藤子・F・不二雄先生による名作漫画
『ドラえもん』の連載がはじまって
今年は50周年。
小学館さんから「てんとう虫コミックス」の
『ドラえもん』豪華愛蔵版全45巻セット
「100年ドラえもん」が発売されます。
(ほぼ日でも8月7日より受注販売を開始します
全巻ハードカバー、今ある最高の技術を
注ぎこんだ仕様に、豪華特典もたっぷり‥‥という
ファンにはたまらない夢のセットですが、
この企画は、そもそもなぜはじまったのでしょう。
この本の装幀を手がけた名久井直子さん、
制作にかかわる小学館・ドラえもんルームの
徳山さんと今本さんにお話をうかがいました
「100年先までこの本を届けたい」
そんな強い思いと、
ドラえもん愛を感じる全4回でお届けします。

>名久井直子さんのプロフィール

ブックデザイナー。岩手県盛岡市生まれ。
武蔵野美術大学卒業後、広告代理店勤務を経て独立。
ブックデザインを中心に紙まわりの仕事を手がける。
第45回講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。

>ドラえもんルームとは

小学館の『ドラえもん』に関連した
コミックス・書籍の編集を中心に様々な仕事を行う部署です。
『ドラえもん』豪華愛蔵版全45巻セットの編集も、
ドラえもんルームで進めています。

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第2回:原作をベストな状態で届けるために。

名久井
この本は「見返し」の部分もいいんですよ。
表紙と本文をつなぐための
紙の部分を「見返し」というんですけど、
それを今回はオリジナルでつくりました。
先月できたばかりなんです。

――
紙づくりから携わるというのは、
名久井さんにとっても
はじめての試みだったんですか?
名久井
紙自体は、以前別の本で
つくったことがあるんですけど、
透かし入りの紙をつくるのは
今回がはじめてです。
「100年残したい」がコンセプトなので、
できるだけ長く残せるものをつくろうと思って、
和紙を用いてます。
ちょっとした透かしなので気づかれにくいですけど、
光が入ってくる場所でゴロンと寝ていただくと、
「あれ?」みたいな(笑)。
――
「あれ?」‥‥本当だ。

名久井
この透かしのテストは、
工場さんにお願いして
手漉きでやってもらったんです。
――
手漉き?
名久井
子どものころに牛乳パックなどで
紙をつくった経験がある人も
いると思うんですけど、
その延長のような感じです。
私は紙をつくったことがあったので、
手漉きでここまでできていれば、
大量生産もきっとできるなと
思っていたんですけど、
他のみなさんは不安だったと思います(笑)。
徳山
ええ、過去に前例もなかったですし、
こんなフニャフニャしたものだと
機械に引っかかって
破れやすいんじゃないか‥‥とか。

名久井
でも、大丈夫でしたね。
やっぱり和紙というのはコンセプトも合うし、
ドラちゃんの顔が見返しにあることで
チャームポイントがひとつ増えると思うので、
いいんじゃないかなと。
――
和紙というのは長持ちするものなんですか?
名久井
厳密にいうと、和紙というより、
洋紙と和紙の中間みたいな感じなんですけど、
長持ちします。
透かしは消えないので、ドラちゃんの顔も残る。
「消えないしるし」みたいな。
徳山
結果的に、100年先にも、
その先にもずっと
残ったらいいなと思っています。
――
なるほど。
名久井さんが透かしをやりたかった理由も、
そこなんですね。
名久井
変な言い方なんですけど、
私は仕事において基本的に
「あれやりたい」というのが全くないんです。
だから今回も最初は既製品を選んでいて。
でも、既製の紙を使う場合でも
大量に抄造しなきゃいけない、
急いで指示をしないと工場が間に合わない、
という事情があって、
「既製品を抄造するんだったら、
新しい紙をつくれるかも」と思ったんです。
それで、紙の工場の社長に電話して、
「透かし入りの紙とかできますか」と訊いたら、
「できます」という返事をいただいたので、
すぐ小学館さんに電話をして、
「どうせつくるなら、新しい紙をつくりたい」
という話をして、急に方向転換を‥‥。
――
いや、すごいです。
ほぼ日でも名久井さんと
何度もお仕事していますけど、すごく頼れる人、
「名久井さんなら何とかしてくれる」
みたいなところがあります。
徳山
わかります。私が名久井さんとお仕事で
ご一緒したのは、さきほど出てきた
藤子・F・不二雄先生の
生誕80周年記念の公式ファンブックでしたが
そのとき架空のコミックスの
ブックデザインをする、という企画があって、
名久井さんに装幀を依頼したんです。
それがまたすごく好評で。
――
へえー、素晴らしい。
名久井
そういうふうに徳山さんとご縁があって、
この「100年ドラえもん」につながったんです。
――
(「100年ドラえもん」を開いて)
これ、すっごくキレイですね。
そして、見やすい。
名久井
通常のコミックスと比べていただくと、
墨の明暗と濃淡の差が出ていて、
線のエッジがキリッとしています。
「サタンブラック」という、いい黒インキを使って、
印刷の精細さを表す出力線数も
通常のコミックスより高くなっています。
紙も風合いがありつつ、
印刷ノリがいいものを選びました。
それと、小学館のドラえもんルームのみなさんが
紙の紫外線照射テストもしてくれたんです。
4種類の中から最も紫外線に耐えうる、
なるべく黄色く古本の色にならない、
という条件の中で生き残ったものを使っています。
――
漫画って、まず雑誌で
再生紙に印刷されているのを見て、
そのあとコミックスになったときに
「あ、キレイだな」と思うじゃないですか。
そのもう1つ先の美しさですね。
徳山
あと、開き具合も既存のコミックスと
全然違うんです。
「かがり綴じ」といって、
本の喉元までしっかり開きます。
――
糸かがりですね。
ほぼ日手帳もそうです。
パタンと開くんですよね。
徳山
あ、今、いいところを開かれましたね。
この、のび太の絵がつながってるところに
注目してください。

名久井
通常のコミックスの場合、
ここまで開かないから、
内側に絵がめり込んで見えなくなるのを防ぐために
数ミリ余白をとって印刷したり、
上下も縮小しなきゃいけない。
これは奥までしっかり印刷できているんです。

▲左が今回の仕様。右が従来のコミックス。
▲左が今回の仕様。右が従来のコミックス。

徳山
「豪華版をつくっていい」となったら、
まずやりたかったのがこれです。
――
ちょっと見比べていいですか。
――
‥‥キレイだなあ。
漫画ってこんな感じでしたっけ?
なんかね、クリアですよね。
名久井
紙の色が違うというのも大きいと思いますけど、
でもホント、いいでしょう。
徳山
もうひとつ、オススメの見開きはここです。
名久井
オススメ見開き(笑)。
――
オススメ見開き(笑)。
「プロポーズ作戦」。

▲左は初期の試作、右が完成したもの。 ▲左は初期の試作、右が完成したもの。

徳山
右側のコミックスをみていただくと、
上の余白をなくして
ギリギリまで絵が入っているでしょう。
一番きれいに見えるように調整を重ねたんです。
気づかれないような部分で、
工夫をこらしています。
名久井
このプロジェクトは、
装幀も変わっているので
最初はそっちに注目が集まりますけど、
実は、中が本当にすごいんです。
――
たしかに細かい部分まで‥‥。
すごいですね。
徳山
企画のスタート段階では、
「愛蔵版」ということもあり、
本の外側の部分に意識が向いてましたが、
この機会に、中の印刷なども全部見直して、
できる限りの調整をしています。
名久井
中については、私はほぼノータッチで、
ずっと「ドラえもん」を見守ってきた、
ドラえもんルームさんたちががんばってます。
徳山
いえ、私たちはただ、
藤子先生が描かれた絵を
ベストな状態で見せたいというだけです。
ーー
中と外で、みんなががんばる。
完全にチームプレーなんですね。

2020-08-07-FRI

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