こんにちは。ほぼ日の永田泰大です。
オリンピックのたびに、
たくさんの投稿を編集して更新する
「観たぞ、オリンピック」という
コンテンツをつくっていました。
東京オリンピックでそれもひと区切りして、
この北京オリンピックはものすごく久しぶりに
ひとりでのんびり観戦しようと思っていたのですが、
なにもしないのも、なんだかちょっと落ち着かない。
そこで、このオリンピックの期間中、
自由に更新できる場所をつくっておくことにしました。
いつ、なにを、どのくらい書くか、決めてません。
一日に何度も更新するかもしれません。
意外にあんまり書かないかもしれません。
観ながら「 #mitazo 」のハッシュタグで、
あれこれTweetはすると思います。
とりあえず、やっぱりたのしみです、オリンピック。
◆永田のTwitterアカウントはこちらです。
Twitter:@1101_nagata
◆投稿フォームはありませんが、
感想のメールはこちらからどうぞ。
>メールを送る
13 ビッグエアとパシュート
ふたつのハグ。
- ふたつのハグが忘れられない日になった。
ほかにもいろいろあったけど、
ふたつのハグが忘れられない日になった。 - ひとつ目は、午前中の青空の下、
スノーボード女子ビッグエア決勝でのこと。 - 村瀬心椛選手の銅メダルももちろんすばらしかったし、
負傷を乗り越えて飛び続けた
鬼塚雅選手も尊敬せずにいられない。 - けれども、驚かされ、興奮させられ、
そのあとの場面でポロポロ泣いてしまったのは、
岩渕麗楽選手の最後のトライだった。 - 女子ビッグエアの決勝は3本をすべり、
そのなかの得点が高い2本の合計点によって順位が決まる。
岩渕選手は決勝の2回を終えたところで4位につけ、
最後の3回目は逆転をかけて、
大技を仕掛けることが予想された。 - つまり、岩渕選手が難度の高いトリックに
チャレンジすることは予想されていた。
具体的にいうとそれは
ダブルコーク1260だと思われていた。
十分に逆転が可能な技だ。 - しかし、岩渕麗楽選手は、空中で縦に3回まわった。
アナウンサーは動揺して声を上ずらせた。 - それはまだ女子選手が誰も飛んだことのない、
斜めの軸で後方に3回まわる技、
トリプルアンダーフリップだった。 - 「この技を持っていました!」とアナウンサーは叫び、
「練習でも一度もやってなかった」と解説者は驚いた。 - 世界中が驚くチャレンジは
あとすこしというぎりぎりのところで惜しくも着地を乱し、
大逆転はならなかった。
しかし会場では甲高い歓声がしばらくやまなかった。
声をあげていたのはギャラリーではなく、
そのチャレンジの意味を
いちばんわかっている選手たちだった。 - 滑り降りてきた岩渕選手は失敗に頭を抱えたが、
ゴーグルをはずしたその顔は
ちょっと照れたような笑顔だった。 - ぼくはもう、その笑顔だけで泣きそうだったが、
そこにゼッケンをつけたライバルたちが、
どんどん駆け寄ってきてハグの輪ができたから、
昼間からポロポロ泣いてしまった。 - 選手のチャレンジを、勝敗を超えて讃え合う、
このすばらしい文化に呼び名はあるのだろうか。 - 試合後のコメントで知ったことだが、
この技を雪山で試みるのははじめてのことだったそうだ。
岩渕選手は4年前のビッグエアで4位に終わっている。
あとすこしでメダルを逃した4年前の悔しさが、
1260ではなくトリプルにチャレンジさせたのだろう。 - ミックスゾーンでのインタビュー、
岩渕選手は選手たちからつぎつぎに声をかけられ、
しばらくインタビューがはじめられない。
やがてまだ興奮の残る笑顔のままマイクに向かったが、
「また4位になってしまって」と言った
自分のことばトリガーになって、
急に悔しさがかたまりで押し寄せてきた。
岩渕選手はことばに詰まり、顔をおおってしばらく黙った。
なによりもその沈黙が彼女の内面の混乱をぼくらに伝えた。 - またしてもメダルではない場面が観るものの心に刻まれる。
手に入らない悔しさ、
手に入らないのに感じる清々しさ。
やれることはやったという誇らしさ、
やれることはやったけど届かなったという悔しさ。 - なんというかそれは、
その瞬間でしか得ることのできない純粋な混乱で、
いいのかわるいのかわからない感情の波が
観ているぼくらにも押し寄せる。 - しかし、いま、それ全体を
肯定的に受け止めることができるのは、あのハグのおかげだ。
あのすばらしいハグの輪のおかげだ。 - もうひとつのハグは、
スピードスケート女子団体パシュートだった。
ああ、書かなきゃ。 - 4年前の平昌オリンピックで
見事に金メダルを獲得したこの競技に、
日本は4年前とまったく同じ布陣で臨んだ。
高木美帆選手、高木菜那選手、佐藤綾乃選手。
個々の実力も3人の連携の精度も高まり、
金メダルが確実視されていた。 - いや、違うな。
「金メダルが確実視」なんていうフレーズは、
メディアが表現を便利にするためにつくった
印刷の熨斗紙みたいなツールに過ぎない。
そもそもメダルが確実であることなんてない。 - 最終ラップに入るまで、
日本の3人はリードを保った。
最終ラップの最終コーナーに差し掛かり、
あとは最後のストレートで力を振り絞るだけだった。
行け、とみんなで叫びたかった。 - スピードスケートの転倒に独特の切なさがあるのは、
絶望に包まれた選手が自分の運動を
止めることができないからだ。 - 美しいフォルムをもった
研ぎ澄まされたアスリートたちが、
絶対に不本意な姿を晒したまま、
なすすべなく直線運動を続ける。 - せめて壁に叩きつけられる以外の方法で
それが終わればいいのにとぼくは思う。
直後に、叫んだり、おどけたり、地面を叩いたり、
失敗をじぶんで表現できればいいのに。 - ゴールの場面はあまりよく憶えてなくて、
気がつくとコースの縁に選手たちが呆然と腰掛けている。
4人目のメンバーである押切美沙紀選手が
泣きじゃくる高木菜那選手の肩に手を置いている。 - 高木菜那選手と背中合わせになる位置に
上着の脱いだ佐藤綾乃選手がやってきて座り、
しばらく正面を向いて座っていたが、
やがて振り返るように身体をひねって、
高木菜那選手の背中をさする。 - 高木菜那選手の右横に座っている
高木美帆選手はなにもしない。 - なにもしないでいいのは、姉妹だからだ。
へんな言い方だけど、姉妹でなければ、
かならずなにか言わなければならなかっただろう。
姉妹でよかったな、とぼくは思った。
いや、ちっともよくはないんだけど、
でも姉妹でよかったとぼくは思った。 - どんなに悲劇的な状況でも
選手は会場を去らなければいけない。
それは昔、ぼくが高校野球の地方予選を
取材したときに知ったことだ。 - どんな感情が押し寄せようと、
選手はその会場を去らなければいけない。
高校野球の最後の夏が終わって
部員全員が泥だらけで泣いているときも、
つぎの試合のためにベンチを空けなくてはいけない。
選手は泣きじゃくりながら、
道具を片付けなくてはいけない。
手分けして掃除しなくてはならない。 - ヨハン・デビットコーチがやってきて、
座っている4人に声をかける。
4人は立ち上がり、輪になる。
レース前にも同じ円陣を組んでいたから、
このチームの儀式なんだと思う。
4人とコーチは肩を組む。
何度も何度もこの円陣を組んできたのだろうと思う。 - いつもどおりの円陣は、
いつもと違うほどけかたをする。
真ん中で高木菜那選手が泣きじゃくり、
みんなが肩をなでる。頭を撫でる。背中を叩く。 - 高木美帆選手が
高木菜那選手の腰に手をおいたのは
とても短い時間だった。
その短い時間だけで、十分だったのだと思う。 - 輪がほどけたとき、
高木菜那選手を抱きしめたのは、
4人目のメンバー、押切美沙紀選手だった。
押切美沙紀選手は、わかりやすくぎゅうっと、
高木菜那選手をハグした。 - そして選手は会場を去る。
バッグを持って移動しなくてはいけない。
え、もう? というタイミングで
セレモニーもはじまる。 - オリンピックのそういうところってさ、
ちょっと段取りがよすぎるよな。 - 昨日の忘れられないふたつのハグを書き終えて、
ぼくにはこの原稿をまとめることばがない。
というか、まとめずに、あのふたつのハグを、
身体の芯のところにじっと持っておきたい。
冬の寒い日の帰り道で買った
ポケットのなかの缶コーヒーみたいに。 - さあ、気がつくと今日は13日目です。
17日間の大会の、13日目ですよ。
(つづきます)
2022-02-16-WED
-
ハッシュタグ「#mitazo」をつけてTweetしよう!
北京2022オリンピックを観ながら「#mitazo」を読んだり
「#mitazo」をつけてTweetしたりすると最高にたのしいです。
Twitterのアカウントを持ってない人は、
もういっそ、この機会にはじめちゃいましょうよ。
この下には最近のTweetがいくつか自動で表示されています。これまでの「観たぞ!」シリーズ
2004年 アテネオリンピック
『昨夜、オレは観た!』2006年 トリノオリンピック
『観たぞ、トリノオリンピック!』2008年 北京オリンピック
『観たぞ、北京オリンピック!』2010年 バンクーバーオリンピック
『観たぞ、バンクーバーオリンピック!』2012年 ロンドンオリンピック
『観たぞ、ロンドンオリンピック!』2014年 ソチオリンピック
『観たぞ、ソチオリンピック!』2016年 リオデジャネイロオリンピック
『観たぞ、リオデジャネイロオリンピック!』2018年 平昌オリンピック
『観たぞ、平昌オリンピック!』2021年 東京オリンピック
『観たぞ、東京オリンピック!』オリンピックじゃないけど
2005年 全国高校野球選手権大会
『おらが夏の甲子園。』2007年 大阪世界陸上
『観たぞ、大阪世界陸上!』wiki 読者がつくる「観たぞ」用語集・ミタゾペディアはこちら。
https://w.atwiki.jp/mitazo/Twitter 担当・永田のTwitterはこちら。
https://twitter.com/1101_nagata