フリーの絵本編集者として、
数々の絵本を世に出してきた土井章史さん。
土井さんが主宰するワークショップ
「あとさき塾」では
荒井良二さんや酒井駒子さんも学びました。
おかしが1個しかなかったとき、どうする?
「はんぶんこ」じゃ「やりすぎですね」と
土井さんはおっしゃいます。
ふつうは「はんぶんこ」って言いそう‥‥
どういうこと!?
もう何百冊も
ちいさな子ども向けの絵本をつくってきた
土井さんの真意に、納得しました。
担当は「ほぼ日」奥野です。
土井章史(どい・あきふみ)
フリーの絵本編集者。長く吉祥寺にあり、現在は西荻窪に移転したトムズボックスを経営。絵本や絵本関連書籍をあつかう。1957年、広島市生まれ。現在までに300冊を超える絵本の企画編集に携わってきた。また、絵本作家の育成を目的としたワークショップ「あとさき塾」を小野明さんとともに主宰、絵本作家の育成に力を入れている。荒井良二さんや酒井駒子さんも「あとさき塾」の出身です。トムズボックスのホームページは、こちら。
- ──
- 先日、酒井駒子さんを取材したときに、
土井さんと小野明さんが
やってらっしゃる絵本ワークショップ
「あとさき塾」に通っていた‥‥と。
- 土井
- ええ。
- ──
- なので今回、絵本の編集者さんに
お話をうかがいたいなと思ったときに、
まず第一に
土井さんのことが思い浮かんだんです。
- 土井
- ああ、ありがとうございます。
- ──
- 土井さんは、編集の仕事を
フリーの立場でやっているんですよね。
- 土井
- フリーですね。
- ──
- それは、キャリアのはじめから?
- 土井
- 絵本の編集に関しては、最初からです。
でもその前に、大学卒業後、
編集プロダクションに入ったんです。 - 3社くらい渡り歩いて、
3社目で、もういらないって言われて、
それでフリーになりました。
28歳くらいのとき、だったんだけど。
- ──
- ようするに会社の経営が苦しくなって。
雇い止め‥‥ということですか。
- 土井
- まあ、そうなんですかね。
- ──
- 編集プロダクションの時代は、
どういうお仕事をなさってたんですか。 - まだ絵本をつくっていなかったのなら。
- 土井
- 最後のところでは、
学研の仕事を請け負ってやってたのと、
あと、
ファミコンが出てきた時代だったから、
攻略本とかもあったかなあ。
とにかく、いろいろやりました。
- ──
- おお。ファミコンには、ご興味は‥‥。
- 土井
- まあ、おもしろかったですよ。
ただヘタなんです、ぼくは、ゲームが。
- ──
- 攻略本を編集するためにも、
まずはプレイできなきゃダメですよね。 - ちなみに、どういったソフトを?
- 土井
- 何だったかなあ、最初のドラクエとか。
とにかく、自分でプレイできないから、
ゲームが得意な若者を雇って、
真っ暗な部屋でプレイしてもらって、
重要な場面に来たら、
画面を写真に撮って‥‥という感じで。 - でも、
編集者としてはおちこぼれていました。
だからそれで、
もういらないって言われたんだろうね。
- ──
- そうやって、フリーの編集者に。
- 編集者って、ライターさんとちがって
どこか出版社に勤めてやるのが
圧倒的多数だと思うんですけれど‥‥。
- 土井
- ぼくは絵本しかやってない編集だから、
さらに特殊な状況かもしれない。
- ──
- じゃ、絵本との出会いというのは。
- 土井
- 最初に入った編集プロダクションって、
『一億人の昭和史』という
昭和のグラフ写真雑誌をつくっている
毎日新聞系の会社だったんだけど。
- ──
- ええ。
- 土井
- あるときに『漫画大図鑑』という本を
つくったんですよ、その編プロで。 - ムックだったかな、で、そのなかに、
「異色コーナー」というのがあってね。
- ──
- 異色‥‥?
- 土井
- 長新太、井上洋介、久里洋二というね、
ちょっと不思議な
一枚漫画を描く作家が扱われていた。 - おもしろい絵を描く人がいるなぁって、
追っかけはじめたんです。
- ──
- 長新太さんたちの作品を。
- 土井
- 神保町へ通って、彼らの本を集めてね。
といってもコミックじゃなく、
私家版で出していたのを古本で集めた。 - 10年分くらいの古本を集めたら、
私家版に妙に詳しい変なやつがいると、
思われるようになったんですよね。
- ──
- それは、誰に‥‥ですか。
- 土井
- 井上洋介さんとか長新太さんとか、
本人にお会いする機会があったときに
「あの本、持ってるんです」
とかって言うと、
みんな、おもしろがってくれるんです。 - そうやって受け入れてもらって、
彼らと、
少しずつ、仕事ができるようになった。
- ──
- 長新太さんのどんなところが、
おもしろい、新しいと感じたんですか。
- 土井
- 一般に長新太さんの作品って、
ナンセンス絵本という分野に入るけど、
子どもって、生まれたときには、
言葉を持たない真っ白な状態でしょう。 - だんだん言葉を覚えて、時間をかけて、
社会というか、
常識の世界へと入っていくわけです。
- ──
- ええ。
- 土井
- 3歳くらいの子どもに、
「大きくなったら、何になりたいの?」
って聞くと、
「ぼくはね、消防自動車になりたい!」
とかって平気で言うんです。
- ──
- ああ、消防自動車そのものになりたい。
かわいいですね。
- 土井
- 彼らは、実際に、
消防自動車になれる人たちなんですよ。
それが現実なんです、子どもたちの。 - 大人がナンセンスだなあって思っても、
彼らにはセンスもナンセンスもない。
ただ、現実に、
消防自動車になれる自分が、いるわけ。
- ──
- ええ、なるほど。
- 土井
- つまりね、人間の子どもが
うまれつきに持っているナンセンスの
おもしろさを、
するどく感じとっていた人だと思う。
長新太という人は。 - 実際、当時としても、
長さんって、すごくおもしろくて変な、
すっとぼけた感じの絵を描く人だった。
そこが、大きな魅力かなあ。
- ──
- 子どもがおもしろがるものを、
おもしろがっていた人。
- 土井
- 幼稚園児というのは唯我独尊というか、
まだまだ「個」でしかない状態で、
そこから、
1対1の関係、1対2の関係、
1対3の関係って、
社会的な関係を結んでいくわけだけど。
- ──
- はい。
- 土井
- 子どものための絵本というのは、
まずは、
1対1の関係をつくりあげるところから
はじまると思うんです。 - 長新太さんという人は、そのためのお話、
ナンセンスでバカバカしいお話を、
一生懸命、考えてくれた人だと思う。
- ──
- 子どもの持っている「ナンセンス」を、
真っ正面から受け止めて。
- 土井
- そうです。追求した人。最後まで。
- ──
- 当時、長さんの作品をごらんになって、
そんなふうに感じていたんですか。
- 土井
- いや、当時はわかんなかったんだけど、
最近そう思うようになりました。
- ──
- つまり最初は、絵本じゃなくて、
漫画家の私家版の古本だったんですね。
- 土井
- はい。どういうわけか、
ぼくは学生時代から古本屋が大好きで、
古本屋通いをしていた。 - 古本が好きだという人の中には、
本棚に並べるのが好き、
それで満足ですっていう人がいて、
ぼくもどっちかって言うと、そっちで。
- ──
- なるほど。
- 土井
- 買ったものをぜんぶ読んでるかというと、
そんなことなくて、ひどいもんだと思う。
- ──
- どういう本を集めてたんですか。
- 土井
- 三島由紀夫が好きで買っていたんだけど、
三島由紀夫の本を、
古書でなおかつ初版で集めようと思うと、
すごくお金がかかった。高いから。 - なので、三島は途中で折れちゃって、
そのあと筒井康隆。
でもやっぱりファンはたくさんいたから、
当時1冊1万円を超すような本もあって、
集めるのは苦しいなと思ってたところに、
漫画家の私家版、自費出版本と出会った。
- ──
- なるほど。
- 土井
- これはおもしろいと思って、集め出した。
それが、きっかけ。
マニアックな、
一枚漫画好き人間になっちゃったんです。
- ──
- あの‥‥その「一枚漫画」というものを
不勉強で知らないのですが、
ようするに
ページごとに漫画が完結していくような。
- 土井
- そうです、そうです。
そこの棚に
いっぱいあるから見ていいですよ。
- ──
- わあ、すごい。
- 土井
- 久里洋二の作品は、こういうのです。
自分でつくってたんです。 - こんな実験的な本を
商業出版でつくってくれるところなんて、
まあ、ないですよね。
- ──
- はあ‥‥おもしろいものですね。
- 土井
- 和田誠さんも、私家版で、
何冊もカッコいい絵本をつくってたんだ。
一枚漫画じゃなかったんだけど。 - 知ってる?
こういう本をしきりに集めはじめたわけ。
- ──
- わあ‥‥。こういうのって、
当時、いくらくらいで売ってたんですか。
- 土井
- 古本屋によってぜんぜん値付けが違って、
500円の店もあれば
3000円の店もあったかなあ。 - そこがまた、おもしろかった。
これなんか井上洋介の『サドの卵』。
私家版だから、もう何でもありなんだよ。
- ──
- そういう潮流があったってことですか。
- 一枚漫画を描きたい気持ちというか、
その当時の、漫画家さんたちの間には。
- 土井
- そうそう、描きたいんだけど、
どの出版社でも本にはしてくれないから、
イラストでがんばって、
お金を稼いで、
自分で好きな漫画本をつくるというのは、
あったかもしれない。 - これこれ、これ私家版じゃないんだけど、
和田誠の最初の本。
- ──
- へえええ‥‥すごい。
- 土井
- タイトルが『24頭の象』っていう。
- ──
- さすが、カッコいいですね。装丁的にも。
- 土井
- でしょ。
- これは、なかなか手に入んなかった。
和田さんのいた会社が出したんです。
- ──
- ライトパブリシティ、が?
- 土井
- 和田誠って当時、多摩美を卒業してすぐ、
ハイライトのパッケージデザインをして、
そのご褒美として、
ライトパブリシティが、
この本をつくってくれたって
和田さんが言っていた。 - れっきとした会社が出した本だけど、
ちゃーんと私家版の趣があっていいよね。
- ──
- アートにも近いようなたたずまいですね。
- 土井
- うん、こういう本、本当におもしろいよ。
これなんか、見てよ。
ブルーノ・ムナーリっていう人の本。
- ──
- ああ、美術家っていうか、
とらえどころのないような人ですよね。 - すごいかたち。これ、ほしくなります。
- 土井
- でしょ? ほしいでしょ?
- 「ただこれだけの」といういう本なの。
本自体が
かっこいいオブジェって感じなんです。
- ──
- 本というより‥‥不思議な物体。
何にも描かれていないページもあるし。
- 土井
- 本が潜在能力をいちばん発揮するのは、
もしかしたら、
こういうかたちなのかもしれないって、
いまごろになって思うなあ。 - これから、文字の本っていうのは、
どんどん
デジタル化されていくじゃないですか。
- ──
- そうですね。
- 土井
- まあ、文字っていうのは、
そもそもデジタルなものかもしれない。 - 一方、本の「ありがたみ」っていうか、
オブジェとしてのおもしろさ、
魅力、
手にとったときにうれしさってものは、
こういう本でならではですよね。
- ──
- ただ「手に取りたい」、
ただ「表紙をさすりたい」だけの本って、
ありますもんね。 - 自分ちの本棚を眺めてみても、たくさん。
- 土井
- そうですね。で、こういう本の延長上に、
もしかしたら、
「商業出版による絵本」っていうものが、
あったのかもしれないね。
- ──
- 土井さんのずっとやってきた、絵本が。
- 土井
- そう。
(つづきます)
2021-10-04-MON
-
土井さんからのおすすめ絵本は
長新太さんの『ぼくのすきなおじさん』
土井さんは、長新太さんの絵本を残そうと、
絶版になった作品を復刻することを、
ひとつの使命として、活動されています。
今回、ぜひおすすめを‥‥とお願いしたら、
こちらの作品をご紹介くださいました。
「ナンセンスを伝えるためにうまれた
独自の絵!
センス、ユーモア、それは、もしかして
日本独自のものかもしれない‥‥と、
わたしは、やんわりと、ひそかに思っている。
長新太作絵の『ぼくのすきなおじさん』は、
かたーーーーーいあたまのおじさんの話です」
(土井さん)
Amazonでのおもとめは、こちら。 -
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「編集とは何か。」もくじ