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── |
そもそも山口さんは「動物好きが嵩じて」
カスカの古老に
弟子入りを志願したとのことですが、
それって
ただの「動物好き」じゃないと思うのですが。
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山口 |
わたし‥‥ものごころついたときから
本当に、ものすごーく、
動物や虫や自然が大好きだったんです。
子どもには
めずらしいことじゃないと思うんですが、
わたしの場合は
その気持ちが、ずっと途切れなくて。
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── |
大人になっても。
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山口 |
はい。
京都で生まれ育ったんですが、
中学高校は、埼玉県の自由の森学園という、
ちょっと変わった‥‥というか
かなり勝手気ままな学校へ行きました。
おもしろくない授業には出席せず、
勉強なんかぜんぜんやらずに
近所の深い森のなかへ遊びに行ったり、
千葉のほうの海へ行って、
いろんな漂着物を拾って回ったりとか、
そんなことばかりしていて。
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── |
自由な青春時代を過ごされた、と。
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山口 |
ただ、生物の授業だけは大好きでした。
先生がおもしろかったんですけど
教科書を使わずに
野外に出て、虫や生き物を観察したり
物語や神話のような語りで
生物進化のことを、教えてくれたり。
だから大学へ進んで
生物を専攻したいなと思ったんですが
なにしろ中学高校6年間、
まったく勉強してなかったので‥‥。
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── |
ええ。
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山口 |
大学に入るのに「三浪」しちゃって。
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── |
ずいぶん‥‥努力されて。
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山口 |
やっぱり
「大学へ行くのには3年かかるんだな」
と思い知りました。
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── |
なるほど、身をもって学んだと(笑)。
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山口 |
高3のときセンター試験を受けたんですが、
数学が全問チンプンカンプンでした。
でも、推理で1問だけ解けたんです。
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── |
「推理で」(笑)。
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山口 |
「この、
Xの右上に数字の2がついてるのは
Xが2個ってことかな?」
みたいな感じで、推理が当たったんです。
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── |
おお、冴えてる(笑)。
でも、とにかく3年に渡る浪人生活の末、
大学に合格するわけですか。
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山口 |
はい、そのころになると
「動物のことが大好きだ」という気持ちも
さらに強まっていました。
で、1年生から研究室に押しかけたりとか、
やる気満々だったんです。
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── |
念願の生物学を勉強できると。
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山口 |
はい、実際、本当に楽しかったです。
野外に出て
思いっきり野生動物を観察したりだとか、
そういうことが、とっても。
でも‥‥論文を書くときに疑問が湧いて。
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── |
どんな?
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山口 |
当たりまえのことですが
「生物学」というのは「自然科学」です。
つまり、目の前にいる動物の実際の姿や、
自分の感じた感情などを
削ぎ落として、削ぎ落として、削ぎ落として、
数量化していかなければならない。
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── |
はい。
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山口 |
そうすることで、
「ウサギとは、こういう生態を持つ」という
普遍的な知識、
つまり、どこの誰でも参照することができて、
ウサギがウサギでいる限り、
世代を超えて
揺るぎのない真実にもなりうるんですが‥‥。
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── |
ええ。
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山口 |
いつからか、わたしは
その過程で「削ぎ落とされて」いった
「誤差」や「エラー」みたいなもののほうに
惹かれてるって感じたんです。
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── |
具体的には‥‥。
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山口 |
たとえば、
ウサギについてこぼれ落ちる話のなかには
さまざまなアクターが存在します。
猟師さんもいれば田畑を耕す農民もいるし、
土地の地主、
近所の集落に住んでいるだけの人‥‥とか。
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── |
なるほど。
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山口 |
で、彼らの語る「ウサギ」って、
人によって千差万別、ぜんぜん違うんです。
猟師にとっては「獲物」ですけど、
農民が語るウサギは
マメ科の作物とかを食べちゃう、悪いやつ。
「え、ウサギ研究してんの?
じゃあ捕まえちゃってよ」みたいな(笑)。
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── |
捕まえちゃってというのは「駆除して」と?
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山口 |
そうです。
そういう、
動物たちの「数量化できない側面」を
もっと知りたくなって、
他方で、これまで学部で学んできた
生物学的アプローチだと
わたしが動物と付き合っていく方法として
「ちょっと違うかも?」
と考えるようになって‥‥それで。
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── |
はい。
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山口 |
大学院の修士から、文化人類学のほうへ。
そこには
動物に関する宗教や神話もあれば、
いっしょに暮らしたり、かわいがったり、
食べたりすることを通じて
人間と動物がどのように関わっているか、
人間が動物をどう見てきたか‥‥。
つまり、動物のことを考えるときに、
他でもない自分たち人間が
重要な要素として、含まれていたんです。
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── |
動物が、静的な観察の対象ではなくて
「関わりあう相手」
「やりとりをする相手」になった。
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山口 |
うん、そうですね。
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── |
で、回り回ってカスカの古老に弟子入り。
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山口 |
はい(笑)。
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── |
どうやって溶け込んだんですか、はじめ?
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山口 |
うーん、いろいろあると思うんですけど、
ひとつには
わたしが「モンゴロイド」だったことが
大きかったかもしれません。
このちいさい日本人の女は
どっちかって言うと「自分たち側」だな、
と思ってもらえたというか。
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── |
カスカの人たちに?
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山口 |
つまり、どうしても
「白人ってさあ〜」みたいな思いとか愚痴が
あったりするんです、先住民には。
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── |
なるほど。
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山口 |
わたしには、そういう愚痴も言えるし、
身体がちっちゃくて、
話す英語もたどたどしくて、
穴の空いたシャツとジーパンで、
三つ編みの童顔で、子どもみたいだし‥‥。
いろんな意味で
「馴染みやすい奴だった」というのは
あるのかなと思います。
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── |
人懐っこい感じ、というか、
山口さんのキャラクターもありますよね。
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山口 |
はじめて入ったときは
28歳くらいだったと思うんですけど、
先住民の人たちには
伝統的に
「子どもはコミュニティーで育てる」
という感覚があるので
「ちゃんとごはん食べてるの?」
とか、
「着るものなかったらあげるよ」
とか、
みんな、何かと気にかけてくれたんです。
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── |
おお。
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山口 |
一般的に、北米では
人類学者が調査地へ入るときは
お金をはじめ、
何がしかの「対価」を支払うことが
ほとんどなんですけど
逆に、面倒を見てもらっちゃって(笑)。
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── |
いろんな意味で
カスカの人と目線が合ってたんでしょうね。
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山口 |
それは、そうかもしれません。
はじめはやっぱり、
とくに、おじいちゃんやおばあちゃんには
警戒されましたけど、
あのちっちゃい日本人の女、
どうも動物に興味があるとか言ってるぞと。
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動物の解体と加工に用いる道具。 写真提供:山口未花子 |
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── |
ええ。
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山口 |
カスカの人たちって、
何と言っても、動物のことがいちばん大事。
みんな本当に、動物が大好きなんです。
「オスのヘラジカは、
こういうときに、こんな行動をとるんだ」
みたいに
一日中、動物の話をしていられる人たちで。
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── |
あ、そこで「話が合った」んですね。
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山口 |
そうそう。
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── |
まさしく「ウマが合った」と。
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山口 |
そう、そうなんです(笑)。
ずっといっしょに、
飽きずに動物の話をしていられたんです。
「動物いいよね!」って感じで(笑)。
<つづきます> |