── |
山口さんは
カスカというカナダ先住民の居住区に
単身で入っていき、
インディアンの古老に弟子入りをして
修行していると聞きました。
|
山口 |
2005年から通いはじめたので
もう、足掛け9年くらいになりますね。
|
|
── |
何の修行をなさってるんですか?
|
山口 |
わたし、大学で文化人類学を教えてるんです。
とくに「狩猟採集民」について
いろいろと研究をしているんですが、
カナダ先住民族カスカって、
地球上に残る
ほとんど最後の狩猟採集民のひとつなんです。
|
── |
ははあ、最後の。
|
山口 |
文化人類学というのは
とうぜん「人類」についての学問なんですが、
わたしは、狩猟民たるカスカの
「動物との原初的な関わり」のなかから
人類のことがわかってくると思ったので‥‥。
|
── |
ええ。
|
山口 |
古老に「わたし、猟師になりたいんです!」
とお願いをしました。
|
── |
おお、古老に、猟師志願を。
|
山口 |
具体的には
ヘラジカやビーバーのハンティングだとか
獲物をナイフ一本で解体するしかた、
肉の処理のしかた、
皮をなめして
ミトンやモカシンをつくる方法、
その他にも、
動物に関する考えかたとか儀礼・物語‥‥。
|
── |
ようするに
「カスカの人たちの生きかた全般」を
学んでらっしゃる?
|
山口 |
そうですね、そうとも言えると思います。
古老が狩猟に出かけていくときには
同行させてもらい、
長いときには1ヶ月くらい、
森のなかの狩猟小屋に滞在したりして。
|
川のなかのヘラジカを狙う古老。写真提供:山口未花子 |
|
── |
小柄な女の人なのに‥‥と言ってしまうと
失礼だとは思うんですが、
でも、やっぱりすごいことですよね。
単純にデカそうですし、ヘラジカとか。
|
山口 |
シカの中で最大級ですから、
大きなもので、2メートル以上あります。
体重も「700キロ」とか。
|
── |
そんなのに立たれたら「壁」ですね。
|
山口 |
森のなかで出会ったら、怖いですよ。
|
── |
いろんなことを学ぶと思うのですが
たとえば、
どういうことが、おもしろいですか?
|
山口 |
やはり「食べる」こと、です。
|
|
── |
食べる。
|
山口 |
はい。
|
── |
つまり「人間が動物を食べる」ということ?
|
山口 |
そこが「人間と動物」の関係性のなかでも
もっともコアな部分だと思います。
たとえば、さっきの「ヘラジカ」なんかは
基本的には
まず「肉」が目当てで獲ってます、みんな。
皮をなめして服や小物を作ったり、
骨を道具に加工したり
毛皮を装飾品にしたりもするんですが、
まずは、お肉が目当て。
|
── |
まさしく、
お腹を満たす「獲物」としての、ヘラジカ。
|
山口 |
彼らは、ナイフ1本あれば、
あの巨体をおおまかに解体してしまいます。
で、肉や内臓はステーキみたいに焼いたり、
ゆでたりして食べるんですが、
肉の一部分は、
おばあちゃんたちが「干し肉」にします。
|
|
── |
保存食として。
|
山口 |
みんなの大好物なんですけど‥‥これです。
|
|
── |
わあ、干してる。
|
山口 |
伝統的なカスカの人たちって、
だいたい家に鍵をかけてないんですよ。
で、「誰々いるー?」みたいな感じで
人んちに入っていって、
たまたま留守で誰もいなくても、
この肉が干してあると
黙ってパクパク食べちゃうんです(笑)。
|
── |
へえ、おもしろいですね。
共有の財産、みたいな感じなんですか?
私有の意識が希薄というか。
|
山口 |
そういう感覚はあると思います、見てると。
|
── |
ちなみに
その「みんなが大好き」な「干し肉」って
おいしいんでしょうか、味的に。
|
山口 |
私は、すごくおいしいと思うんですけど、
白人の人のなかには
まったく食べられないって人もいました。
でも、そんなにクセはないんですけどね。
なんというか‥‥「強い肉」という感じ。
|
── |
はー‥‥ちなみにビーバーも食べる?
|
山口 |
食べます、食べます。
これなど「ビーバーのシッポ」ですけど
風味はヘラジカよりきついですね。
|
|
── |
おお、ビーバーのシッポが
食べやすそうな、ひとくちサイズに。
|
山口 |
ビーバーって、ある種の香木をかじるので
肉にも匂いがついちゃうんです。
で、あるとき、たまには気分を変えようと
カレー味にしてみたんですよ。
|
── |
カレー味の、ビーバーのシッポ?
|
山口 |
カスカの人たちも
よろこんでくれるかなあと思っていたら
「風味が飛んで
ビーバーの美味しさが損なわれてる!」
って怒られちゃいまして。
|
── |
お気に召さなかった‥‥んですね。
|
山口 |
あんなに毎日毎日ビーバー食べてるんだから
たまには
カレー味でもいいじゃんって思ったんですが、
なんか、それくらい好きみたい。
|
── |
でも、味の好みが合ってよかったですね。
ヘラジカの干し肉とかビーバーのシッポとか
カスカの食事が「おいしい」と思えて。
|
山口 |
私、好き嫌いがまったくないんですよ。
|
── |
なるほど‥‥現代に残る
ほとんど最後の狩猟採集民の暮らしに
すんなり順応できる素養があったと。
|
山口 |
その点は、どこへ行っても大丈夫だと思う。
|
── |
でも、現代ですから、
街へ出ればスーパーとかもありますよね?
|
山口 |
あります。若い世代は
お店で売っているビーフだとかポークを
買って食べていますが
狩猟採集民の暮らしを続けている古老は
基本的に
野生の肉を自分で獲って食べるんです。
|
── |
食べるだけで、売ったりはしない?
|
山口 |
彼らは、
野生からの恵みをお金に換えるってことは
絶対にしません。
|
|
── |
あ、そうなんですか。
|
山口 |
人に渡すとすれば、贈与か交換です。
でも、すごく気軽にプレゼントするんです。
肉の塊を、段ボール1箱くらい、ポンっと。
|
── |
お歳暮のハムのすごいのみたい。
|
山口 |
おそらく、彼らのなかでは
ヘラジカの肉を
「自然から一時的に手に入れている」
というような意識があって、
だからこそ、
お金に換えることを忌避するし、
分かちあうという発想にもなるんでしょう。
|
── |
そうか、そういう考えのもとだったら、
さっきの
「留守宅の干し肉を勝手に食べちゃう」
のも、わかる気がしますね。
じゃあ、無駄にしたりとかも、しない?
|
山口 |
しないですね、決して。
野生の肉は、干して保存食にしたり
プレゼントしたりして、
徹底的に消費し尽くしますし‥‥。
|
── |
ええ。
|
山口 |
皮や毛皮は、服や小物として利用します。
骨も皮なめしの道具にしたり、
煮込んでスープのエキスをとったり。
煮込んだあとのスカスカの骨だって
飼い犬にポイってあげたら
バリバリ噛み砕いて食べちゃいます。
700キロのヘラジカが、
本当に、あとになんにも残らないんです。
|
── |
そんなに徹底的に無駄にしないのには
動物に対する、
何かしら、カスカの人たちの気持ちが
あらわれているんですかね?
|
山口 |
感謝と愛着、リスペクトの気持ち。
彼らカスカの人たちは
感謝し愛着を持ち、リスペクトしながら
動物を食べているんです。 |
|
<つづきます> |