暮らしの中の小休止のように、
夢中になって没入できる編みものの時間。
ぎゅっと集中して、気がつけば
手の中にうつくしい作品のかけらが
生まれていることを発見すると、
満たされた気持ちになります。
編む理由も、編みたいものも、
編む場所も、人それぞれ。
編むことに夢中になった人たちの、
愛おしい時間とその暮らしぶりをお届けします。

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後編 編み図には叡智がつめこまれている。 藤井崇宏さん

 
いくつもの難題を乗り越え、
編みものの技術や知識を蓄えた藤井さん。
いよいよ憧れのオリジナルカウチンに
挑むときがきました。
「ずっと編みたかったカウチン、
やるなら『リス柄』と決めていました。
自分がリスに似ているように感じているので、
愛着があるんですよね。
カウチンの模様をアレンジできる本があったので
PCのExcelを使って模様を考えました。」

 
「どうしても目数があわなかったので、
もともとのレシピから3目増してアレンジしました。
リスのほかに、
北欧の古い模様、バルクヌートやルーン文字も入れて
自分らしいデザインにしています。
一箇所、色をまちがえてしまったのですが
虫食いのどんぐりってことにしておきましょう(笑)」

 
完成したカウチンをまとう藤井さん。
実物を拝見すると、大事に手入れしながら、
愛用しているのが見て取れます。

 
そして、藤井さんの編みものの旅は第二章へ。
「カウチンが無事完成し、
すごーく達成感がありました。
編みものへの熱は
ひと段落してしまったのですが、
またしてもここで『Miknits TO GO』の第二弾を
一緒に作っていたMiknitsチームの山川さんから、
強いおすすめがあったのです。
『メンズのtieはどうですか』と。」
好奇心旺盛な藤井さん。
tieの製作背景を知るにつれ、
むくむくとまた興味が湧いてきたそうです。
「『フェアアイルは商業的に
とても成功した編みものだと言われています』と聞いて、
僕の中のオタク心がうずき出しました。
どういう発展をしてきたのか知りたい。

 
そこで三國さんの『編みもの修学旅行』を手に取り、
その歴史や、現地の生活に馴染んでいることを知りました。
丸く輪にして編むのはなぜかというと、効率的に編めるからで
だからこそ商業的に成功し、世界中に広まった‥‥。
そんなバックストーリーが面白くて、
僕もフェアアイルを体験しようと思い立ちました。」

 
「好奇心からtieを編み始めたのはいいんですが、
これがまた、すごく大変でした。
これまでに経験したことのない糸の細さで、
編んでも全然進まない。
僕の技術では1週間で約3センチでした。
そんな進み具合なので編む気分にならない日もありましたが、
日をあけると手が感覚を忘れてしまうので、
毎晩仕事から帰ったあと、
1段ずつ編むことを約束にしていました。」

 
そんな格闘の末、出来上がったtieを拝見しました。
表側はもちろんのこと、
カウチンの技法で、裏の渡り糸を編みくるんでいるので
すっきりした仕上がりの、うつくしい1着です。

 
「出来上がったときは、
これまでに感じたことがないくらい
うれしかったです。
4ヶ月もかけたので、感激もひとしおでした。
仕事のときもスーツに合わせて着られるので、
このベストは自分の作品の中で、
一番着ていますし、自慢です。」

 
この日、藤井さんに今編んでいるものを見せていただくと
2着目のベストを編まれているところでした。
「tie1着では、すぐに着倒してしまうと思って、
アラン模様のベストを編むことにしたんです。
これは表と裏を見ながら、往復で編むのですが
操作しやすいように編み図が工夫されていて、
デザイナーさんと
おしゃべりしているような感覚になります。
『裏の段はシンプルな操作にしておいたよ』
『次の段はなわ編みがあるからがんばってね』と
編み図から声がきこえてくる感じがします。
私もおしゃべりなので、
『よく考えたなあ』『こうするのか』と
頭のなかで対話しながら編んでいますよ。

 
着実に編みものの技術や知識を
身につけてゆく藤井さん。
以前からDIYや、ものづくりに
造詣が深かったのだろう、と思いきや
意外な答えが返ってきました。
「工作や手作りには苦手意識がありました。
印刷会社で営業をしていると、
デザイナーさんや画家さんなど、
トップクリエイターの方とご一緒することが多いんです。
ゼロからイチを生み出す、その才能を目の当たりにすると
『この発想は自分にはできない!』と思ってしまいまして。
でも指示や設計図があれば、それを複製することはできる。

 
編みものはそんなクリエイターの気持ちを
追随できる感じがして、楽しいです。
編む前はまったくわからない世界でしたが、
やってみて、理解してゆくほどに、楽しさが増しています。
次に何を編もうか、考える時間からワクワクしますし、
どんなに辛くても、
編み上がったらまた次が編みたくなってしまう。
『編みもの』を発端に、関連知識を調べたりもして、
長く、楽しみ尽くせる器がありますよね。
いつか、『編みもの修学旅行』で紹介されている
イギリスの島々にも行ってみたいです。」

 
ゼロから走り出した藤井さん。
ときに壁にぶつかっては、知性と努力で乗り越えていく姿と
編むだけでなく、背景に思いを馳せ、深堀りしていく
少年のような眼差しが印象的でした。

▲ここでも藤井さんの工夫が光る、自作コーン立て。
一緒に暮らす猫がよく毛糸コーンを倒してしまうことから、
「より快適に編むために」と考案した装置です。 ▲ここでも藤井さんの工夫が光る、自作コーン立て。 一緒に暮らす猫がよく毛糸コーンを倒してしまうことから、 「より快適に編むために」と考案した装置です。

 
「今後は、ガンジーセーターや、
母へのギフトにレース編みのショールを編もうと思っています。
レースのショールについては、
三國さんが編んでいるときの苦労を
『ミクニッツ 小物編』の中で振り返ってらして、
ご本人でもそう思うくらいに大変なのか、と。
そのツラさは、自分でも体感してみたいですね。
あと、アランのハニカムキャップももうひとつ編みたいですし‥‥」

 
藤井さんの編みもの道、
この先も、どこまでも続いていきそうです。

写真・川村恵理

2023-02-16-THU

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