暮らしの中の小休止のように、
夢中になって没入できる編みものの時間。
ぎゅっと集中して、気がつけば
手の中にうつくしい作品のかけらが
生まれていることを発見すると、
満たされた気持ちになります。
編む理由も、編みたいものも、
編む場所も、人それぞれ。
編むことに夢中になった人たちの、
愛おしい時間とその暮らしぶりをお届けします。

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後編 手づくりの味わい深さ。 TORO Vintage Clothing 山口郁子さん

 
TORO Vintage Clothingオーナー
山口郁子さんが編みものを始めたのは、
中学生のころ。

 
「大きなきっかけはないんです。
ただ、“つくる”ということ自体が
幼い頃から好きだったので、
編みものも自然と生活の中にありました。
“編む”という行為そのものが
単純なように見えて、
つくる人によって表情が変わるじゃないですか。
なのでバスケットや手編みのセーターといった、
手で編まれたものが好き。
最近はヘアスタイルも編みこみが定番です。」

 
夢中になって靴下を編むようになったのは、
何かきっかけがあったのでしょうか。
「靴下を編み始めたのは、
ラトビアのヴィンテージソックスがきっかけでした。
細い糸で、繊細な柄が編み込まれていて、
それがとっても素敵だったんです。
もともと、ヴィクトリア朝時代より前につくられた、
綿やリネンのアンティークソックスを
コレクションしていました。
中には、何度も修繕されているものもあって、
その“大事にされている感じ”に
骨董品や美術品としての価値を感じていました。

 
ですが、そこからラトビアのような
実生活に寄り添った美しいソックスに出会ったことで、
私も編んでみようかなって思ったのかもしれません。」
買い付けの際に心が動くのも、
世界各国の「誰かが編んだもの」。
タグもなく、形が綺麗でなくても、
ほかにはない魅力が詰まっていると山口さんは話します。

 
「やっぱり私は、
メーカーが作った既製品よりも
名前も知らない誰かが編んだものが好きなんです。
形が整っているわけでもないし、
あまり上手じゃないこともあるんですけど、
そこに思いなのか、歴史なのか、
何かが宿っていて味わいを感じます。

 
なので、あえて手編みのものを探したり、
誰かの編み残し糸を探すことも多いです。
最近は、日本の古物市で
シルクの手織糸を見つけました。
量がたっぷりあるので、何を作ろうか考え中です。」

 
編む時間は買い付けの時や、
アトリエのスペースで。
一つずつ、じっくり取り組みます。
「買い付けのトランジットで待っている時に
編んでいると、隣に座ったおばあさんから
話しかけられることがあります。
CAさんから『私もやってます』と声をかけられることも。
世界共通言語なんだなって、思いますね。

 
日本にいる間は、お店で編むことが多いです。
アトリエスペースに座って
毛糸を巻いたり、小物を編んだり。
お店の中にアトリエを作ったのは、
以前はカウンターでやっていたのですが
もう少し集中してものづくりをしたいという思いから。
作業をしていると、
お客さんがその様子をじっとみていたり、
糸巻きしながらお話しすることもありますね。」

 
アトリエスペースは、
設計者やスタッフと相談しながら作ったオリジナル。
収納を提案し、
引き出しのような見た目の収納スペースには、
ミシンや材料など山口さんの宝物が
たっぷり詰めこまれています。

 
山口さんは、道具も古いモノを愛用。
編みもの好きの叔母さまから譲り受けた、
年季の入った道具たちです。
「編みものを始めた、とポロッと話したら
叔母が譲ってくれたんです。
ちゃんと手入れされていたので状態も良く、
これだけで充分だなと思います。
大きなアイテムを編むときは、
海外で見つけた切替輪針を愛用しています。」

 
来年の2023年で、お店を始めて30年目。
ヴィンテージという価値の在り方が変わり、
古いものにしか出せない味わいに
魅力を感じる人々が多くなってきたと
山口さんは話します。

 
「買い付けるものにテーマはないのですが、
その日のコーディネートの軸になれるものが
揃っていると思います。
ヴィンテージには時代を経て残ってきた
理由があるものが存在し、
そのオーラが身に付ける人の気持ちを
優しくしてくれたり、
元気にしてくれたり、
勇気をくれたりとポジティブにしてくれます。
私もジャンルやテイストに縛られないで、
自分のテンションが上がったものを
買い付けるようにしていますし。
何があるのかわからないワクワク感が、
ヴィンテージショップのいいところだと思うので」。

 
「若い世代は新しい発見を生み出す
気迫を持っています。
この瞬間、誰も身に付けていない
自分発信のアイテムとして色目もシェイプも
今の物とは全く違うヴィンテージは
彼らに魅力的だし、
その特徴を十分理解して楽しんでいる。
将来有望だな、と思う10代のお客様も
親御さんと来られることも増えました。
”チープシック“な価値観の持ち方は薄らぎ、
本物のヴィンテージを大切に扱い、
購入してくれている様な気がします。
本物のヴィンテージは数年間、
クローゼットに眠っても錆び付かず、
再び輝きはじめる」。

 
長い歴史がある編みものの世界、
ヴィンテージという視点で覗いてみると
またあたらしい魅力に出逢えたように思いました。

(山口さん、ありがとうございました。)

写真・川村恵理

2022-10-28-FRI

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