ポリネシアの海、
日本各地に伝わる来訪神、洞窟壁画‥‥。
10代のころより、幅広い興味関心から、
さまざまな世界を旅してきた
石川直樹さんが、
いま、この地球上に14座ある
8000メートル峰すべての登頂を目指し、
挑戦を続けています。
写真家が向き合っているもの、第15弾。
石川直樹、14座。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第3回 「本当の頂上」論争。

──
ここ数年で「登頂」についての論争が、
にわかに活発になってきた、と。
石川
そうなんです。いくら危険だとはいえ、
標高が2、3メートル低いところで
引き返してしまったら
「登頂」とは言えないんじゃないか‥‥って
ドイツの山岳史家が発表して。
そのことに関する議論が、
めちゃくちゃおもしろかったんですよ。
頂上まで距離にして
20メートルくらいなんだから
登頂とみなしてもいいじゃないかって
主張する人もいれば、
いやいや、いちばんてっぺんの1点に
こだわってやってる人がいるんだから、
「頂に立つ」ことだけが、
登頂の唯一の条件だって言う人もいて。
──
ええ、ええ。
石川
で、自分も1回、
2012年にマナスルに登ってるんですが、
本当の頂上の手前で
帰ってきていたようなんです。
当時はそういうふうには思ってなくて、
登頂したなあ、と思ってたんですが。
なので今回、
「本当の頂上」まで行ったんですけど、
最後が、なかなか難しかった。
ニセ頂上から本当の頂上まで
直線距離にしたら
たかだか20~30メートルくらいなのに、
いちど下って、
ルートを「コの字」に取らなければ
たどりつけなかったんです。
──
「本当の頂上」に。
石川
そこだけで40分とか50分、
余計にかかっちゃうような感じでした。
これ、行くのと行かないのとでは、
ぜんぜんちがうなって思ったんですよ。
8000メートルを超えた場所での
その動きは
むちゃつらいものがありました。
山の印象が、ガラッと変わるくらい。
──
にわかに「本当の頂上」論争が
盛り上がってきていたタイミングで、
身をもって、
マナスルの「本当の頂上」へ立つことの
厳しさを知った‥‥と。
石川
1974年に、日本の女子登山隊が
マナスルに挑戦したとき、
現地のシェルパに
「ここが頂上だよ」と言われたんだけど
「いや、ここじゃない。
あっちに、本当の頂上がある」って、
シェルパとケンカして、
シェルパを押しのけてまで、
本当の頂上に登頂した‥‥という記録も、
当時の新聞記事に残ってるんです。
──
それって、マナスルに限った話ですか。
石川
頂上が鉛筆の先みたいにトンガッてる山では、
そういう話には、ならないんですよ。
唯一の頂上が一目瞭然だから。
ダウラギリとかアンナプルナなど
手前に「頂上らしきもの」が
いくつかあったりする山では、
いま、そういう議論が起こってます。
近年のマナスルでは、
1000人くらいの人が「登頂」してますが、
そのほとんどが
本当の頂上の「手前」で帰ってます。

──
なぜ、そういう機運になったんですか。
本当の登頂じゃなきゃ‥‥って。
石川
2022年に、ミンマGという
知り合いのシェルパが、
マナスルの本物の頂上に登ったうえで、
「本物の手前のニセのピークで
登頂したことにするのは、
やっぱりおかしいのではないか」と
提議したことが大きかったかもしれません。
あと、ドイツの山岳史家の
ユルガルスキって人が、
過去のたくさんの登頂写真を綿密に検証して
リストを発表したりもしました。
またドローンの発達で、頂上付近の地形を
俯瞰して見られるようになった。
そうすると、
明らかにあっちの方が高いよねって。
──
つまり、視覚的に明確化されたので、
それまでの
「このあたりまで登ったら
登頂とみなしても、いいよね‥‥?」
という雰囲気が壊れた。
石川
本来もっとも高い場所に立つことが
「登頂」」だったのに、
いつのまにか
「登頂範囲」だとか「認定ピーク」
みたいな変な言葉ができていたんですね。
もう、そういうのやめにしようよと。
──
で、そういう展開が
石川さんには「おもしろかった」と。
石川
そうですね。すごく興味が湧きました。
最後の最後まで
命を懸けて登った人たちもいる中で、
長く「本当の頂上」に
立ってこなかったというのは、
ちょっと変だし、でも、
じゃあ確かめてみるか、と思って。
──
それで「登り直した」。
石川
そういう議論を、
自分なりにきちんと理解したり、
ちゃんと意見を言うには、
まずは
本当の頂上に立ってみないとなあ、と。
──
でも、そうやって登っているうちに、
「山頂を間違えちゃった事件」も
ありましたよね。たしか、2022年。
さっきもちらっと話に出ましたけど。
石川
カンチェンジュンガという山です。
頂上付近が
ノコギリの刃みたいになっていて、
本当の山頂よりも、
すこし低いところへ登っちゃった。
──
そのときも、登り直した‥‥?
石川
登り直しました。
いちどベースキャンプまで下って、
さらにカトマンズで
1週間くらい休養をしてから、
もう一回、登り直したんですよ。
めちゃくちゃ大変だったんですが。
──
そうりゃそうですよ!(笑)
標高8500メートル以上の山に
一週間ちょっとで
2回も登ったってことですもんね。
でも、何で間違ったんですか?
石川
ニセの山頂へ続くルートに、
残置ロープが張ってあったんですよ。
ようするに、どこかの隊が‥‥って
だいたいわかってるんだけど、
ともかく、そのロープを使って、
ニセの山頂へ到達して
「登頂しました!」って言った隊が、
過去にいたわけです。
──
そのロープに、惑わされちゃったと。
それ、いつ気づいたんですか‥‥?
石川
登頂した! ‥‥と思った直後です。
ようやく頂上に登って、
写真でも撮ろうかなあって思ったら、
右にほうに、
もっと高い頂きが見えたんですよ。
すぐに行けたらよかったんだけど、
間に深い亀裂が横たわっていて、無理で。
──
つまり、行くには、えんえん下って、
また登ってかなきゃならない。
そのとき‥‥どんな気持ちでしたか。
石川
いやいやいや、「愕然!」ですよ。
ぼくだけじゃなく、みんな。
あの‥‥ニルマル・プルジャという、
Netflixでも映画になってる、
14座を半年で登りましたっていう
超人的なシェルパがいて、
彼はSNSのフォロワーが
220万人くらいいる、
超有名なネパール人なんですが。
──
ええ。
石川
そのとき、そいつもいたんですよね。
14座に登ってるってことは、
カンチェンジュンガにも
すでに登頂しているはずなんですが、
ぼくらについてきて、
いっしょにニセの頂上に登っちゃって。
──
なんと(笑)。
石川
ぼくらの隊のリーダーのミンマGも、
過去に、
カンチェンジュンガに登ったことは
あったんですけど‥‥。
でも、わからなくはないっていうか、
そのときの天候や時刻によって、
山の感じって、ガラッと変わっちゃうし、
一度登ったくらいじゃ
鮮明な記憶には残らないですよね。

(つづきます)

2024-01-25-THU

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  • インタビューでもたっぷりふれてますが、
    いま、石川さんは、
    世界で「14座」ある8000メートル峰
    すべてに登るという挑戦をしています。
    現時点では、
    あと「シシャパンマ」に登頂できれば、
    14座達成、というところ。
    この展覧会では、
    これまでに、石川さんが撮影してきた
    14座の写真に加えて、
    「その山を初登頂した人の書いた本から、
    登頂の瞬間の描写を抜粋し展示する」
    という、じつに興味深い内容です。
    その「本」自体も、展示されています。
    2024年2月18日までの開催ですが、
    展覧会って
    行こう行こうと思っているうちに
    知らぬ間に終わっちゃってたりするので、
    ぜひ、おはやめに。
    詳しくは公式サイトで、ぜひチェックを。

  • 特集 写真家が向き合っているもの。

    001 浅田政志/家族

    002 兼子裕代/歌う人

    003 山内悠/見えない世界

    004 竹沢うるま/COVID-19

    005 大森克己/ピント

    006 田附勝+石内都/時間

    007 森山大道/荒野

    008  藤井保+瀧本幹也/師と弟子。

    009 奥山由之/わからない/気持ち。

    010 中井菜央+田附勝+佐藤雅一/雪。

    011 本城直季/街。

    012 伊丹豪 中心と周縁

    013 平間至/自由

    014 ヤジマオサム/クルマ。

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