- 村田
- ここからは薩摩焼を展示しています。
- 明治の時代となり、
日本が鎖国を解いてあたりを見回すと、
近代化の波に取り残されていました。
- ──
- ええ。
- 村田
- 蒸気機関もなければガス灯すらなく、
明治政府は、
彼我の差にあわてたわけですが、
そういう技術って
タダじゃくれないわけです、どこも。
- ──
- そうでしょうね。
- 村田
- そこで、海外の最新技術を買うため、
外貨が必要になるわけですが、
日本には、
輸出できる資源も農産物もなかった。 - そこで‥‥外貨の獲得手段として、
明治政府は、
これらの工芸品に目をつけたんです。
- junaida
- なるほど。
- 村田
- 工芸品を殖産興業政策の中心に据え、
とくにこの薩摩焼は、
当時、だいたい2年ごとに
世界各地で開かれていた万国博覧会、
いわゆる「万博」で、
欧米から大人気を博していたんです。
- ──
- 大人気、というのは‥‥。
- 村田
- はい、当時の「万博」というものは、
いまと少し違いまして、
商談の場、貿易の場でもあったんです。 - 世界各国から集められてきた品物が、
取引されていたんですね。
そこで大人気だったっていうことは、
つまり、欧米に高値で売れたんですよ。
- junaida
- そうやって、お金を稼いでたんですか。
- 村田
- そう、そのために
京都や石川など他の陶磁器の産地でも、
こぞって、
薩摩風の焼き物を焼いていたのです。 - ですから、石川県の薩摩もあれば
京都の薩摩もあれば、
貿易の港に近い横浜とか神戸とか大阪、
そのあたりにも、
薩摩焼の工房がたくさんできたんです。
- junaida
- それらをひっくるめて、薩摩焼と。
- 村田
- そうです。ここに展示していますのは、
鹿児島の本薩摩はなくて、
京薩摩、大阪薩摩、神戸薩摩‥‥です。
- junaida
- 外側の雀が‥‥ものすごい数です。
- 村田
- 250羽くらい、かな。
- ──
- 内側もすごいですけど、これは‥‥。
- 村田
- 蝶々が、2000匹以上。
- junaida
- えっ、この細かい模様、蝶々ですか?
しかも「2000匹以上」って!
- ──
- 数えた人もすごいですね‥‥。
- 村田
- 非常に細かい絵柄ですから、
ルーペで拡大しないと見えませんね。
- junaida
- 名前が「雀蝶尽し茶碗」。尽し‥‥。
- 村田
- 明治政府の目論んだ外貨獲得に、
非常に貢献したのが薩摩焼ですけど、
こちらの「七宝」も、
万博でたいへん高く評価されたもの。
- ──
- へえ、そうなんですか。七宝。
- 村田
- なかでも、
当時、世界一の七宝アーティストと
呼ばれていたのが、並河靖之。 - ほぼ2年おきに開かれていた万博で、
金メダル、銀メダルを、
バンバン獲得していた、
世界的な七宝作家だった人なんです。
- ──
- このあたりが並河さんの作品ですか。
- 村田
- そうです。
- junaida
- なんだか、「黒」が独特‥‥。
- 村田
- そう、そうなんです。
- この「黒色透明釉」という釉薬は、
並河靖之が、
何度も何度も試行錯誤しながら
開発したもので、
それまでの七宝作品には、
「黒」は、存在しなかったんです。 - つまり、濃いブルーしかなかった。
- ──
- え、そうなんですか。へえ、
- junaida
- 自分で開発までしてしまうなんて、
もう、どうしても、
ほしかったんでしょうね‥‥黒が。
- 村田
- そうだと思います。
- 並河は、色に対する探究心、執着心が
尋常でない人だったようで、
黒でなければ、本当に
美術的価値の高い七宝はつくれないと
思っていたんでしょう。
- ──
- 並河靖之さんの七宝作品で、
秀でているところは、どんな点ですか。
- 村田
- やっぱり、その「美しさ」でしょう。
- 誰が見ても納得する、
その品格、気品、美しさ、芸術的価値。
- junaida
- たしかに、ひときわ目を引きます。
- 村田
- 並河は京都で活躍した人なんです。
- で、七宝で有名な尾張の場合には、
どちらかというと工芸品、
お土産物品的な感じが拭えませんけど、
並河の作品について言うと、
一点一点、丁寧につくり込まれており、
美術品として、
人を感動させる力が、備わっています。
- ──
- 技術が、そこまでの高みに。
- junaida
- たまに「無銘」の作品がありますけど、
これだけのものをつくって、
作家としては、
どこかに名前を入れたいなって気持ち、
ありそうな気がするんですが‥‥。
- 村田
- ええ、そうですよね。
なぜ、作品に名前を入れなかったのか。
- junaida
- はい。
- 村田
- つくったものに名前を入れない理由は、
いくつか、あると思います。 - ひとつには、名前が入っていなくても、
誰の作品か一目瞭然という場合。
- ──
- ああ、作品そのものが名刺、みたいな。
それは、すごい人の場合ですね。
- 村田
- もうひとつは、高貴な方‥‥
たとえば、天皇家だとか皇族の人々に
献上するもの、
あるいは天皇家から注文された品には、
名前は入れないでしょう。
- junaida
- ああ、なるほど。そういうことか。
- 村田
- ちなみに、並河靖之は
京都の「有線七宝」の作家ですが、
「無線七宝」を開発した
東京の濤川惣助という人がいます。
- ──
- またナミカワ、さん?
- 村田
- 濤川惣助は濤川と書くナミカワで、
並河靖之とは漢字が違ってまして、
たまたま
両方ともナミカワ姓なんですけど、
親戚でも何でもないんです。
- ──
- Wナミカワ。
- 村田
- 歳もそんなに離れてなくて、
並河靖之のほうが、2歳ほど年上。
- ──
- 東西の七宝名人が、
たまたま両方「ナミカワさん」で、
たったの2歳違いとは、
なんだか、おもしろい偶然ですね。
- 村田
- こちらの濤川も素晴らしい作家。
無線七宝という技法で、
日本画的な作品をつくりました。 - 当時の宮内省から、
すぐれた美術家・工芸家に与えられる
帝室技芸員にも選ばれていますから。
<つづきます>
2017-09-08-FRI