落語は最低限の教養である
- 糸井
- 太田さんも、そうとう落語を聞くと思うけど、
噺家でいうと、誰が好きなんですか?
- 太田
- うーん、ま、談志さんは好きですけど、
やっぱり、円生ですかね、僕は。
- 糸井
- なーるほどね。端正なほうにいくんだね。
- 太田
- そうですね。キチッとした、なんか、うん。
- 糸井
- 文楽は、どうですか?
- 太田
- いや、嫌いじゃないんですけど。
どっちかというと、
やっぱり円生が、僕のなかでは、
なんか、「あー、聞いた」っていう感じが。
- 糸井
- ああ、なるほどねえ。
すいません。何がなんだかわかりませんが。
- 糸井
- わかるようになるといいんだけどねえ。
子どもとかふつうの学生とかが、
「あ、円生ですか!」ってなる社会だったら
いいんだけどねー。
そう言わずに、
もうちょっとかみくだいてくださいよ。
- 糸井
- 円生は、入門という意味でもいいんです。
円生は、楷書なんです。あの、明朝体なんです。
‥‥と、言われましても。
- 糸井
- まあ、聞きなさい。教養だから。
ぼくも、子どものころは
円生がいちばん好きだったです。
なんといっても、女が色っぽいんですよね。
ちょっとね、エッチなんですよ、女が。
- 太田
- そうですね。
- 糸井
- で、それからいろいろ聞いたんだけど、
大人になると、けっきょく
ぼくは志ん朝さんに行ったんです。
- 太田
- あああ、そうですか。
- 糸井
- 落語をぜんぜん知らないうちの奥さんは、
文楽が好きなんですよ。
聞いて、「キレイ」って言うんですよ。
あの、文楽と円生って、なんて言うんだろう、
誤字脱字があったときには、
反省するタイプなんですよ。
たぶん太田君も、その系統なんです。
うわぁ、字、間違えてたーって、
後悔するようなタイプなんですよ。
で、とくに円生さんっていうのは、
お客がいないところでも
落語ができるタイプなんですよ。
だから、孤独な人なんですよ、たぶん。
象徴的な話としては、落語家さんだけど、
マンションに住んでたんですよね。
中野区かなんかの、
ぜんぜん落語家のいないような場所の、
マンションで近代的な暮らしをしてた。
で、ドラマなんかにも、
おじいさんの役で、そのまま出たりして。
「どこ行くんだい?」なんつって、
あの口調のまんまでね。
つまり、近代を上手に取り入れて、
ひとりで芸が完成しちゃう人なんですよ。
で、太田さんがそれを好きだっていうのを聞くと、
ああ、なるほどな、って思うんです(笑)。
- 太田
- (笑)
‥‥あの、ちょっと、もしもーし。
- 糸井
- で! 談志さんは、いわば、
エンサイクロペディアなんです!
ああ、始まってしまった‥‥。
- 糸井
- 談志さんは、ぜんっぶできて、
技術もぜんぶあって。
おまけに、自分のエンジンのスペックを
見せるようなことを、ときどきやる。つまり、
F1のエンジン積んだ落語とかをやるんですよ。
そうすると、お客が、談志さんのスピードに、
ついていかないときがあるんですよ。
しゃべり言葉なのに、
それを追っかけきれないんですよ。
ときどき談志さんはそうやって、
お客さんを振り落としてって、
「どうだ?」っていって笑って、
また、ダレた芸を混ぜていったりするんです。
だから、ものすごいんだけど、
隣に住むには困るんですよ。
で、これが円生さんだと、
隣に住んでみたくなるんです。
- 太田
- はいはい(笑)。
- 糸井
- それで、文楽さんっていうのは、
誤解されないように注意しながら言うけど、
それでも誤解されちゃうかもしれないけど、
うまくはなかった人が、
ほんっとに落語が好きで、愛して、
芸をずうっと磨いていったら、
こんなにキレイな玉ができましたよ、
みたいな人なんですよ。
- 太田
- ははぁ~。
- 糸井
- で、「オレはもっとうまくないんだけど、
直しようがないから」っていって、
アメリカ大陸に移住しちゃったみたいな人が、
志ん生さんなんですよねぇ。ありゃ、移民ですよ。
- 太田
- はははははははは。
- 糸井
- で、そこに「志ん生さん」という
豊かな土壌があったわけです。
そこで、ぜんぶを知っていながら、
いちばん居心地がいい場所でしっかり苦労しよう
って決めたのが、志ん朝さんなんです。
- 太田
- はいはいはい、そうですね。
- 糸井
- 志ん朝さんが、腰を折って、
大きいホールで出てきたとき、
オレ、泣きそうになったもん。
歌舞伎よりキレイだった。
もうね、後光が差しますよ。
- 太田
- そうですねえ。
ぼくは、落語家の好みって、
ほんっとにぐるぐる変わるんですけど。
あの‥‥あ、落語の話でいいんですか?
- 糸井
- ぞんぶんにやりましょう!