フリーの絵本編集者として、
数々の絵本を世に出してきた土井章史さん。
土井さんが主宰するワークショップ
「あとさき塾」では
荒井良二さんや酒井駒子さんも学びました。
おかしが1個しかなかったとき、どうする?
「はんぶんこ」じゃ「やりすぎですね」と
土井さんはおっしゃいます。
ふつうは「はんぶんこ」って言いそう‥‥
どういうこと!?
もう何百冊も
ちいさな子ども向けの絵本をつくってきた
土井さんの真意に、納得しました。
担当は「ほぼ日」奥野です。
土井章史(どい・あきふみ)
フリーの絵本編集者。長く吉祥寺にあり、現在は西荻窪に移転したトムズボックスを経営。絵本や絵本関連書籍をあつかう。1957年、広島市生まれ。現在までに300冊を超える絵本の企画編集に携わってきた。また、絵本作家の育成を目的としたワークショップ「あとさき塾」を小野明さんとともに主宰、絵本作家の育成に力を入れている。荒井良二さんや酒井駒子さんも「あとさき塾」の出身です。トムズボックスのホームページは、こちら。
- ──
- 漫画家の私家版と出会ってから、
10年くらい、
古本でいろいろと集めた時期を経て、
ある時点から、
絵本をつくることになるわけですか。
- 土井
- そうですね。
- 編集プロダクションを辞めたあたりで
井上洋介さんに会って、
「会社を辞めることになったんです」
って言いました。
- ──
- あの『くまの子ウーフ』の挿絵で有名な、
井上洋介さんに。
- 土井
- 一般に、絵本をつくる前の段階で、
ラフという簡単な絵を描くんだけど、
そこで井上洋介は、
じゃ、
こういう絵本のお話があるんだけど、
と言って、
ぼくにラフを預けてくれました。 - それで、そのラフを持って、
児童書の出版社に売り込みをしたんです。
- ──
- おお‥‥。
- 土井
- 残念ながら、
その企画は通んなかったんだけど。
でもそうやって、井上さんが、
絵本の仕事をはじめるきっかけを
与えてくれたんです。 - 商業出版でのぼくの最初の仕事は、
木葉井悦子の『アバディのパン』で、
ほるぷ出版から1990年に出た。
- ──
- なるほど。
- 土井
- それ以前の、1988年くらいから、
絵本のラフをお預かりしては、
出版社に持ち歩いてはいたんだけど。 - とにかく、
それが、現在までずっと続いている
ぼくの仕事です。
- ──
- パソコンだDTPだの時代ですけど、
絵本作家のみなさんは、
いまも、
こういうラフの本をつくるんですか。
- 土井
- ま、たしかに、いまはデジタルの世界に
移行しつつあるんだけど、
絵本というのは、
まだまだ、
子どもといっしょに読むお母さんたちに、
もののかたちをしてるほうが
いいんじゃないのって思われてるんです。
- ──
- ああ、そうですよね。
- 土井
- だから、絵本作家は、
自分の絵本のラフを一生懸命つくります。
紙の絵本をつくるためにね。 - とくに新人の場合は、
もう何回も何回も何回もやりとりをして、
少しずつよくしていく。
出版社に持っていけるところまで何度も。
- ──
- 拝見すると、ラフとはいえ、
そのまま絵本になりそうなレベルですね。
- 土井
- これらは、ほとんど絵本になってるから。
出版社に持っていけるレベルのもの。 - ラフでここまでやらないと
本番の絵を描けないという作家もいるし、
逆に、ラフでは雑な作家もいる。
新人の場合は、
ここまでの密度まで描くことが多いかな。
- ──
- いやあ、大変ですよね‥‥これは。
ほとんど本番、実物の気合を感じますし。
- 土井
- まあ、大変なんだけど、
絵本づくりの
60パーセントから70パーセントって、
この段階で決まっちゃうからね。 - 本番の絵を描くのって、たぶん、
残りの40パーセントか30パーセント。
- ──
- そうなんですか。絵本作家にしてみたら。
- 土井
- ラフが出来上がっていれば、
時間はかかるけど、悩まなくていいしね。 - あとは、ゆっくり落ち着いて
いい絵を描けばいいだけ。
- ──
- この「判型」からして、
もうすでに提案に含まれてるわけですか。 - このかたち、
このサイズの絵本なんです‥‥と。
- 土井
- いや、この絵本の場合はどうだったかな。
たしか最初は横長のラフだったんだけど、
版元がこの判型にしてくれって。
それで、この判型でつくり直したんです。 - 最終的なかたちにたどりつくまでには、
いろんなバージョンがある。元はこれね。
- ──
- 展覧会ができそうなほど、ありますね。
- 土井
- これは、nakabanさんという、
ぼくの大好きな絵描きさんの作品ですね。 - とにかく、こういったものを
絵本作家さんといっしょにつくることが、
ぼくの大きな仕事なんです。
- ──
- いわゆる本の出版って、
通常、社員編集者が企画を会議にかけて、
OKが出たら、
作家とか著者にお願いしに行くケースも
多いと思うんですけど、
土井さんの場合は、
まずはじめに絵本作家とラフをつくって、
どこか出してくれないかなと、
出版社を回ってくという感じなんですね。
- 土井
- もうね、絵本をつくってくれるのならば、
西へ東へ、
どんな出版社へでも持っていくって感じ。 - 新人を売り込む場合だったら、
本描きの絵を4枚か5枚、出版社に見せる。
- ──
- ええ。
- 土井
- でね、この絵本をつくりたいんですって、
企画を見てくださいって、
まあ、いわゆる「プレゼン」するわけです。 - 絵本の世界ではプレゼンと言わないけど。
おもしろいと思ってもらえれば、
めでたく絵本をつくりはじめるわけです。
- ──
- 土井さんのお仕事って、
いわゆる
出版プロデューサーと似てるんですかね。
- 土井
- ぼくの場合、絵本に特化してるんだけど、
まあ、似てると言えば似てる。 - でも、出版プロデューサーって、
きっと時代を追いかける商売でしょうし、
いまこれがおもしろい、
というテーマを扱うんだろうけど、
絵本の場合は、
必ずしも、
時代に敏感である必要ってないと思います。
- ──
- 絵本というと、流行というより、
普遍的な価値観を扱っていそうですし。
- 土井
- とくに、ぼくの場合は、
4歳から5歳、6歳くらいの幼稚園児を
対象にしているからね。
まだ横の情報交換がはじまってない年齢。 - つまり、親と子の関係だけしかない‥‥
あるいは、
まだ、子どもが個の状態でいるところで、
おもしろいお話とはじめて出会う。
それが、ぼくのやっている絵本なんです。
- ──
- ここにある、土井さんが担当された絵本も、
小学校より前の子ども向けですよね。 - 絵本ってひとことで言いますが、
対象の年齢設定はけっこう細かいですよね。
- 土井
- そうですね。
- ──
- 大人向けの絵本も世の中にはありますけど、
土井さんが、4歳、5歳、6歳くらいの
子ども向けの絵本をつくっている理由って、
何かあるんですか?
- 土井
- ぼくが、絵本の業界で仕事をスタートした
1990年代はじめのころ、
バブルが弾けるか弾けないかという時代に、
いわゆる作家性の強い、
大人向けの絵本をつくっていた時代がある。 - ぼくの大好きな作家に依頼して、
「イメージの森」という絵本のシリーズを、
ほるぷ出版でつくったんですね。
- ──
- いったん、その時代を経てるんですか。
- 土井
- 最近になって「イメージの森」シリーズは、
いい評価を受けてるんだけど、
出版した当時は売れなかったんですよ。 - 宇野亜喜良、和田誠、たむらしげる、
長新太、井上洋介、山本容子、佐々木マキ、
片山健、荒井良二のデビュー作‥‥。
- ──
- ひゃー、めちゃくちゃ豪華!
でも、それだけすごい有名人ばかりなのに。
- 土井
- 売れなかったんです。
- ──
- 物語絵本‥‥なんですよね?
- 土井
- 物語です。
- 作家は、自分の絵で一冊つくれるのって、
すごくうれしいことだから、
みんながみんな、大よろこびでやるけど、
売れるか売れないかは別の話。
- ──
- そこは、シビアなんですね‥‥。
- 土井
- 言い方が難しくて誤解を生みそうだけど、
ようするに
「大人向けの、いい絵本」だったけど、
「子どもが
ちゃんとよろこぶエンターテインメント」
じゃなかった、それは。
- ──
- なるほど。
- 土井
- そのあと、バブルが完全に弾けちゃって、
出版社に
企画を通すのも厳しくなっていく。
版元から売れる本をつくれって、
露骨に言われちゃう時代がきたわけです。 - つまり、そうなったときに、
子どものためのエンターテインメントを、
つくらないとまずいな‥‥と。
そういう方向じゃないと、
この先、編集者として生き残れないぞと。
- ──
- 簡単に言えば「売れる本」をつくろうと、
子ども向けの本にシフトした。
- 土井
- ここでも長新太さんが出てくるんだけど、
ぼくが、
野暮な質問をしたことがあったんです。 - それはね、
「長さん、いままでつくってきた本って、
作絵で100冊以上あると思うけど、
ご自分の本で、好きな絵本はどれですか」
って聞いたんですよ。
- ──
- ええ。長さんは、何と?
- 土井
- そしたら、長さんはね、
『ぼくのくれよん』と『キャベツくん』と、
2冊、挙げてくれたんです。
で、それは、まさしく売れている本だった。 - ちゃんと子どものエンターテインメントで、
しかも「売れている本」を、
長新太という作家は評価しているんですよ。
- ──
- なるほど‥‥。
- 土井
- そのこともあって‥‥さっき言ったように
子どものためのエンターテインメントで、
しかも「ちゃんと売れる本」を、
意識してつくるべきだ‥‥というふうに、
編集者としての方向性を変えたわけです。 - ゆっくりだけど。相当ゆっくりだけどね。
- ──
- おいくつくらいの‥‥。
- 土井
- いくつだろう。
- もう、きっと50過ぎだったと思うけれど、
44か45くらいにしておこう(笑)。
- ──
- ただ一方、大人向けの絵本というものって、
別に売れないわけじゃないですか。
- 土井
- うん。酒井駒子だとか荒井良二なんかはね。
ああいう作家性のある絵描きは、
大人の固定ファンがついていて、
最低でも3000部は売れるということで、
どこの出版社でも出してくれる。 - 彼らのように強い個性を持った作家が、
自らの「作品」を、
絵本という表現手段に訴えてつくった場合、
当然それは売れるだろうから、
むしろ、ぼくらみたいな編集者が
下手に入らない方がいい気がします。
作家が自分で表現したものを、
読者は、直接的に感じたいだろうと思うし。
- ──
- なるほど。
- ちなみにですが、
土井さんは酒井駒子さんや荒井良二さんの
デビューのきっかけをつくってますよね。
- 土井
- そうです。ふたりとも、
ぼくと小野明でやってる「あとさき塾」に
来てたし。 - まあ、新人の絵本をつくるのはおもしろい。
いろんなことを言えるから(笑)。
- ──
- 絵本って、この世にいっぱいありますけど、
1年にどれくらい出てるんですか。
- 土井
- 不思議な世界なんです。
- 児童書の出版社って、
日本には、ほんと、信じられないほどある。
子どもなんて、お気に入りの絵本が、
2冊か3冊あったら十分な人たちなのに。
年間「1000冊」くらい
出てるんじゃないですか、絵本って。
単行本と、直接、幼稚園などに配られる
月刊絵本を合わせると。
- ──
- ひゃあ、そんなに。
- 土井
- そういう意味で、日本はおもしろい国です。
絵本にとっても、いい状態だと思う。
おかげで、おもしろい絵本だって多い。 - 海外には、
つまんない絵本もたくさんあると思います。
- ──
- つまんない、というと‥‥。
- 土井
- おもちゃみたいな絵本になっちゃうんです。
- そういう意味で、
酒井駒子とか荒井良二みたいな絵本作家は、
海外では育たないと思う。
絵本に関しては、
いま圧倒的に日本がおもしろいと思います。
- ──
- 今度、そういう目で絵本を見てみます。
- 土井
- でもね、日本のあとは、
韓国や中国、台湾で作家が育っていくから、
そういう国でも、
絵本、どんどん、おもしろくなっていくよ。
- ──
- そうなんですか。
- 絵本作家の育つきっかけがあったんですか。
いま、名前を挙げたような国々では。
- 土井
- 日本の絵本があちらでたくさん翻訳されて、
すごく流行った時期があったんです。 - それらに刺激された世代の人たちが、
いま、絵本をつくりたいという人になる。
- ──
- なるほど。それもまた、楽しみです。
- 土井
- ボローニャ国際絵本原画展なんかでも、
一時期、日本人が多かったらしいんだけど、
いまじゃ
韓国や台湾の絵本作家の数のほうが、
多いんじゃないかなあ。 - たぶんだけど。
(つづきます)
2021-10-05-TUE
-
土井さんからのおすすめ絵本は
長新太さんの『ぼくのすきなおじさん』
土井さんは、長新太さんの絵本を残そうと、
絶版になった作品を復刻することを、
ひとつの使命として、活動されています。
今回、ぜひおすすめを‥‥とお願いしたら、
こちらの作品をご紹介くださいました。
「ナンセンスを伝えるためにうまれた
独自の絵!
センス、ユーモア、それは、もしかして
日本独自のものかもしれない‥‥と、
わたしは、やんわりと、ひそかに思っている。
長新太作絵の『ぼくのすきなおじさん』は、
かたーーーーーいあたまのおじさんの話です」
(土井さん)
Amazonでのおもとめは、こちら。 -
-
「編集とは何か。」もくじ