レオナルド・ダ・ヴィンチが大大大好きで、
30年以上に渡って研究を続け、
独自の「ダ・ヴィンチ論」を築き上げた、
金沢にお住まいの向川惣一さん。
仲間たちから、親愛を込めて、
ダ・ヴィンチ研究の奇人と呼ばれる、向川さん。
ダ・ヴィンチと誕生日が同じのみならず、
ダ・ヴィンチの生まれた日から、
きっかり500年後に生まれた、向川さん。
言ってることの難解さも込みで、
仲間たちから愛されている、向川さん‥‥。
「ほんの一端」ではありましょうが、
その巨大細密画のような
独自の「レオナルド・ダ・ヴィンチ論」を、
しかと全身で、受け止めてきました。
担当は「ほぼ日」奥野です。
5回の連載にまとめるのに、
正味の話、2ヶ月半くらいかかりました。
向川惣一さんと楽しい仲間たち
のプロフィール。
- ──
- レオナルド・ダ・ヴィンチの絵に潜む
「黄金分割」に気づいた向川先生。
- その重要性を、ぜひ、ご説明ください。
- 向川
- 具体的な比率でいうとね、
髪の生え際から足先までの黄金分割が、
ヘソの位置になるんです。
- で、この長さが身長全体の黄金分割で、
この長さに対する黄金分割が、
ここに当てはまって‥‥(しばらく続く)。
- ──
- はあ、はあ‥‥ははあ。
- 向川
- ともあれですね、この人体図を描く際に
「レオナルドが、
黄金分割の等比数列を利用していた」
という事実が明らかになったんです。
- ──
- たいへん申しわけございません、
そのことは‥‥重要なことなんですか。
- 向川
- 重要だと‥‥ぼくは思ってるんだけど。
なかなか、そう思ってもらえないけど。
- ──
- いや、そこのすごさがわかってなくて、
すみませんです!
- 松田
- まあまあ。
- 向川
- いいんですよ、別に。聞いてもらえれば。
- でね、ダン・ブラウンの
『ダ・ヴィンチ・コード』では、
「黄金分割」としか言ってないんだけど、
1998年に、
ドイツの学者のクラウス・イーレと、
芸術家のクラウス・シュレアーってのが
共同で本を出してましてね、
その中で、
「ウィトルウィウス的人体図」では、
おヘソの位置が黄金分割になってるよって、
書いているんです。
- ──
- それはつまり、先生と同じことを。
- 向川
- そう、でね、その説がですね、
当時ドイツでセンセーションを起こして、
その後、
アメリカでも大きく取り上げられまして、
ついには、
ダン・ブラウンの小説にも出てきた、と。
- ──
- もういちど、時系列を教えてください。
- 向川
- ぼくの発表が1991年、
クラウス・イーレとシュレアーが1998年、
『ダ・ヴィンチ・コード』が2003年。
- ──
- 先生が「あれ、黄金分割じゃないか?」と
ひらめいたきっかけは、何ですか。
- 向川
- 素っ裸になって寝っ転がったときに‥‥。
- ──
- 素っ裸。
- 向川
- いや、ほら、レオナルドの人体図と、
自分の身体のプロポーションを比較するのに、
素っ裸で寝っ転がって計測するでしょ?
- で、そのときに、
「あれ? こことここの数値を見ると
黄金分割の比率に、
すごく近いんだけど、何でかなあ?」と。
- ──
- 素っ裸で寝っ転がりながら、その問いが。
- 向川
- そう、出発の違和感は、そこのところ。
- で、物差しで測って、比例コンパスで測って、
「おお、等比数列まで使っているなあ!」
ということが明らかになって、
そうなると、
たまたま黄金分割になったわけじゃなくって、
こりゃ使いこなしてる、確信犯だわと。
- ──
- 黄金分割で描いてますよって、
どこにも、明記されてなかったんですか?
- 向川
- ないです。ヒントもない。
むしろ、そう思われないようにしている
フシさえある。
- そのために、これまで、
ヨーロッパのレオナルド研究者たちは、
「ピタゴラスの調和比例」
という音楽の音階の比例関係を用いて、
あの人体図を描いたんだと、
みーんな、そう「読んで」いたんです。
- 末松
- 黄金分割じゃなくてね。うんうん。
- 向川
- 当時のレオナルドの友だちに、
ルカ・パチョーリって数学者がいるんだけど、
その人が『神聖比例論』という著書で、
ルネッサンスの黄金分割について書いてます。
- つまり、この世の中の美しいもののなかには、
黄金分割という比率が存在することを、
最初に見つけた人だと言われてるんですけど。
- 松田
- その、ルカ・パチョーリって人がね。
- ──
- ええ。
- 向川
- これ、ふつうに考えれば、
ルカ・パチョーリの『神聖比例論』より前に、
黄金分割という概念は、
人々に知られていなかったということですね。
- ──
- あーー‥‥なるほど。
- 「現象」としては古来から存在していたけど、
「概念」として認識されていなかった、と?
- 向川
- そう、でも‥‥レオナルドは、
ルカ・パチョーリの『神聖比例論』より前に、
黄金分割を用いて、
ウィトルウィウス的人体図を描いてるんです。
- 末松
- 「前に」
- 松田
- 「前に」
- ──
- それは‥‥いったい、なぜですか。
- 向川
- 気になるでしょ、そこ。
なぜレオナルドは黄金分割を知ってたのか?
- そのことが
気になって気になって気になって、
一生懸命、その手がかりを探したところね、
あるところで、見つけたんですよ。
- ──
- 見つけた? 何をですか。
- 向川
- 5世紀に、ボエティウスって
キリスト教の教父哲学者がいたんですけど、
この人が
「ムジカ」って一連の音楽論を書いてます。
- その中の音階についての説明に、
スプラビパーティエンスって言葉があって、
それが、黄金分割を意味してたんです。
- ──
- ‥‥ははあ。
- 向川
- 金沢工業大学に、
レオナルドが生きていた時代に出版された、
その「ムジカ」の現物があって、
そこに、
「黄金分割を意味する言葉」が
絶対、出てくるはずだと思って探したら、
案の定、出てきたんですよ。
- ──
- つまり、レオナルド・ダ・ヴィンチは、
その本を読んでいて、
黄金分割のことを知ったのではないか、と?
- 向川
- そう。当然すごく貴重な本ですから、
専門家でも
なかなか触らしてもらえないような、
そういう本なんだけど、
当時の館長さんと、親しくしててね。
- ──
- ご厚意で。
- 向川
- そう、見せてもらったんです。
- 絶対、その言葉が載っていると思うんで、
申しわけないけど、見せてくださいって。
- ──
- なぜ、そこに「絶対ある」と‥‥。
- 向川
- や、その前にね、レオナルドの
『最後の晩餐』の室内空間研究ってのを、
やってるんだけどね、ぼくがね。
- ──
- はい。こんどは、空間研究。
- 向川
- これ、ザックリ言うと(30分くらい続く)
‥‥ということで
『最後の晩餐』の空間構成にも、
黄金分割が使われてないかって調べたら、
案の定、黄金分割を用いて、
奥行を2倍に描いてることがわかったわけ。
- ──
- もう、うなずくだけですが、「はい」。
- 向川
- ぼくはね、この研究結果を受けてね、
「ああ、レオナルドは
間違いなく、
黄金分割をそれとわかって使っている」
と確信するにいたったのです。
- 松田
- うん、うん(腕を組み、深くうなずく)。
- 向川
- なおかつ、レオナルドは
「私の原理を他の人に読ませるな」って、
自分自身に書いているんです。
- ようするにレオナルドは、
黄金分割の存在を、明らかに隠してるの。
誰にもしゃべってないんです。
- ──
- それは、黄金分割が大切だから?
- 向川
- 実際のところはわかりませんが、
そういう理由が、大きかったでしょうね。
- つまり、誰にもしゃべってなかったなら、
レオナルドの人体図が
黄金分割を用いて描かれたものだって、
誰も気づかなかったのも、うなずけます。
- ──
- いわば「秘密の法則」だったわけですか。
- 向川
- だからこそ、
ウィトルウィウス人体図に添えられた文章の
「表面的な意味」でしか、
みんな、読み取らなかったんですよ。
- ──
- えっと、そこには、何と?
- 向川
- ざっくり言うとね、
ウィトルウィウスっていう建築家が、
古代ギリシャの神殿建築は、
人間の身体に合わせて作られているよと。
- それは、こういう比率になっているよと。
- ──
- ええ。
- 向川
- で、その比率というのは、
音楽的な調和比例だよ‥‥ということ。
- ──
- むしろ「音楽」のほうへ誤誘導してる?
- 向川
- そう。
- ──
- なるほど、そこで向川さんは、
「ムジカ」という「音楽論」の本の中に、
逆に「黄金分割」のヒントが
隠されているんじゃないかとひらめいて、
調べてみたところ‥‥。
- 向川
- あったんですよ。
- ──
- のちの「黄金分割」を意味する言葉が、
5世紀の音楽理論の本の中に。
- 向川
- あったんです。