「今年の藝祭に来てくださいませんか?」
東京藝術大学の学生のみなさんから
そんなご連絡をいただき、糸井重里が
「藝祭2022」のトークショーに登場しました。
控室でのおしゃべり+1時間強のトークという
短い時間でしたが、フレッシュなみなさんからの
さまざまな質問に、糸井が真剣に答えました。
これからのAI時代に、人間はどう生きたらいいのか。
「作りたい」と「売れる・売れない」の兼ね合いは。
ゲーム『MOTHER』と「母性」の関係について。
新しい手帳のアイデアを考えてみました‥‥など。
前半は、東京藝術大学の日比野克彦学長と
3名の学生というみんなでのトーク、
後半は4名の学生による糸井への質問の時間。
大学の授業のあと、学生と先生がほんとうに
話したいことを素直に話すときのような、
あたたかなやりとりになりました。

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(4) 東京の「生む力」みたいなものが 減ってきたような気がする時代に。

──
それでは、トークショーの後半です。
後半では糸井さんに、4名の藝大生からの質問に
答えていただけたらと思っています。
糸井さん、ふたたびお願いいたします。
会場
(拍手)
──
まずは油画専攻2年、
⻑谷見音々子さんからの質問です。
糸井さんは群馬県前橋市のご出身ですが、
長谷見さんも幼少期を前橋で過ごされたという。

長谷見さん
そうなんです。
思い出の場所、お気に入りの場所があって、
いま自分が制作している作品は
前橋市での記憶が大きく影響しているんです。
糸井
あ、そういう質問だね?
長谷見さん
はい。なので糸井さんにとって、
これまでのお仕事やいまの考えについて、
群馬や前橋がどのように
影響しているかをお聞きしたいです。
糸井
実はぼくは生まれた土地って、長いこと、
そんなに好きじゃなかったんです。
遊び場もあったし、友達もいたけれど、
離れたくてしょうがなかったんですね。
いま「自己肯定感」という話がよく言われますけど、
自分を肯定するためには
「いまいる場所を肯定できるかどうか」も
大事な要素だと思うんです。
どこの土地でも「ここがいいとこなんだ」って
思えないと、生きていくのが難しい。
だからみんな、基本的には
「生まれて育つ場所」を肯定するんだけど、
ぼくは当時、その肯定に
ついていけなかったんです。
‥‥どう言えばいいかな。
「これがいちばんおいしいんだ」
「これはいいんだ」
「この場所がきれい」
みたいにお国自慢をするような場面で、
自分の気持ちがついていかなかったんですね。
たとえばクラスで成績がいちばんの子が
褒められたりしますよね。
でも、5クラスあったら、その子はもう
学校全体ではいちばんじゃない可能性が高い。
さらに地域に学校が10個あったら。
ぼくはマンガをいっぱい読んで育ったので、
マンガのなかの世界と自分の周りの世界に、
比べようのないくらいの違いを感じていました。
だから、この場所でいちばんだとか、
おいしいとか、きれいだとか言っても、
「ほんとは通用しないことを
みんなが褒め合ってるんじゃないか?」
という感覚があって、
出たい気持ちがすごく強かったんです。
ここを早く出ていって、
自分がそこにたどり着けるかどうかは別として、
1番だの2番だのって競争を見てみたい。
そういう気持ちがすごくありました。
そのとき、東京はいちばんそういうチャンスが
いちばんある場所だと思ったんで、
18歳になって大学受験のタイミングで、
絶対に東京へ出ようと思ったんです。
そのあたりが、ぼくの長い
「東京には何でもある」と思いながら
生きていた時代のもとになっているんですね。

糸井
でも東京って、長いこと世界の人たちから
「東京にはなにかがあるんだよ」って
思われてた時代が続いてたけれど、
最近はちょっと
「東京ってなんかダメじゃない?」みたいに
思われている気がするんですね。
東京に住んでる人たちもいま、
「どこ行けばいい?」って聞かれたとき、
昔ほどすすめるところがないんじゃない?
だから以前のぼくが
「東京に行けば世界の何かが全部あるよ」
って思ってた、
そういう東京の「生む力」みたいなものが
ずいぶん減ってしまったなと。
そしてそうなったいま、ぼくは最近、
昔の自分が価値を見いだせていなかった
ローカルに、実はおもしろいものが
あるんじゃないかと思いはじめているんです。
たとえば、広さ。
東京に公園を作るとして、藝大の人たちは
上野公園の広さを想像するでしょうけど、
こんなに広い土地、
東京ではもう確保するのが難しいよね。
でも地方だったら、いくらでもあるんです。
先日、ぼくは「前橋BOOK FES」の準備で
前橋高校に行ったんです。
そうすると高校が、大学並みの広さなんですよ。
校舎があって、講堂があって、
プールがあって、図書館があって、
サッカーのグラウンドがあって、
野球のグラウンドがあって、
テニスのコートが4面あって、
フットボールのグラウンドがあって。
しかも、それが全部ひとつの場所にある。
地方だとこんなことができる。
この広さに価値があるって、
以前のぼくは気づけてなかったんです。
逆に、ぼくのいまいる会社は
東京の神田にありますけど、
車が数台しか置けないような
ちいさな駐車場スペースの真ん中に
パンダをひとつ置いて、
「パンダ公園」と名づけて遊んでいるんです。
土地がないから、脳のなかを広くするしか
しょうがないんですね。
そういう盆栽みたいな遊び方しかできない。
あとは、いまってデジタルで
「現実の部屋は狭いけど、
脳のなかには広い宇宙がある」
みたいなことばかりが
広がっていく時代ですよね。
そのとき「肉体が本当に求めてる広さ」とか、
「遠くにいる人にどう歌を聴かせるか」
みたいな、肉体を伴っている人間の
新しい遊び方や表現が、
地方と都会を行ったり来たりすることで
見えてくるんじゃないか。
いま、そういう期待をしはじめてますね。
だから最近のぼくは、
若い頃にずっと出たかった場所と東京を
往復する人間になりつつあるんです。
──
ちなみにいま後ろのスライドには、
長谷見さんによる前橋の
お気に入りの場所の写真が出ています。

糸井
どこ出身の人にもみんな、
こういう場所があるんですよね。
そのすばらしさって、
それぞれの場所固有のものというより、
「その自然と自分のあいだの関係」
だと思うんです。
みんなが自分とその場所との
関係みたいなものを愛している。
それはそれでぼくはローカリズムの
すごく大きな可能性として感じています。
前橋だと「広瀬川」っていう、
ちいさいのにすごい量の水が流れてる川があって、
ぼくはあれ、外の人が来ても
おもしろがってもらえる場所じゃないかなと
思っているんですけどね。
あとは群馬には、ソウルフードとして
「焼きまんじゅう」というのがあるんです。
これは普通の人が
「2個食べてお腹いっぱい」というものを、
ぼくは15個食べるんです(笑)。
そういうことはありますね。
長谷見さん
(笑)。ありがとうございました。

(つづきます)

2022-11-19-SAT

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