝統的な生活領域、リアド川流域。 写真提供:山口未花子 |
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── |
そのへん、おもしろそうな気配が。
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山口 |
まあ、いろいろあったんですが‥‥
カスカの人たちの調査の許可をもらうのに
「丸1年」かかったりとか。
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── |
そんなに。
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山口 |
カスカの人たちのことについては
1950年くらいに
論文が1本、書かれているきりなんです。
つまり、ほとんど調査されていなくて。
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── |
なるほど、たどるべき「先人の足跡」が
ほぼなかったわけですね。
でも、研究者としては胸が高まりますね。
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山口 |
先住民の研究で調査に入るためには
カナダ政府の許可と、
先住民の自治政府の許可が、要るんです。
カナダ政府の許可はすぐ下りたんですが
自治政府の許可というのが‥‥。
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── |
なかなか、ゆるしてもらえなかった?
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山口 |
いえ、そういうわけではないんですが
とにかく「連絡が取れない」。
自治政府に電話やファックス、手紙などで
コンタクトを取ろうとしたんですが
もう、一向に返事が返ってこないんですよ。
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── |
ははあ。
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山口 |
しかたがないので
ユーコン準州の州都ホワイト・ホースから
車で「丸2日」ほど
砂利道を走ったところに住んでいるチーフに
会いに行ったんですが
着いたら「こっちじゃないよ」と言われ。
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── |
丸2日もかけて行ったのに。
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山口 |
そう、で、また丸2日かけて帰るのか‥‥と
がっかりして帰途についたら
ハンドル操作を誤って
運転してる車が逆さまにひっくり返りました。
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ロード・ムービーのような展開。 写真提供:山口未花子 |
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── |
え‥‥よくぞ、ご無事で。
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山口 |
谷に落ちそうになってハンドルを切ったら
反対側に口を開けていた
すり鉢状の大きな穴ぼこに転落しちゃって、
「ぐるーん、ポテ」みたいな感じで。
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── |
車の上下が逆さまに?
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山口 |
幸い怪我はなかったんですが、
「ふりだしに戻る」みたいな気分になって
すごくショックでした。
でも、気を取り直して、
もう一方のチーフのもとへ向かったんです。
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── |
車がひっくり返っても、めげずに。
すごいですね‥‥。
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山口 |
ようやく全体を統括するチーフのところに
たどり着いたら
「ハンティングに行っていて不在」と。
彼は、
そのまま1週間ほど帰ってきませんでした。
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── |
現代の日本人にとっては
あらためて、ものすごい時間軸ですね(笑)。
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山口 |
待って待って、1週間後にようやく会えて、
「わたしは日本の学生で、
動物のことや、
狩猟採集民の暮らしに興味があって、
だから、
カスカの調査をしたいんです!」
と訴えたら
「え、いいよ」とあっさり許可が出ました。
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── |
あははは、即答で(笑)。
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山口 |
でも、そのあとに
「んー、いちおう会議にかけようかなあ。
2週間後に連絡するから」
と言われたので、
正式の許可をもらえるまでには
さらに2週間、待つことになりました。
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── |
一抹の不安がよぎりますね。
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山口 |
案の定、2週間経っても連絡は来ませんでした。
で、しつこく自治政府に電話をかけて
ようやくつかまえて
「すみません、ちょっと前に
調査のお願いをした日本人なんですけど」
と言ったら
「ああ、君か。
そういえばオッケーって言ってたよ」と。
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── |
のん気‥‥。
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山口 |
そうなんです! こっちは必死なのに。
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── |
ちなみに、山口さんが弟子入りしたという
「インディアンの古老」って、
どういう人だったんですか、年齢とか。
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山口 |
フレディさんといって、
もう80歳を超えているおじいちゃんで、
ほとんど最後の
「本物の狩猟採集民」です。
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── |
最後の、本物の。
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山口 |
「本物の」というのは、
つまり、伝統的なカスカの猟師には
メディシン・アニマルと言って
自分を守ってくれる「守護霊」のような動物が
それぞれについてるんですが
そのメディシン・アニマルとも通じ合えたり。
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── |
話ができる?
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山口 |
そうです。はっきりそう言ってます。
他にも、どの種類の動物でも
獲って、解体して、皮をなめすことができて、
植物についても詳しい知識があって
湧き水の場所も知っていて、
森のなかにいても、絶対に迷わない。
つまり、
一年を通じて「どこで何をすればいいか」が
ぜんぶ、わかっている人です。
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── |
森のなかのスーパーマンですね。
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山口 |
フレディさんより下の世代の人たちになると
学校で合理的な考えを学んでいるし、
なにより
「ヘラジカは扱えるけど、ビーバーは無理」
とか、そういう人が多くなってきます。
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── |
その意味で「最後の、本物の」であると。
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山口 |
かっこいいですよ、ほんと。
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── |
本日、山口さんのお話を聞いていたら
「動物のことを通じて
人間のことを理解する」のって
たとえば
現代日本でも当てはまるような気がしました。
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山口 |
そうでしょうね。
人間が動物と関わって生きてきたこと自体は
何万年も昔から変わっていませんから。
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── |
はい。
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山口 |
長く狩猟採集民として生きてきた人類の
記憶やふるまいは
現代のわたしたちにも染み付いているはずだし、
それを、
まだ目に見えるかたちで残しているのが
伝統的なカスカの人たちです。
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── |
ええ。
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山口 |
歴史とともに
そういう記憶やふるまいも上書きされて、
わたしたちは今、
文明に囲まれて暮らしていますけど、
その奥底には
「動物に対する興味や関心」が
誰にでも、備わっていると思うんです。
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── |
たしかに、子どものころって
たいがい「動物が好き」と言いますか、
いまは「虫嫌い」でも
「幼いころから、まったく動物に無関心」
みたいな人って、あまりいなさそう。
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山口 |
いまだに動物と密接な暮らしをしている
カスカの人たちでもなければ
動物と無関係にだって生きていけるはずなのに
「イヌが大好き、ネコってかわいい!」
みたいな気持ちが、
人間のなかに、どうしても湧いてくるのには
それなりの理由があると思うんです。
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── |
動物をモチーフにした絵とか商品なんかも
見渡せば、たくさんありますしね。
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山口 |
だから、わたしたちにとって
それほど密接な存在である動物を知ることは
自分自身を知るためにも
役に立つんじゃないかと思って、やってます。
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── |
あと、カスカの人たちは
仕留めた動物を残らず利用して無駄にしない、
ということを聞いて
こう言ったら変かもしれませんが
なんだか「気持ちのいい感覚」がありました。
自分が、ふだんから
ものを大事にしない生活をしているからかも
しれないんですけど。
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山口 |
肉を取るためにでも、毛皮を使うためにでも、
カスカの人たちは
なるべく苦しまないように一発で仕留めます。
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── |
そこでも「無駄に」は苦しませないで。
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山口 |
そうやって、フレディさんたちが
動物たちと「いい関係」を築いてきた上での、
肉であり、毛皮なんです。
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── |
なるほど。
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山口 |
最初にも言いましたけど
「ありがとう」のいう関係性のなかでの
おいしさであり、あたたかさ。
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── |
山口さんが、いちばん好きな動物って何ですか?
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山口 |
いや‥‥だから、それが
昔からずっと決められないでいるんです(笑)。
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── |
あ、そうなんですか(笑)。
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山口 |
学生のころに「調査動物」を決めるだけでも、
さんざん迷いまくりましたから。
シカもいいけど、ウサギもいいなあ、
モモンガとかにも、だいぶ惹かれて‥‥。
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── |
そうなんですね(笑)。
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山口 |
だからわたし‥‥取り憑かれていると思う。
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── |
え、動物に?
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山口 |
そう。カスカの人たちと同じように、
きっと、ずっと抜け出せないと思うんです。
動物が大好きだっていうことから、ずっと。 |
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